第5話 途轍
4歳になった年の春。偶然の出来事だった。当時飼っていた犬をいつものように撫でたら幼稚園の制服を噛まれた。息子がどんなに泣き叫んでも母は笑うだけだった。泣くことは子どもの矜持だと考える人だった。
それから息子は犬が死ぬまで自分から触れることは一度もなかった。
どうしても触れなければならなかった日には異常なほど手を洗うようになったし、食事をとると戻すこともあった。それにも関わらず、母は心配しなかった。
息子はペットショップは大好きだったし、部屋で蝶々を飼ってもいたからだ。動物のふさふさとした愛くるしさや、羽ばたく羽の絢爛な様子に見惚れて張り付いていた。その様子が普通の子と何ら変わらないから、息子はトラウマでペットに触らないでいるだけで異常性は無いのだと母は考えていた。
母は気づかなかった。無意識に逸らしていたのかもしれない。息子があの日以来動物だけでなく自分にも触れていないことを。昆虫採集にピンセットを持って行っていたことを。
息子が家を出た日。部屋のゴミ箱には、みっちりと羽の詰まった虫かごと使い古したピンセットが捨ててあった。机には異臭を放つガラスケースがあった。
母は小さな悲鳴を上げた。
ふさふさの毛と赤黒い肉片を見た時にやっと気づいたのだ。
恭一は異常だと。
「処女」 志賀健太郎 @Kentaro131219
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