第63話 別れ(2)

 九月になって学校に行ってみると、久本ひさもと更志郎こうしろうがいなかった。

 転校したという。先生の説明だと、コンピュータープログラミングの勉強を本格的にする準備として、東京の中学校に転校したのだという。

 でも、その年、新星杯しんせいはいの県大会の入賞者のなかに更志郎の名まえはなかった。

 みちるは、最初は、あのロボットを魚雷に改造してしまったために、うまくプログラムが組めなかったのだろうと思った。でもそうではなかった。

 房子ふさこが、部の交流で行ったほかの高校から真相を聞き出してきた。

 夏休み、県大会の審査応募が締め切られる少し前の八月の中ごろ、更志郎のライバルのいる高校に次々と封書が届いた。差出人の名まえはなく、消印は岡平おかだいらだっていたという。

 中に入っていたのは、今回の課題のプログラムをプリントしたものだった。

 そのプログラムは、書きぐせが更志郎の書いたプログラムによく似ていたという。「書き癖」の何が似ているのか、それより前に「書き癖」とは何かは、房子にはわからなかったし、もちろんみちるにもわからない。

 ただし、このプログラムには、「濃い青」を認識する手順が抜け落ちているという欠点があった。

 だから、これをコピーして採り入れたりすると失敗する。

 別にルール違反ではない。競技参加校どうしの交流はあるし、教えあいを禁止するルールもない。他人のプログラムを盗み取ってはいけないが、他人にプログラムを見せるのはかまわない。ただ、そんなことをすると自分が不利になるから、だれもしないだけだ。それに、どこの参加者だって、この時期には自分のプログラムがだいたいできあがっているはずだから、そこにそんなものを送りつけても、何の意味もない。

 だが、更志郎ならばそういうことをやりそうだ、と思われたのも事実だったらしい。小学生のころから、自分のプログラムへの自信を隠そうとしなかった。自分が優れていることを何かにつけてアピールしようとしていたからだ。

 ルール違反ではないので何の調査もされなかった。ほんとうに更志郎が出した手紙なのかどうかもわからない。更志郎は違うと言い、問い合わせてきた学校には、コンクールを開いている団体からその答えが伝えられた。でも、岡平で、こういうことに関心を持つひとで、更志郎に似たプログラムを組むひとはいなかった。だから、更志郎が疑いをぬぐうことができなかったのはしかたのないことかも知れない。

 疑われたまま勝ち進むのはいやだったらしい。更志郎は辞退届を出した。そして、その岡平から転校して行ったのだ。

 「なんかさ」

 その話をきいて、みちるは房子と夏弥子かやこに言った。

 「かんじんのところで踏ん張らない子だよね。へんなところで変な意地を張るくせにさぁ」

 みちるをやっつける魚雷を作って、それでみちるは追いつめられたのだから、もっと自信を持っていいと思うのだ。あの能力ならばもっとすごい兵器も作れるだろう。

 作ってほしくないけど。

 だから、あの子が挫折とかいうのを経験して、そこをテロリスト団体にスカウトされたらいやだ。ほんとうに人類の敵になってしまう。それぐらいなら、そこそこ成功した人生を歩んでくれないかな、と、よけいな心配もしたりするのだ。

 もちろん、魚雷のことは、当人たち以外、だれも知らない話だけれど。

 武登たけと兵司へいじは、ロボットを投入したところまでは当然知っているだろうが、それがどんな威力だったかは知らないと思う。それに関心もなさそうだ。知っているとしたら咲恵さきえだが、咲恵もあのあとまったくその話に触れなかったから、たぶん知らないのだろう。

 「もしかすると、あの祖先の相良さがら讃州さんしゅうとかいう人にも、そんなところがあったのかも知れないよね。自分にはやましいことなんかない、と言い張ってたくせに、切腹しちゃったわけだからさ」

 みちるが言うと、房子も夏弥子かやこ

「そうかもしれないよね」

と言っていた。

 ところで、この話をしていて、あの出畑でばた武登がずっと左足に包帯を巻いていた理由もわかった。事情を知らなかったのは、あのころいじめられてだれにも口をきいてもらえなかったみちるだけだったようだ。

 みちるをいじめて、みちるが姿を消したあと、みちるはどこかに隠れているに違いないとみんな探し回った。いじめの中心人物どもはみちるをさらにいためつけるために、ほかは、みちるを心配して、だ。

 そんなとき、不用意に岩場に近寄って足をついた武登は、ガンガゼという巨大な海胆うにを踏んでしまった。

 咲恵に教えてもらった。ガンガゼのとげは刺さりやすい上に折れやすく、刺さったら抜けない。そのうえ毒がある。あれに下手に手を出したらたいへんなことになるよ、と。

 それを踏んでしまったのだからたまらない。その棘は武登の足を貫いた。武登はもがき苦しみ、溺れそうになり、もうみんな――たぶん久本更志郎一人を除いたみんな――は、みちるを探すどころではなくなってしまった。そして、みちるは、その隙を利用してひそかに浜に上がり、家に逃げ帰ってしまったのだろうということになったという。

 武登はそれでひどくみちるを恨んだらしい。もちろん逆恨みだが、武登がそうやって苦しんでいるあいだ、みちるは咲恵の「別荘」で優雅な時間を過ごしていたのだから、気の毒は気の毒だ。

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