第34話 海の上の道(13)
「でさぁ」
「そんなふうに仕事が調子よく行ってたある日のことなんだけどさ、溺れちゃったんだ」
「え?」
みちるは咲恵のほうに顔を向けようとして、慌てて水を飲みかけた。
咲恵は言ったではないか。人間は溺れるようにはできてないって。
泳ぐのが得意だったはずの咲恵のお母さんが、溺れるはずがない、と思う。
「あのさ」
咲恵がことばを整えているのがわかった。
「大きい
咲恵は大きくため息をつく。
暗い空には、明るい星のあいだを埋めるように、細かい星も小さく輝きだしている。
みちるはおそるおそるきいてみた。
「それで、咲恵さんは、海に入るのが怖くなくなったの?」
「ぜんぜん」
咲恵の答えはそっけない。
「だって、そういう死にかたじゃないとしたら、病院のベッドとか布団とか、ともかく寝るとこで死ぬじゃない? それで、自分の家族とかが布団の中で死んだからって、自分も一晩ごとに布団に入るのが怖いとか言ってたら、どうしようもなくなるじゃない? だから、おんなじようにさ、自分の家族が海で死んだからって、海に入るのを怖がってたら、どうしようもないって」
いや、それはだいぶん違う。
違うんじゃないかな?
「って、漁協のひとが言ってたジョークなんだけど」
「ああ」
それならば、わかる。
咲恵はまじめに続けた。
「でも、そのとき思った。海女漁ってさ、ほんとは何人かでやるもんなんだよ。家族だとか、海女さん何人かで仲間になったりとかしてさ。だから、一人がそんなことになっても、そのときは仲間が気がつく。それで助ける。でもお母さんは一人だった。もしわたしがお母さんのそばについてたらさ、なんとかできたんだよ」
咲恵の声は低くて、どちらかというと濁った感じの声だ。でも、このときの咲恵の声は、しっかりしていて、しかも澄みとおっていた。咲恵自身の声ではないようだと思い、でも、それは錯覚だとみちるはすぐに打ち消した。
咲恵は長く息をつく。続ける。
「だから、わたしは一人前の海女になるためにはどうすればいいか、それを探り当てようとした。学校に行ったほうがいいのかどうかって考えたよ。学校に行かなくなったとき、村のひとたちはみんな反対した。いまも反対してる。でも、海女になるためには、泳ぐのに慣れること、お母さんが出
授業で習ったはずのことが身についてないわけだ。
咲恵も笑った。
「でさ、ほんとはわたしだって、
「そうだったんだ」
みちるは安心した。海の近くで生きてきた少女でも、やっぱりあれは気もち悪いのだと。
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