第39話 昔の物語(3)

 町を一つ過ぎ、二つ過ぎ、町のはずれの小さいお店の横に車は停まった。

 「さ、降りて」

 言われるままに、みちるは車を降りる。停車位置を直してから、運転していた女の人も車を降りてきた。

 歳はお母さんと同じくらいだろうか。

 きれいな女の人だと思う。色白で、眉の線が整っていて、茶色がかった髪を後ろになびかせている。大人のファッション雑誌から抜け出してきたみたいだ。淡いピンクのドレスを着ている。

 だれだろう?

 咲恵さきえが「先生」と呼んでいるのだから学校の先生なのだろうか。学校で見かけたことはないけれど、みちるはまだ転校してそんなに経っていないのだから、見たことのない先生はたくさんいる。

 「あ、先生。今日、筒島つつしままいりに行く桑江くわえみちるさん。二年生だから、一年後輩。いちおう、ね」

 「いちおう」の意味が「先生」にはわかるだろうか?

 みちるは「よろしくお願いします」と「先生」にあいさつする。

 「よろしく。わたしは大藤おおふじ千菜美ちなみ。咲恵ちゃんとは前からの知り合い」

 咲恵がまたくすっと笑う。

 「さ、お店に入って」

 咲恵が言う。大藤千菜美さんがみちるに軽くうなずいて見せる。

 大藤千菜美さんは、咲恵に倣って「先生」と言ったほうがいいのだろうか?

 みちるはついて行った。でもまだよくわかっていない。咲恵が千菜美先生に先を譲って、みちると並んだので、みちるは咲恵にきいてみた。

 「浜辺に行かなくていいの?」

 「あのさあ」

 咲恵がきつく言う。

 「いま浜辺に行って、泳ぎ出すまで三時間も待ってるわけ? それに、あそこにいたら、みちるの腕をたたき折るとか言ってたやつらに会うよ。だから、浜辺に行くのは、出発ぎりぎりの時間でいいから」

 「あ、でもこのお店は?」

 「あ、うちの浜のひとがやってるの」

 説明はそれだけだ。

 店は、表がガラス張りの喫茶店のようだった。看板には「喫茶・軽食 オウムガイの家」と書いてある。

 千菜美先生がまずお店に入る。入ったところに、大きな、細長い貝殻がケースに入れて飾ってある。みちるの頭より大きかった。この大きい貝が「オウムガイ」という貝なのだろうか。

 千菜美先生が「おじゃまします」と声をかけると、店の制服らしい服を着た若い女の人が奥から出てきた。「浅野あさの」と書いた名札をしている。

 「ああ、千菜美先生!」

 店員の浅野さんはわりと高い声で呼びかけた。頬のぽちゃぽちゃした丸顔で、髪の毛を頭の上でまとめている。

 なんだか、かわいい。

 「それと咲恵ちゃん! お話はきいてます。どうぞどうぞ。奥のほうが落ち着けますよ。あ、この子が、今年の筒島つつしままいりの子ですね!」

 席に案内しながら、店員の浅野さんは早口で言った。

 「知り合い?」

 みちるが咲恵に小さい声できく。

 「だから、村のひとなんだって」

 咲恵が言って笑う。ということは、この若い浅野さんが店長さんなのだろうか。


 *オウムガイは、貝殻があるという点と、「軟体動物の一種」という点では「貝」の仲間ですが、イカやタコと同じ「頭足とうそく類」に属します。

 英語では「ノーチラス」。

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