第46話 昔の物語(10)

 相良さがら讃州さんしゅうは、漁村の人たちから見れば悪い家老、でも、藩にとっては有能な政治家、つまりどっちもどっち、ということらしい。

 ただ、そんな状態では、漁村で育った相瀬がこの相良讃州の隠し子である可能性はほとんどないだろう。

 みちるは夏弥子かやこからきいた話を思い出した。

 「その騒動のあと、藩が没落したっていう話をきいたんですけど」

 「だから、それだって、どこから見るか、だよね」

 千菜美ちなみ先生は穏やかに答えた。

 「つまり、それは、年貢がそれまでほど取れなくなったってことだから。それはたしかにそうなの。でも、だから衰退したか、っていうとね、村の人たちから見れば、年貢が少なくなって、暮らしが楽になったっていうことかも知れない。久本ひさもとっていう、山のほうの村に閉じこもっていたあの易矩やすのりの子孫が、明治になって町に出てきて、ガス会社を作ったり煉瓦れんがとガス灯の町を作ったりするほどお金持ちになれる社会だったんでしょ? だったら、そんな没落とかはしてないと思うのよ」

 千菜美先生のコーヒーカップも、みちると咲恵さきえのグラスも空になっていた。

 店員の浅野あさのさんがそれを下げに来た。咲恵に言う。

 「さ。お話はこれぐらいにして、みちるさんには少し休んでもらったら?」

 「あ、そですね」

 咲恵は屈託くったくなく答える。

 「休む、って?」

 「だから、寝たら、ってこと!」

 みちるはわけがわからない。

 「だってこれから本番だよ?」

 「出発まであとだいぶ時間がある」

 「でも、どこで?」

 「わたしが案内する」

 店員の浅野さんが言った。

 「だから、そうしなさい」

 そう言って、安心させるようににっこりと笑ってくれる。

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