第45話 昔の物語(9)

 先生はコーヒーを飲み、みちると咲恵さきえはヨーグルトをストローで飲む。

 「二代目易矩やすのりってホームページもあって、それは資料とか引用して説明してあったんですけど」

 「あれはさ」

 先生の答えはそっけない。

 「たぶん、いまの当主、その市会議員のひとの知り合いのお医者さんが作ったページでしょ。わたしの名まえも出てたから読んでみたけど、史料の解釈がでたらめで、あれはひどい。だいたい史料とは言えないものも使ってるし、文法の読みまちがいもあるし、仏教のお経の一節を引用した部分を事実を記録したものとして読んだりしてて。あんなふうに読まれたら、易矩やすのり本人だってかわいそうだと思う。しかも勝手に二代目を名のられるなんて」

 その悪家老本人もかわいそうだというのだから、よほどひどいということだろう。

 みちるはきいた。

 「じゃ、やっぱり、あの相良さがら讃州さんしゅうっていうのは、悪い、っていうか、あくどい家老だったんですか?」

 言いながら、口のなかがヨーグルトの牛乳っぽいかおりでいっぱいになったと思う。

 「だから、立場によると思うのよね」

 千菜美ちなみ先生は答えた。

 「藩政改革、とくに藩の財政改革に熱心に取り組んだっていうのは事実ね。その前の藩主がやっぱりスキャンダルで不始末を起こしてて、藩の政治とかガタガタだっただろうから、それを立て直さないといけない、っていうのはあったと思うしね。実行力はあったんでしょ。街の商人と仲がよかったのも事実。商人と癒着ゆちゃくしたとか言われてるのも、たぶん、商業の力を藩の立て直しに使おうと思ってた、ってことだと思う。あんまりはっきりしないけど、この家老の時代から、商人が村に入ってきて残した史料とか商人が漁村について書いてる史料とかが多くなるのね。もちろん賄賂わいろとか取ったかも知れないけど、いまみたいに、政治はクリーンでなきゃ、なんて意識がそんなにあった時代でもないし。だから、私腹を肥やしたのがどうこうっていうのも、あんまり言えないと思う。そういうところは、再評価しようとしてる人たちとあんまり意見は変わらないわね、わたしも」

 みちるは、口を軽く閉じて、先生の顔をじっと見る。先生は続けた。

 「でも、それってさ、村にとっては、年貢を厳しく取り立てられた、ってことだから。とくに、このひと、漁業っていうのに目をつけたの。江戸時代って、基本的に田んぼから年貢とかほかの税金とかを計算して取る仕組みだから、漁業からの税金ってわりといいかげんだったのね。それを、この人は、あみ奉行ぶぎょうっていって、漁村を監督する職を新設して、自分でそれに就任して、漁村にどんどん税金をかけていったわけ。それは、たぶん、だけど、その商人と結びついてね、漁村の魚を広く売るルートを開拓するとか、そういうのと一体だったとは思うの。でも、年貢を厳しくかけたら、それは漁村の人たちにはうらまれるよね? 相瀬あいせって海女さんがこの相良易矩と対決したヒロインって言われるようになったのも、そんなことが関係してるんだと思うのよ」

 「ふぅん」

 感心するしかなかった。

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