第10話 海辺の少女(10)

 「相瀬あいせ」という若い女についても調べてみた。

 でも、相瀬について書いたものはあまりなかった。

 「相良さがら易矩やすのり」だと一回で目的の人物にたどり着いたのに、「相瀬」だと別の地名や現代の人に行ってしまう。

 「唐子からこ 相瀬 伝説」まで入れてやっとその「相瀬」らしい記事に行き当たった。

 最初に出て来たのは、釣りをやっている人のブログで、唐子に来たときに地元のひとと話したというなかに相瀬のことを書いていた。

 「唐子の村人たちにとっては相当なヒロインらしい」

という。

 しかし、実在したかどうかわからない。実在したとしても、伝えられているような活躍をしたかどうかもわからない。

 玉藻姫たまもひめという悲運のお姫様が助けを求めて来たときには、お姫様を助けて家老の相良讃州さんしゅう易矩と戦った。しかし、多勢に無勢で、お姫様を奪われたうえに相瀬も追い詰められて海に飛び込んだ。悪家老は相瀬は死んだものと思って安心したが、じつは生き延びていて、数年後、家老に復讐ふくしゅうを果たした……。

 相良讃州易矩という家老は、あみ奉行といって、漁村を監督し、漁村の年貢を集める担当だった。だから、当然、漁村の人たちからはいろいろと恨みを買っていただろう。この事件で相良讃州は切腹させられ、漁村の人たちは喜んだに違いない。そこで唐子浜出身の相瀬という少女が作り出され、その娘が玉藻姫に会ったとか、玉藻姫をかばうためにがんばったとかいう話ができたのではないか。

 村人からはそんな話をきいた、という内容だった。

 もう少し調べてみると、唐子浜の出身の人が作ったページにたどり着いた。

 そこには、相瀬という少女について村で語り伝えられていた話がまとめて紹介されていた。

 魚よりも速く水のなかを泳いだ。どこまでも泳いだ。仲間の海女が人食い海蛇に襲われたときには、全長三メートルもある相手と水中戦を繰り広げて仕留めた。

 出身については、捨て子という説から殿様の隠し子という説までいろいろあると書いてあった。さすがに「事実とは思えないが」と断ってあったが、問題の悪家老相良讃州の隠し子という説まであると紹介されていた。本職は漁民ではなく神社に仕える巫女さんだったともいう。

 ただ、お姫様を守ってどうたたかったかは、具体的にはあまりよく伝わっていないという。

 事件後にどうなったかも、処刑された、自殺したという話から、逃げ出して江戸城の大奥に入って権勢をふるったという話、江戸の大商人と結婚して店を繁盛させたという話、尼寺で余生を過ごしたという話、尼さんになって諸国を巡り歩いたという話まで、これもさまざまなようだ。

 調べてみるといろいろなことがわかる。ただ、騒動の一方の主役である相良讃州については、いろいろと記録が残っていて、それをもとに悪臣説から有能な政治家説までいろいろ論じられているのに、相瀬のほうにはただ村の言い伝えがあるだけで、たしかなことは何もわからない。騒動の発端になった玉藻姫というお姫様についても、沿岸の村を中心に伝説はいろいろとあるものの、どんな人物だったかは、ほんとうに藩主の娘だったのかということも含めてまったくわからないという。

 それは不公平だとみちるは思った。

 転校してきて最初の半月ほどは、みちるにとっては予想外の、楽しい、夢のような日がつづいた。生まれて初めての引っ越し、それも、都会のマンションから都会から離れた漁村への引っ越しだ。みちるはもともと引っ込み思案で、幼稚園でも小学校でもなかなか友だちが作れなかった。だから今度も友だちができないんじゃないかと心配した。しかし、そんな心配は何一ついらなかったのだ。

 そして、七月の初めごろ、小さな事件が起こった。

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