第62話 別れ(1)

 期末試験があり、夏休みが始まった。

 みちるは、宿題をして、そろそろ高校受験の声が聞こえてきたこととて、受験用の問題集を解くのも始め、そして、昼からは海で泳いだ。もとの友だちに戻った房子ふさこ夏弥子かやこがいっしょのこともあったし、一人のこともある。

 みちるには漁協の浅野あさのさんが遊泳区域の外で泳いでもいいという許しをくれた。咲恵さきえと並ぶ特別待遇だ。

 「漁船には近づくなよ。もちろん漁船以外の船にもだ。モーターボートとか水上バイクとか、近づくと怖いぞぉ! それと、磯の岸辺近くの釣り糸にも近づくなよ。ゴカイなんかをうまそうだと思ってぱくっ、とかやったら、釣り上げられてくしされて焼かれて食われてしまうぞ」

 「だれがゴカイなんか食べますかっ!」

 みちるは大まじめに言い返した。海鼠なまこも気もち悪いが、ゴカイやイソメなんかも同じように気もちが悪い。釣りをする人は、よくあんなのがうにゃうにゃとうごめく容器をもって、それをちぎって針につけたりすることができるものだ。

 「まあそれはいいけど」

 きいて浅野さんは笑い、それから真顔で注意してくれた。

 「でも、まぶたなんか引っかけられたら目も当てられないことになるから、気ぃつけろよ。釣り糸って魚をだますためのものだから人間からも見えにくいからな、ほんとに」

 ともかく浅野さんはまじめに釣り針問題を考えたらしい。夏休みに入って、あの右側の岬に沿った護岸の道路に

唐子浜からこはまでは海女あま漁の復活に取り組んでいます。磯の下に潜っている人がいることがありますので、釣りの際にはご注意ください」

という看板がいくつも立てられたのだ。

 みちるはべつに海女になるとも決めていない。ただ、それができるくらいに、このあたりの海を知っておきたいとは思っている。

 咲恵は、海女になるのだろうか?

 ところで、夏休みに入って、その咲恵の姿をまったく見かけなくなった。

 朝や夕方に行ってみても、いなかった。房子も夏弥子も知らないと言い、咲恵がいないことをふしぎがっていた。夏はいつも海にいる人なのに、という。

 もしかするとあの「プライベートビーチ」のほうにいるのかも知れないと思って、ほかのひとに見つからないように行ってみたけれども、いない。家にもいない。

 もしかして、夏休みは、みちるが行けるところよりもずっと沖に行って、泳いでいるのだろうか。

 もしそうなら、咲恵はどんどん先に行ってしまう、と思う。

 ところが、そうではなかった。

 宿題でわからないところがあったのと、国語の宿題で読む本を借りるのと、それと、海の生きものの図鑑を見てみたくなって、その玉藻姫たまもひめ首くくりの松のところにある図書館に行ったら。

 そこの「理工/コンピュータ」と書いた棚の前に、制服姿の咲恵が立っていたのだ。

 咲恵が、ぽん、と背中を叩く。あの島の上でやったように。

 本のある部屋では会話できないので、テラスに出て話をきく。咲恵は照れながら言った。

 「いや、泳ぐのはいっぱい泳いだからさ、夏休みぐらい勉強しようと思ってさ」

 ふつう、逆だ。

 「わたしもいっしょにやろうか?」

 みちるが言う。もしそうなれば、夏休みの予定は変えないといけないけど、そのほうが楽しいと思う。

 でも、咲恵はさらに照れて、言った。

 「いや、いいよ。あんたはさ、筒島つつしまがえりになったばっかりなんだから、もっとあのへんの海を知らないとさ。だから泳いでなって」

 そう言われては、咲恵さんといっしょでなきゃ泳ぐのはいやだ、などとわがままも言えなかった。房子や夏弥子がいるときはともかく、一人のときは、咲恵のいない海を一人で泳ぐのはなんとなくつまらない。

 でも、三年生になった咲恵が、三年生らしい勉強をする気になっているのだから、そのままにしておくしかないと思う。

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