第41話 昔の物語(5)

 店員の浅野あさのさんが出してくれたのは、分厚い牛肉のステーキと、ほうれん草のバター炒めと、クレソンとにんじんとじゃがいもと、野菜と何かのおさかなの身が入ったちょっとっぱいスープと、ご飯だった。

 もう、がんばる、と決めているのだ。いまさら遠慮してもしかたがないと思う。

 みちるは少食なほうだから、それでおなかいっぱいになった。クレソンは苦手だったけれど、せっかく出してもらったのだからとおなかに入れた。

 咲恵さきえがたくさん食べるのは週末にみちるの家に来たときに知っていた。だから、ご飯を二杯半、スープも一度おかわりしても驚かなかった。

 驚いたのが、みちるのお母さんと同じくらいの歳か、まだ少し上に見えるスレンダーな千菜美ちなみ先生が、やっぱり同じくらい食べたことだ。

 それにしても、咲恵は、この先生を、学校からここまでみちると咲恵を連れてくるためだけに呼んだのだろうか?

 何を教えている先生なのだろう?

 二番めの疑問には、すぐに答えが出た。

 食事が終わったあと、浅野さんが、先生にはコーヒーを、咲恵とみちるにはオレンジジュースの入ったヨーグルトを出してくれた。そのヨーグルトに、岩盤に打ちこむように勢いよくストローを差しこみ、口をつけようとした咲恵が、みちるのほうに顔を上げてふと言ったのだ。

 「あ、千菜美先生は歴史が専門だから、いろいろきいてみるといいよ。その相瀬あいせのこととか、悪い家老とか、玉藻姫たまもひめとか」

 「ああ、みちるさんって、そんなことに興味持ってるの?」

 千菜美先生がみちるの顔を見て言う。さっき会ったときには涼しげな感じだった目をぱっちり開き、興味深そうにしている。

 「だって、転校してきたばっかりなんでしょう?」

 「いや、ちょっと友だちにその話をきいて……」

 「でも、あんな話、いまここに住んでるひとでも、興味持つひとは少ないのよ」

 「そうなんですか?」

 「ええ。とくにその相瀬のお話はね、もともとこの話って海岸のほうだけに伝わってきた話だし、しかも、唐子からこの浜はともかく、唐子の町のほうに住んでる人たちって、戦後になってよそから引っ越してきた人たちが多いからね」

 「ああ」

 みちるのお父さんは、子どものころ、いまみちるが住んでいる家で育った。

 では、この伝説を知っていただろうか?

 少なくともみちるはきいたことがない。みちるとよく話をしてくれたお父さんなのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る