第60話 月が昇るまでに(13)

 「不公平じゃないかぁ!」

 ほとんど泣き出しそうな声で久本ひさもと更志郎こうしろうわめいた。

 「こんな、体力さえあればだれでもできるようなことで人間の優劣を決めるなんて! ごまかしじゃないか! ごみじゃないかぁ! カスじゃないかぁ! どうしてみんなぼくの言うことを無視するんだ! ぼくをだれだと思ってるんだぁ!」

 そのとき、ほこらの斜め前で、きゅんっ、と音がして、まばゆい白い光がほとばしった。

 見ていると、あの銀色の魚型の機械が、海の急流に流されて流れていく。それは、急流の中にいるときの感じからすると、意外にゆっくりした速さで、流れていった。

 北へ、北側の岬の沖へ、太平洋へと。

 もっとも、それが何なのかは、その天才少年とみちるにしかわからなかっただろうけど。

 それにしても、何かはわからないけれど、やっぱり触れると危ない何かの仕掛けがしてあったんだ。

 三時間でこんな細工をするとは、たしかに天才少年だと思う。

 「ごみだ! カスだ! このぼくをだれだと思ってるんだ!」

 だから、みちるは、穏やかな笑顔で答えてやってもよかった。

 「天才少年でしょ」

と。

 だがぜんぜん別の声がした。

 「いいかげんにしろぉっ!」

 金切り声と言うにはにごった、でも高い、懸命けんめいの叫び声だった。

 「あんたなんか、あんたなんか久本更志郎だけど、それがいったいなんだっていうのよぉっ!」

 名指しされた天才少年はボートの上に転んでいる。

 押しているのは斜め後ろの席に座っていた香村かむらみさだ。みさ子は更志郎に突進し、倒れた更志郎の足首を掴んでいる。掴んで持ち上げようとしている。

 「おまえなんか! おまえなんか!」

 「うわっ、やめろっ! 何をする! やめろっ! 助けてくれっ! あーっ、やっ、やめてくれぇっ!」

 でも、兵司へいじ武登たけとも、みさ子の勢いに圧されたのか、身動きができないでいる。

 足首をつかんでほうり投げれば、天才少年は頭から海にまっ逆さまだ。この島にすがりつければいいけれど、できなければ、天才少年は前に自慢していたように晴れてアメリカまで行くことができる。

 着いたときに生きているかどうかはよくわからないけれど。

 だが、横から房子ふさこが手を伸ばして、みさ子を止め、更志郎のアメリカ留学を阻止した。

 みさ子は泣き出しかけている。そういえば傘を壊されたときも泣いていた。

 泣きやすい子なのかも知れない。

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