第27話 海の上の道(6)
「十七夜、っていうから、こんどの満月の次の次の夜、日が沈んで、月が昇るまでに、あの島まで泳ぐんだ。
「ええぇぇえぇっ!」
ほんとうの悲鳴だった。
目のまえがまっ暗になった。
この部屋はこんなに明るいのに。
涙が
「そんな……そんなの、わたしには無理……」
涙が次々に湧いてきた。膝に力が入らなくなる。合板の壁に膝がつかえ、ずるずると滑り、砂っぽい厚い合板の床に膝がつく。
いじめられたときの涙とはまた違う。
自分のふがいなさを突きつけられた。
女の子の特権という。自分は女の子だ。その特権を手にできる。
でも、それなのに。
「わたしには無理……そんなの無理……
みちるは大粒の涙を次々に流しながら泣いた。
さっきのは洞穴のなかで泣いたので、涙なんか見えなかったし、だからどんなに涙を流していたかも気にならなかった。
いまは違う。涙が顎からしたたり落ちて合板の床で立てるぼとっぼとっという音まで聞こえる。
涙の音まで
咲恵は大きくため息をついた。
みちるの横に膝をつく。みちるの肩の後ろに手をやって、その体を引き寄せる。
そして、涙を拭ってくれた。
自分の水着の胸と肩のところの細い部分を無理やり引っぱって。
みちるの視界がオレンジ色に染まる。
ううん……こんなときになんてことをするんだろう、このひとは。
そう思って息を呑んで、目を上げると、咲恵はいままで見せなかったまじめな顔でみちるの顔を見ていた。
涙のせいで、それが何重にもぼんやり重なって見える。
拭いたのが水着の布では、涙はろくに拭けてない……。
「みちるなら、できるよ」
優しく話しかける、という言いかたではなかった。もっと厳しく言い切るときの言いかただ。
みちるは反発する。
「気休め……言わないで」
「気休めでないことぐらい、わかってるはずだよ、みちるなら」
低い声で、咲恵は続ける。
「さっきさ、わたし、二百メートルとか三百メートルとか泳いだんだよ、みちるを連れて、それも全速で」
「うん……」
「そのあいだ、いや、そのまえ、あのいかだのところにいるときから、あんたずっと足着いてないんだよ。息継ぎもたったの五回。それで泳げたんじゃない!」
「だって、……あれは咲恵さんが抱いて、連れて来てくれたから」
「いくらそうでもさ、泳げない子だったら途中で浮き上がるか、もがいて逃げるかしちゃうよ。息苦しくなったりして。でも、みちるはどっちもならなかった。耳抜きもちゃんとできるみたいだし。それに、あれだけ速く泳げたのはわたしがいっしょうけんめいに水を掻いたからだけどさ、でも、みちるも足で泳いでたんだよ」
「そんなこと……してない……」
みちるは細い声でようやく言い返す。あのときは咲恵に運ばれているだけで、自分は何もしなかった。
何もしなかったはずなのだ。
咲恵は、頬と頬がぶつかりそうな間近なところで、大きく首を振って見せた。
「してるんだよ。自分で気がつかないだけで。だからさ、みちる、泳げるんだ」
今度はみちるが大きく息をした。
うつむいて、目から涙を振り落とすように顔を振ってみる。
「でも、わたし、去年、百メートルも泳げなかった」
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