第23話 海の上の道(2)

 建物のなかは荒れ果てていた。

 もともとなかはベニヤ板丸出しの作りになっていたらしい。そのベニヤ板がはがれて垂れ下がったり、下のほうが腐って穴が開いたりしている。

 天井には蛍光灯をつけるソケットはついているが、蛍光灯はない。職員室の事務机のような机が窓際にぽつんと一つ置いてある。床を突き破って草がところどころに伸びていた。

 咲恵さきえが言う。

 「二階行くよ。階段、腐ってるから、わたしが踏んだところ以外は踏まないようにね。でないと大けがするよ」

 とてもあたりまえのように、怖いことを言う。

 みつるは黙ってついていく。

 たしかに咲恵の言うとおりだった。

 鉄に黒い塗料を塗った階段だが、いろんなところがびていて、その錆びたところから穴が開いている。手すりも、段もだ。

 たしかに、踏み抜いたら鉄で手や足を切ってざくっと傷を作ってしまうだろう。

 ところが、二階まで上がってみると、そこはそんなに荒れてはいなかった。

 小ぎれいに整っていた。

 やはり事務机があって、その上には学校の教科書なんかがきれいに並べて置いてある。地球儀もあった。かごのなかにはタオルもある。蚊取り線香まで置いてある。

 だれのものだろう?

 咲恵のものという以外、考えられない。

 しかし、いくらなんでも、こんな荒れ果てた家に咲恵が住んでいるはずはない。夏の昼はいいけれど、夜や、寒くなってからの季節は、これでは耐えられないだろう。

 「女の子二人がこんなにおハダをロシュツして虫に刺されたりしたらたいへんだからねー」

 咲恵は他人ごとのように言いながら、マッチをってその蚊取り線香に火をつけた。マッチが湿っているからか、風のせいか、なかなか火がつかなかったのを、根気よく繰り返して火をつけ、蚊取り線香に移す。

 蚊取り線香なんて、あることは知っていたけれど、使ったのは去年の夏の学校のキャンプのとき以来だろう。ちょっとぐといいにおいだ。

 みちるがきいた。

 「ここ、何ですか?」

 「わたしの別荘」

 咲恵は目を細めて嬉しそうに言う。

 「それで、ここの砂浜はわたしのプライベートビーチってとこかな」

 みちるがどうにも疑わしそうな顔をしていたのだろう。咲恵は肩をそびやかした。

 「ま、いまはそうなっちゃってるけどさ」

 咲恵は大きく伸びをすると、浜とは反対側の窓を開けた。

 いま二人が抜けてきた森がすぐ近くまで広がっている。

 咲恵はふっと息をついて、窓枠にひじをついた。

 すぐ目のまえの手の届きそうなところにつる草や大きく育った木が迫る。後ろから風が吹き抜けた。涼しくて気もちがいい。

 みちるもその横に並んだ。

 咲恵が言う。

 「わたしたちが生まれる前さ、バブル経済とか言ってた時代にさ、ここの森を切り開いて、ほんとに別荘地みたいなのをつくって、ここの砂浜をその人たち専用のビーチにするっていう計画があってさ、ここはその工事の事務所みたいなものとして作られた家なんだって。ほら、それ見て」

 咲恵が斜め後ろを振り返って指さした。

 階段の上の壁に大きい一枚の板が掲げてあった。

 薄い鉄板らしい。それが何かの看板らしい、ということはわかったが。

 「そこにその完成図みたいなのが描いてあったんだ」

 上にペンキで何か描いてあったらしい跡は見える。

 でも、それはもう薄くなっていて、何が描いてあったかはわからない。

 階段や手すりと同じように錆びていて、穴が開いているところもある。

 当然だ。

 咲恵の言うとおりだとすると、これは、みちるが生まれる前に描かれ、みちるが生きてきたあいだ、ずっと、ここにかかり続けていたのだから。

 「で、その別荘地とかの計画、どうなったんですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る