第5話 海辺の少女(5)

 この高台になったところを過ぎると、道は下り坂になる。

 家が集まっている。みちるの「新しい家」近くとは違って、四角く仕切られた土地にきれいに家が並んでいる。

 道沿いに赤いポストがある。ここでポストに気づいたということは、ここまでの道でポストは一つも見なかったということかな。だったら手紙を出すのにここまで来なければいけないのだろうか。

 ポストのある角の家は、アクリルのひさしがついていてお店のようだ。でも、ガラス戸が閉まり、なかにはがらんとしたコンクリートの部屋が広がっているだけだ。前は何かの店だったとしても、やめてしまったらしい。

 その向こうは、黄色い屋根瓦とチョコレート色の壁の家だ。窓の上にも半円形のひさしがついていたりして、なんだかお菓子の家みたいだ。玄関までコンクリートの階段を上がるようになっている。

 おしゃれな家だと思って見ていると、その玄関の戸が開いて

「行ってくるね!」

と声がした。

 玄関を閉めてたったったっと下りてきたのは大柄な女の子だった。

 見たことのある制服、いや、いま自分が着ているのと同じ制服を着ている。

 「あ」

 みちるが足を止め、あいさつしようかどうしようか迷っていると、相手の女の子がみちるに気づいた。

 「新入生、じゃない、転校生のひと、ですよね? 何年生ですか?」

 髪の毛は肩のあたりまで伸ばし、その髪が肩の上にふわっと広がっている。低い、地味な声で話す。

 背の高さと落ち着いた雰囲気からして、相手は三年生かも知れない。

 「二年生、ですけど」

 かばんを両手で前に持って言い、お辞儀する。

 「あ。よかった。わたしも二年生。大角おおすみ房子ふさこっていうの。名まえで呼んで、房子、って」

 言いかたが急に親しそうになる。

 「わたしは桑江くわえみちる。第三中学校……の転校生。あの……よろしく」

 房子は「よろしく」と答えを返すかわりに「うふん」と笑った。もともと細い目がさらに細くなって、かわいらしい。

 「金曜日にはいなかったよね? 今日から?」

 「うん」

 房子が歩き出したので、みちるもついて歩く。

 慣れないうちは「です、ます」で話したほうがいいのかとも思ったけれど、相手が気さくに話しかけてきているのにそれは変だとも思って、みちるは迷っている。

 「先週、急に引っ越しが決まって、それで」

 どっちつかずの言いかたで説明した。

 「向こうから来たってことは、浜のほうだよね?」

 「浜のほう、っていうか……」

 どういえばいいのだろう。ここからすれば浜のほうだが、浜からも離れている。

 「あ、ごめんごめん」

 房子が言い直す。

 「ここらへん、唐子からこっていう地名なんだけど、そっちの坂から海岸のほうを唐子浜っていって、こっちは唐子町っていって、それで、浜とか町とかいう言いかたするんだ。だから、浜のほうだよね、って」

 「あ、ああ……そうだとしたら、浜のほう……」

 「前に住んでたのはどこ?」

 「舞浜まいはまって……」

 「あ、知ってる! いいなぁ。そこと較べると、ここなんか、すごいいなかでしょ?」

 「そんな……」

 「否定しなくてもいいの。事実なんだから」

 言って、房子はくしゃっと笑った。

 みちるには、言わなきゃと思っていることがいくつもあった。

 昨日の夜は、たしかにとんでもないいなかに来たと落ちこんでいた。でも、今朝は、心地いい。別の世界と言えば、昨日と今日も別の世界のようだ。

 こんな気分になれたのは、あの岬の護岸の先のほうで咲恵さきえさんと会ったからだ。

 そういえばあの子は三年生だと言っていた。房子はあの咲恵のことをどんなふうに思っているのだろう。

 「おはよ。あ、新人さん?」

 でも、それをきくまえに、左の細い道から姿勢のいい女の子が出てきて、房子に声をかけた。

 背は房子より低く、小柄なみちるとあまり変わらない感じだ。目の細い房子と較べて、目はぱっちりしている。肌のつやがとてもきれいだ。髪は長いのだろうか、大人の人のように頭の上にくるくるっとまとめていた。

 房子が答える。

 「おはよ。有名な大きい遊園地のある街から引っ越してきたんだって」

 「アメリカ?」

 横から出てきた子がきく。

 「舞浜だって。もぅ! で、名まえ、なんだっけ?」

 「あ、みちる……桑江みちる……」

 「わたしは間宮まみや夏弥子かやこ夏弥かや、でいいから。よろしく」

 「あ、わたしも、みちる、で。よろしく」

 やっとこの子たちと普通に話せるようになったと感じた。肩から顔までの突っ張った感じがすっととれた。

 いままではやっぱり緊張していたのだ。

 「このへん、いなかだよね、って、いまみちるに話してたんだけど」

 房子が夏弥子に言うと、夏弥子も

「そうだよね」

と言って笑う。


 *次のエピソードに「玉藻たまも姫騒動」の話があります。『荒磯の姫君』シリーズの結末の一部がわかってしまいますので、ネタバレを避けたいかたは『荒磯の姫君』シリーズを先にお読みくださいませ。

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