第16話 再会(6)

 みちるはいかだに戻ろうとした。だが、いかだへの上がり口には高地たかち兵司へいじがいて、足で蹴ってくる。それでもいかだに上がろうと手すりを両手で握っていると、高地兵司はかかとでみちるの頬を蹴った。また「あっ」という短い悲鳴とともにみちるが海に落ちる。そして、また男の子たちが笑った。

 男子が女の子の顔を蹴っておいて、大笑いするなんて。

 別の上がり口に回ろうとしても高地兵司が先回りしてしまう。みちるが泳ぐのについてゆっくりといかだの上を歩き、意地の悪い笑いを浮かべてこっちを見ている。逆のほうに回ろうとすると、今度は出畑だばた武登たけとが待っている。

 みちるはいかだのまわりを泳ぐばかりで、上には上げてもらえない。

 このままではここで溺れさせられてしまう。

 岸には上がれない。

 岩にかじりついてよじ登れないだろうか。

 だめだ。波がなければできるかも知れない。でも、波があると、下手をすると岩や突堤に打ちつけられて大けがをしてしまう。

 みちるは、いかだを通り過ぎて砂浜まで戻ろうとした。

 「く、わ、え、さん」

 それを見て高地兵司がまた言った。

 「もっと遠くまで泳がないの?」

 同時に、肩の後ろにぴしっ!

 何が起こったのかわからなかった。でも、続いて、目のまえに、ぽとぽとと小さいものが落ちるのでわかった。

 高地兵司が石を投げているのだ。

 石は海岸から持って来たらしい。

 「痛っ! あぁっ!」

 腰の後ろ、そしてまた肩に石が当たる。焼けるような痛さだ。

 みちるは沖に向かって泳ぎ出した。そうすると石を投げてこない。

 いかだを振り返ってびくっとした。

 男子の数が増えている。みんないかだの上に立ち上がって、何かを手に持って、みちるのほうを見ていた。

 そのなかで、一人、いかだのまんなかで座って、体を別のほうに向け、顔だけこちらを向けている、色白の小さい男子がいる。

 久本ひさもと更志郎こうしろうだ。

 いまは更志郎に助けを求めるしかないと思った。女子が男子に、などという遠慮は、男子が女子の顔まで平気で蹴っている以上、もう無用だ。

 だが、その前に、ひゅっ、ひゅっと音を立てて石が飛んできた。さっきより大きい。

 「く、わ、え、さん」

 また高地兵司が言う。

 「もっと遠くまで泳ごうよ!」

 そして大きい石を投げてくる。

 「わっ!」

 もう更志郎に助けを求めるどころではなかった。みちるは沖を目指して泳ぎ出す。せわしく水を掻いて平泳ぎで懸命けんめいに逃げる。

 石の届かないところまで行って様子を見る。男子生徒たちはいかだの上で座って何か話している。

 しかし、みちるが戻ろうとすると、そのたびに話をやめて石を投げてきた。

 戻れない!

 どうしよう……。

 焦っていていたら足がだるくなり、急にふくらはぎの裏側から痛みが広がった。慌てて手で懸命に掻いて、ふと掻くのを止めたとたんに、同じように上の腕の外側がった。

 みちるは大きな声で叫んだ。

 「助けて! ほんと溺れそう! 助けて! だれかっ!」

 その声に応えるように、いかだの上から男子四人が飛びこんだ。

 どう見ても、溺れそうになっているか弱い女子を助ける様子には見えない。

 そうだ。この連中は、途中まで泳ぐと、みちるを助けに来ることもせずに、泳ぎながら石を投げてきた。

 まだ届かない。でも、みちるが水の上でばたばたしていたら、追いついてくるだろう。

 みちるは、自分が溺れかけながら、それでもまわりを男子に囲まれて石で打ちつけられている惨めな姿を想像した。

 「あああっ!」

 悲鳴か何かわからない声を立てて、みちるは息を吸いこんだ。水に頭をつけ、もっと沖へと泳ぎ出そうとする。

 足を引っぱられた。

 みちるの体が、ぐん、と水に沈む。

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