第43話 昔の物語(7)

 「じゃ、その玉藻姫たまもひめっていうお姫様は?」

 「意外かも知れないけど、この人もいたかどうかわからないのよ」

 「はい」

 藩主の娘かどうかわからない、という話はネットで見ていたので、それほど意外ではない。

 先生は続ける。

 「お家騒動があって、それを幕府が調査した調査書みたいなのがあって、それを要約して書き残した文書が残ってるんだけど、事件に女の人が関係していたということまでは書いてある。その女の人がそのお姫様かも知れないけれど、でもそうじゃないかも知れない。その幕府の調査っていうのは、当然、目的を持ってやってるわけだから」

 「目的、ですか?」

 「うん。藩のほうは一度は取りつぶしの可能性を考えた。そのころのここの藩ってスキャンダル続きなのよ。ふつうに考えたら、そのうちの一回でもお取りつぶしで当然なくらい。だからさ、あとで藩主の地位を継ぐひとが、もう懸命けんめいに幕府に働きかけたわけ。ちゃんとやりますから、取りつぶしはしないでくださいって。ところが、この頃って、いろんなところで一揆いっきが続発してる時代だったのね。それで、幕府のほうもさ、藩を取りつぶした影響で一揆が起こったりするとたいへんだからって、じつは藩を存続させるっていう方針だった。だから、藩のほうはそんな話は表に出さないでくださいって言うし、幕府もそのつもりだし、だからいろんなところが無理なつじつま合わせになってる。その女の人が藩主の姫なのか、それとも藩主の家に仕えていた女の人なのか、だいたい「女」って字、昔は「むすめ」って読みかたもしたからね。だから、それが藩主の家の「むすめ」なのか、藩主とは血筋の関係のない「おんな」なのかもわからない。歳もわからない。夫や子どもの話が出て来ないから、結婚はしてなかったらしい、ってだけで。そのお姫様が、玉藻姫って名まえになって、あなたたちぐらいのかわいい少女ということになって、記録に出てくるのは、やっぱりさっき言った、その明治の末にまとめられた本が初めてなの。玉藻姫騒動、っていう言いかたも、やっぱりそこが最初」

 「あなたたちぐらいのかわいい少女」の「あなたたちぐらい」が「かわいい」にもかかるのか、それとも「少女」にしかかからないのか。

 つまり、みちると咲恵さきえは伝説の玉藻姫と同じくらいにかわいいのか、それとも、みちると咲恵はかわいくないけれど、玉藻姫はかわいいのか。

 気になるけれど、きかないことにする。

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