第61話 月が昇るまでに(14)

 房子の後ろで夏弥子かやこがぱちぱちと拍手を始めた。

 それに続いて、ボートに乗っているみんなが拍手を始める。澄名すみなも、みさ子も、更志郎こうしろう武登たけと兵司へいじを除く全員が手をたたいている。

 みちるがそれに手を上げて答えようとする。その背中を咲恵さきえがどんとたたいた。

 「いたっ!」

 振り向くと、咲恵が得意そうに笑っている。

 「何?」

 思い切り不愉快そうな声で、生意気に、みちるは咲恵に言う。

 聞き取りにくい低い声で、咲恵は答えた。

 「神様へのごあいさつが先」

 「あ、そうか」

 みちるはぱっと笑顔に戻った。

 「それはそうだよね」

 二人は鳥居をくぐって神様の前に進み出た。

 一度足を揃えてきちっと立ち、二人揃って、二回、きっちりとお辞儀をする。

 二回、ゆっくりと手を打つ。

 もういちど深く大きくお辞儀をする。

 この祠の、傾いてもうはずれそうになっている扉の向こうに玉藻姫たまもひめという小さいお姫様もいるのだ。相瀬あいせも、相瀬に命を救われたという海女さんも、それ以外のいっぱいいた海女さんも。

 そして、咲恵のお母さんも。

 もしかすると、さっき、みちるの夢のなかで深い闇の穴のなかに落ちて行ったあの老人もいるのかも知れない。

 みちるは、そんな人びとの姿をまぶたの裏に焼き付けるようにしてから、お辞儀を終わって頭を上げた。

 みんなの拍手は大きくなって続いている。

 今度こそ、みちるは、大きく手を上げて拍手に答え、そして、さっき神様にしたのと同じように、深い深いお辞儀をした。

 拍手が小さくなり、終わる。

 海の上だ。波が打ち寄せる音がひっきりなしにしている。みちるは声が細い。

 みちるは口に手を当てて、できるだけ大きい声で言った。

 「みんな、ありがとう!」

 「みんな」という以上、あの久本ひさもと更志郎も入ってしまうと思った。でも、もうかまわないと思う。

 「わたし、みんなのおかげで、筒島つつしま様にお参りすることができました!」

 やっぱりそう言うのがいいだろうと思う。

 「ありがとうっ!」

 力の限り言って、みちるはもういちど深く深く頭を下げた。

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