第24話 海の上の道(3)

 「まずさ」

 咲恵さきえは、またその森のほうを向いて説明する。

 「掘り返してたら遺跡みたいなのが出てきちゃって。最初は、その会社、遺跡があるのを隠して工事を続けようとしたらしいんだけど、体の具合悪くなっちゃったりとかさ、出勤途中にけがをしたりとかさ、工事してる人にそういうのがいっぱい出てきて。それで玉藻姫たまもひめたたりとかいううわさが流れてさ。知ってるでしょ、玉藻姫って」

 「ああ、はい」

 みちるは微笑して咲恵を見返す。

 「その悪い家老に罠にはめられて殺されたお姫様でしょ?」

 自殺かも知れないが、だとしても殺されたも同じだ。

 「うん」

 咲恵は頷いた。

 「殺されたか、自殺したか。このあたりの海岸には、その玉藻姫が逃げてきたっていう伝説があって、この浜では相瀬って若い海女あまさんがそのお姫様を助けたって話があるのは知ってるわけだよね?」

 「あ、ああ」

 「でさ」

 咲恵が続ける。

 「なんか知らないけど、この遺跡を壊すとその玉藻姫の祟りがある、って信じちゃった工員さんがいて、それが市に知らせたんだよ。そしたら大ごとになっちゃって。大学の先生がちょっと試しに発掘してみたら、戦国時代ぐらいの大きい遺跡が眠ってるらしいってわかってさ。どこ掘っても何か出るんだって。で、業者がさ、戦国時代の遺跡なんて遺跡のうちに入らないとか言ってむりやり開発進めようとして、わりといろんなところから批判を浴びたりしたらしい」

 それはそうだろうと思う。

 前の学校に戦国武将にすごく詳しい子がいた。戦国の遺跡なんて遺跡に入らないなんて言ったら、そういう子たちを敵に回すことになるに違いない。

 「で、そんなこんなするうちにバブル崩壊っていうの? なんかそういうのがあって、会社は開発をあきらめて、ここはだれもいない森と砂浜のまま残されたってわけ」

 咲恵は言って、ふうっと息をついた。

 「ま、玉藻姫様に守ってもらえた、ってことかな?」

 「どうして?」

 「だって、こんなところに別荘つくったってゴーストタウンになるのがオチでしょ? だって駅から車で十何分とかかかるし、まわり、何もないし。開発会社の人たちは、ここから駅まで無料でバスを走らせます、ショッピングセンターも誘致しますとか言ってたらしいけどさ、駅に着いたってまた電車が一時間一本とか、もちろん特急なんか停まらないし。高速道路からでも、そりゃ渋滞がないから早く来られるかも知れないけど、それでも便利とは言えないからねぇ。だから、そんなの造らないほうがよかった。だから、その玉藻姫様に守ってもらえた、ってわけ」

 大人の評論家のようなことを言ってから、咲恵は肩を軽く上げて、また落として見せた。

 「それに、おかげで、ここ、わたしが一人で自由に使えてるわけだし。それも玉藻姫様のおかげかな」

 笑う。何でもその姫様と結びつけると、姫様の値打ちが安くなってしまうようにも思ったけど、みちるもおとなしくつき合って笑って見せた。

 「で、その戦国時代の遺跡ってどうなったの?」

 「いまもそのまま」

 咲恵が軽く答える。

 「大学の先生が毎年見に来てくれるんだけどね。その先生の話だと、ここの遺跡の大きさって、本格的にやろうとすれば、よっぽど大きな調査団を組まないと発掘できないほどのもんなんだって。で、いま、どこの大学にもそんな予算はないって。それだけの予算を持ってる大学とか研究所とかは、もっと別の貴重な遺跡の発掘に予算使っちゃうって」

 戦国時代の遺跡の話もそういう話になると急に味気なくなってしまう。そんな話よりは、まだ、あの陰惨な玉藻姫と悪家老の話のほうがまだ興味がもてる。

 そういえば、玉藻姫の物語は江戸時代のできごとだという。この浜は、戦国、江戸と、けっこう歴史のものにめぐまれているのだ。夏弥子かやこが郷土史を調べるのが好きだと言っていた。そんな土地ならばそういう子も出てくるだろう。

 そういえば、房子ふさこや夏弥子はどうしているだろう?

 房子や夏弥子はべつにみちるをいじめたいとは思ってなかったはずだ。それなのに、みちるは最初房子が怒っているのだと思ってしまった。そのせいで、もしかすると、房子や夏弥子にはよけいな心配をかけたかも知れない。

 「でさ」

 あの水着のまま咲恵はくるっとみちるのほうを向いた。デザインはみちるの着ている学校指定の水着とそんなに変わらないけれど、色がオレンジなのでやっぱり日が射したようで、まぶしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る