第15話 再会(5)
海に入ってみてわかったのは、海岸が
その足のつかないところのまんなかあたりに、ドラム缶の上に材木や板を並べていかだが組んである。その上で休むことができるようになっている。それ以外には休む場所はない。海岸は、南の岬の側は岩ばっかりだし、北は漁港の突堤が続いている。
そして、百メートルぐらい向こう、漁港の出口の手前にフェンスが張ってある。その手前が海水浴場、向こうは遊泳禁止だ。
この日は、最初はクロールの泳ぎ方の指導があり、みんなで並んでそのいかだまで泳ぐよう言われた。それをボートに乗った先生が見て、指導する。みちるは、自分の全力よりも少し力を抜いて泳いだ。いじめられているときに、先を争って泳いで、ほかの子と体が触れあったりすると、さらにいじめられることになるかも知れないからだ。
指導のあとは自由時間だった。
自由時間には、みちるは、いかだの端に座って、海には入らないまま、じっとしていた。
案の定、みちるのいるところには、だれも近寄ってこない。四角いいかだに対角線を一本引き、その対角線で区切られた三角形の隅にみちるがいる。ほかの子はいかだに上がってきたとしても対角線の反対側にしか行かない。
そのうち、先生は
「じゃあ、授業はこれで終わりだ。あとは自由に泳いでいていいが、五時までには学校に戻って帰ること。いいな」
と言って帰ってしまった。前の回もそうだったから、いつもそうしているらしい。
みちるは、
あの色の白い
高地兵司は野球部員で、苗字のとおり背が高く、
あの傘を破られた
香村みさ子は泳ぎは不得意なのか、砂浜からこわごわ何メートルか泳いで、すぐに戻ってしまう。
そういえば、あの日、香村みさ子の傘が壊されていたのは、まちがいだったのだろう。壊しただれかは、ほんとうはみちるの傘を壊すつもりだったのだ。「かむら」と「くわえ」で傘立ての場所がすぐ近くだから、まちがえてしまったのだろう。みさ子もそれに気づいたから、みちるを恨めしそうに見て、あの場を立ち去ったのだ。
怒る気にはなれなかった。
悲しいことは悲しいけれど、いまはしかたがない。
いま、みちるはいかだの上には一人だ。
砂浜に帰ると、またいじめられるかも知れない。みちるはかばんも着替えももう家に置いてある。五時の下校時間を気にする必要はない。だから、みんな帰るまで、ずっとこのいかだの上にいようと思った。
むだな時間だろうか。
そうでもないと思う。いかだは波に揺れる。それに合わせて、砂浜も、漁港も、向かい側の岬も、こちら側の岬も揺れて見えた。
揺れると、同じものでも少しだけ違うところから見ることができる。
ときどき揺れが大きくなる。一瞬だけ無重力の感覚になってすとんと落ちることもある。最初はびっくりしたが、あとは、アトラクションみたいで楽しいと思った。
そういえば、と、みちるは思い出した。
あのとき、沖に白い波が騒いでいて、そこに小さい島があると思った。
あれは見間違いだろうか。
みちるは沖のほうを見てみた。
でも、いかだの上からだと、目線の高さが低くてよくわからなかった。何かはあるようだ。でも、島のようなものにも見えるし、ただ岩が突き出しているだけのようにも見える。
その島のことを確かめようとして、みちるはたしかに油断していた。
ごとん、と、いかだの上に張った板が重そうな音を立てた。
二人の男子生徒が上がって来る。出畑武登と高地兵司だ。二人は、一見、さわやかに笑いながら、互いに目配せしている。
みちるは、背を丸め、脚を引き寄せて腕で抱いた。そして二人の男子生徒を振り返って見た。
それしかできなかった。
もういちど目配せする。体の大きな高地兵司が、みちるの後ろに立った。
もう、どうすることもできない。
「く、わ、え、さん」
その高地兵司の声は朗々としている。美声だ。
「もっと泳がないのっ!」
その声とともに、高地兵司はみちるの背中を乱暴に蹴った。反り返ったみちるの背を、横にしゃがんで力いっぱいぐいっと押す。相手は野球部員で力持ちの男子だ。みちるはこらえきれない。
どぼぉんという間の抜けた音、泡のはじけるたくさんの細かい音といっしょに、塩辛い海の水が顔を覆う。
みちるは短い悲鳴を上げることしかできなかった。
後ろで男子生徒たちの大きな笑い声がした。
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