第12話 再会(2)

 いつも

「いっしょに帰る?」

と誘いに来てくれる房子ふさこが来ない。これまでみちるから房子に声をかけたことはなかったのだけど、房子の席まで行ってみた。房子は席を立って荷物をまとめていた。

 「ね? 帰る?」

 房子は「しまった」というような顔でみちるを見た。声がすぐに出ない感じだ。

 そして、小さい声で

「あ、今日、部活」

と言うと、まとめていた荷物を持って教室を出て行った。その大柄な体の脚を途中でだれかの机にぶつけたらしく、がちん、と大きな音がしたけれど、そのまま、みちるのほうは振り返らずに出て行く。慌てているように見える。

 これまでなら、部活ならば房子のほうから

「今日部活だから、ごめんね」

と言いに来てくれた。

 部活の時間が迫っていたのだろうか。でも、みちるが声をかけるまでゆっくりと荷物をまとめていたように見えたのに。

 何か納得のできない感じが残り、みちるは自分の席に戻ってから隣の組に行ってみた。でも、夏弥子かやこの机にもだれもいなかった。帰ったあとか、夏弥子も部活に行ってしまったらしい。

 何かへんだという思いは、その次の朝、房子が自分を待っていなかったことで強くなった。雨が降っていて、家を少し早く出たのに、ポストのところに着いたときには少し遅れていた。ふだんなら房子が待っていてくれるはずなのに、だれもいなかった。房子も遅れているのだろうと思って待っていたけれど、来ない。十分ほど待ってから、今度は夏弥子がいつも待っている角まで行ってみた。でも夏弥子もいなかった。

 学校に着くと房子は先に来ていた。

 「おはよう」

と声をかけると、やっぱり不景気に

「おはよう」

と小さい声で答え、慌ててあたりを見回した。それからはみちるとは目を合わせようとしない。

 房子は怒っているのだ。

 なぜだろう。

 みちるには思い当たることがない。それを考えて、午前中の時間は過ぎてしまった。

 昼、房子はみちるのほうも見ないで教室を抜け出してしまった。夏弥子のところに行くのだ。みちるは跡を追ってA組のクラスまで行った。

 夏弥子と房子は、ちょうどB組のみちるの席と同じあたりにある夏弥子の席でお弁当を食べていた。みちるが教室の前からそちらに目をやる。夏弥子が顔を上げ、目が合った。夏弥子が小さく首を振って見せる。だめ、ということだろう。みちるは自分の教室へ引き上げた。入り口で別の生徒とぶつかりそうになり、みちるは小さい声で

「あ、ごめん」

と言ったのに、邪慳じゃけんな目でにらみ返されただけだった。

 雨は降り続いている。昼から教室に白っぽい照明が入っている。よけいに気分が滅入めいる。それに夏制服では少し寒い。

 夏弥子にきいたら事情がわかるだろうか。だが、放課後、行ってみると、夏弥子も教室にいなかった。

 戻って来たら香村かむらみさという同級生が泣いていた。傘立ての傘を壊されたらしい。

 ここの学校は、傘立てとロッカーは鍵がついていて、一人ひとりが鍵を持っている仕組みだ。だから、傘は取られてはいないのだけれど、見てみると、みちるのと同じような黄色い傘から傘の布がはがれ、骨だけになっていた。

 普通はこんな壊れかたはしない。だれかが壊したのだ。

 みちるが来ると、ほかの同級生たちは少しずつ場所をあけて行ってしまった。泣いている香村みさ子だけが残る。

 みちるは声をかけようかと思った。自分は別に折りたたみ傘を持っている。自分の傘を貸してもいいのだ。

 でも、みちるはまだクラスに入ってひと月にもならない転校生だ。声をかけるのは厚かましいかも知れないと思った。

 だから、じっと立ったまま見ていると、香村みさ子はみちるに気づいた。背が低く、髪がぼさぼさ気味のみさ子が、下からみちるをにらむ。そして、すぐに自分の傘立ての鍵を開け、骨だけになった傘を大事に持って、そのままかばんを持って下に行ってしまった。

 「あ、あの……」

 そのときになって声をかけたけれども、みさ子には届かないようだった。下まで下りていったけれど、もうみさ子の姿はなかった。

 もう少し早く声をかけていれば、とみちるは思う。後悔が湧き起こる。

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