第7話 海辺の少女(7)

 学校に着いたのは八時十分頃だった。

 校庭で朝ランニングをやっている子たちもいるが、校舎にはまだ生徒の姿は多くない。

 房子ふさこ夏弥子かやこに教えてもらって下足箱で上履きに履き替える。そのまま三人で職員室に行ったら、担任の先生はまだ来ていなかった。とりあえず二年B組の教室に行くようにと言われる。

 教室は二階だという。

 いっしょに来た女の子たちは、校舎に入るまでと違って、おとなしく、ことば少なになっている。

 「B組だったら、房といっしょだね」

 夏弥子が言う。みちるが

「夏弥子は違うの?」

ときく。房子が

「夏弥はA組。でも、二クラスしかないから、クラス違っても、そんなに離ればなれになったって感じはしないよ」

と言った。

 それでもクラスは違うのだ。せっかくいま会ったばっかりなのに、突然、壁で三人のあいだが隔てられたように感じた。

 いや、ほんとうに教室の壁で隔てられるのだけれど。

 でも、房子がいっしょにいてくれるのだからと思うと、心強い。だれも知らないよりはずっといい。

 階段から廊下への角を曲がる。

 向こうから男子生徒がこちらに来るのが見えた。

 まん丸い顔だ。その丸い顔に沿って髪を丸いかたちにしているからか、よけいに顔が丸く見える。その頬の上半分がほんとうに紅色で、とてもかわいらしい。

 大柄な房子はもちろん、女子としては背が低いほうのみちるよりもまだ背が低い。

 下級生だろうかと思う。

 後ろを振り向くと、房子が、背筋を伸ばして立ち止まっていた。女の子どうしで話していたときとは違う緊張した感じがあった。

 「おはよう」

 「おはよう」

 房子と夏弥子がみちるの後ろでつづいてあいさつする。

 「あ、もしかして、転校生?」

 男子生徒は言った。男の子としては高いめの声だ。それに、しゃべり方にどことなく甘さがある。

 みちるは微笑をつくって、かばんを前に持って立った。

 「はい、今日、転校してきた二年生で、桑江くわえみちると言います。よろしくお願いします」

 男子生徒はまん丸な目で興味深そうにみちるを見る。笑顔で言った。

 「あ、よろしく。ぼくはおんなじ二年生の久本ひさもと更志郎こうしろう。こっち側が二年生の教室で、手前からA組、B組、B組のむこうが二年生のロッカー室。トイレは一年生側の手前のところ。パソコン教室は裏側の第二校舎にあって、やっぱり一クラスで一教室。二年生は三階。音楽室とか工作室もおんなじ校舎。パソコン教室のほうにもロッカーがもらえる。体育館はその向こうね。きみ、A組? B組?」

 「B組、だけど……」

 みちるは自分が「きみ」などと呼ばれたのにとまどう。久本更志郎はさっきよりももっとにっこり笑った。

 「ぼくもB組。よろしく」

 そういって更志郎は一歩踏み出して右手を差し出してきた。

 みちるも微笑した。かばんを左手に持ち、更志郎の手を握る。

 柔らかい手だった。溶けてしまいそうな感じさえした。

 握手を終わったあとも、更志郎は興味深そうにみちるを見ている。

 「おぉい、更志郎」

 廊下の向こうで男子生徒が呼んだ。更志郎は振り向いた。背の高い男子生徒が二人並んでいる。

 「あ、じゃ、あとで」

 そういうと、更志郎はその男子生徒たちのほうに早足で歩いて行った。

 「よかったじゃない」

 更志郎がずっと向こうに行ってしまってから、房子が言った。

 軽くからかうように。

 「更志郎君に気に入られたみたいで」

 「え?」

 いまので気に入られたことになるのだろうか?

 話をして、握手しただけなのに。

 それに、あの子に気に入られると、何かあるのだろうか?

 「第三中学校の誇るエース、天才少年だよ」

 それに答えるように夏弥子が言った。

 「エース、って野球の?」

 たぶん違う、と思う。

 「何言ってるの? 新星杯しんせいはいロボットプログラミング選手権っていうのがあって、それに小学校五年生から県大会で連続入賞してる天才なんだって。去年は惜しいところで関東代表になれなかったけど、今年は関東代表まちがいなしって言われてる。全国でもいいとこまで行くかもよ」

 「ああ」

 そういえば、そんな感じもする。

 ほかとバランスが取れないぐらい一つのことにのめり込んだ子の持つ輝きみたいなものが、この子からは感じられた。

 「それとさ」

 房子が声を低くする。夏弥子が房子を上目づかいに見た。

 房子は小さい声で言った。

 「あの子が、あの江戸時代の家老、相良さがら讃州さんしゅう易矩やすのりっていうのの子孫だよ」

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