第40話 昔の物語(4)

 奥のほうの窓際の、六人ぐらい座れるテーブル席で、片方にみちるが一人で座り、向かい側に咲恵さきえ千菜美ちなみ先生が並んだ。

 「じゃ、お食事お出ししますね」

 店員さんは奥の台所に戻っていく。みちるはまたわからない。

 「お食事、って?」

 「みちるが食べるの」

 咲恵が言う。みちるはあわてた。

 「わたし、まだおなかすいてない。いや、だいいち、そんなお金持ってない」

 「筒島つつしままいりは村の行事なんだからお金は村持ち」

 咲恵が言う。

 村の行事?

 「村の行事だなんて、そんなのきいてない!」

 みちるは抗議した。咲恵は得意そうに笑って受け流す。

 「村でずっと昔からやって来た、って言ったでしょ。それに、あんた、おなかすかせたままあの島まで泳ぐつもり? ちゃんと腹ごしらえして、水分も取って、休んで、それで出かけなきゃ」

 「あぁ……」

 みちるはため息をついた。

 もう失敗はできない。

 もしかすると仕組まれたのかも知れない。

 咲恵は、今年の筒島参りの候補者を捜していた。すると下の学年でいじめられているみちるが見つかった。そこで、みちるに、いじめに勝つためには筒島参りするしかないと言い含めた。それにみちるが乗ってしまった。

 なんだか、罠にはめられた感じだ。

 もういちど、ため息をつく。

 でも、だとして、どうなのだろう?

 みちるはどちらにしてもあのいじめから脱出しないといけない。それに、咲恵は自分の危ないところを助けてくれた恩人だ。咲恵は、みちるが筒島参りに向かって泳ぎを覚えるのに合わせて、学年が下のみちるに教えてもらって勉強をがんばった。最初は英語の単語も読めなかったのに、この短いあいだに天文台のホームページでここの土地の日の入りと月の出の時刻を調べられるまでになったのだ。

 みちるに不平を言う筋合いはない。

 みちるは、少しだけ顔を上げて、上目づかいに咲恵と千菜美先生を見た。

 「がんばります」

 小さい声で言ってまた首をすくめる。咲恵が肩を上げて笑った。

 「ね、おもしろい子でしょ?」

 千菜美先生に言う。千菜美先生もみちるを見て笑っている。

 これは少しひどいと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る