第31話 海の上の道(10)

 土曜日と日曜日はお母さんが家にいるので、練習はできないと思っていた。

 「本番」前に二日空くのは厳しい。しかもみちるは海で泳ぐのが好きになっていた。泳げないとなると、それだけでものさびしい気分になる。

 しかたがないので、その二日は、咲恵さきえの家に遊びに行くことにしていた。

 「別荘」ではなくて、家にだ。しかも、遊びに行くといっても、咲恵は勉強するのだ。休みの日に勉強なんてしなくていいのにとみちるは思う。

 その咲恵の家は、みちるの家から砂浜に向かう途中で右に曲がった突き当たりの近くで、スレートきの、平屋の家だった。

 いちど家の中を見せてもらった。

 台所とトイレと風呂と、あとは畳敷きの部屋が一間あるきりの、ほんとうに何もない家だった。ここと較べれば、遺跡の浜の、壊れかけのプレハブの「別荘」のほうがずっと広々としていて明るい。

 でも、土曜日の朝から月曜日までお母さんが急に出張ということになった。月曜日の夜、いつもと同じ時間まで帰って来ないという。だから、みちるは、その週末のあいだも、夜はいっぱい泳ぎを練習することができた。

 昼のあいだは、みちるの家で、咲恵にパソコンとインターネットの使いかたを教えていた。想像していたとおり、いまの世のなかで、咲恵はどちらもまったく使えなかった。そこで、土曜日と日曜日の朝から日が暮れるまで、メールの書きかたとインターネットの使いかたをひととおり教えた。

 みちるだってパソコンを使うのがそんなに上手なわけではない。タブレットとかスマートフォンとかのほうが使い慣れているけれど、もちろん咲恵はそんなものは持っていない。

 パソコンを使っていてわからないことがあると、お父さんが家にいるときにはお父さんにやり方をきき、そのたびに

「不器用なやつだなあ」

と言われていた。

 そのみちるが、ひとを、しかも先輩を教えるなんて、面映おもはゆい。でも、咲恵とつき合っていて、そういう面映ゆさを抑えつける厚かましさみたいなのも身についてきた。それがいいのかどうか、知らないけど、しかたがない。

 あの悪家老の相良さがら讃州さんしゅう、村娘の相瀬あいせ、そして玉藻姫たまもひめといった人たちについても、検索のしかたを教えたあと、二人でページを読んだ。咲恵なら何か言ってくれるかと思ったけれど、咲恵の答えはとてもかんたんなものだった。

 「うー……。難しすぎて、わかんない!」

 そう言って、にこっ、と笑い、椅子に座って、横に立っているみちるを見上げる。

 みちるは、ふと、こんな妹がいたらよかったな、と思った。

 咲恵のほうが歳上なのに。それに咲恵のほうが背も高いし体も大きいのに。

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