第2話 海辺の少女(2)
海がオレンジ色に染まる。みちるの目のまえでその色が急に大きくはっきりとしてくる。
「あっ……?」
みちるは目を開いた。まばたきする。
みちるのすぐ目のまえでばさっと音がした。オレンジ色のものが海からすっと立ち上がり、みちるのほうを向く。
太陽ではなかった。
オレンジ色一色のワンピースの水着を着た子が、目のまえに立っていた。
「え?」
笑顔で、みちるの顔をうかがうように覗きこんでいる。
まるい、日に焼けた顔だ。少し茶色がかった長い黒髪が肩の下まで伸び、そこから海の水が垂れている。歳は同じぐらいだと思うが、上か下かはわからない。肩や腕はがっちりして、日に焼けている。体格を見ると自分より歳上に見えた。でも、その笑顔はあどけなく
右手に何か手の大きさと同じくらいの泥のかたまりのようなものをつかんで、みちるの前に足を肩幅ぐらいに開いて立っている。
大きめの波が来て、岩場に打ち寄せ、岩のどこかでこぽこぽこぽと音を立てた。
オレンジの水着の少女がさっきより親しそうな笑いを浮かべた。
「その制服、第三の子でしょ?」
「え? あっ……」
「ダイサン」と言われても何のことかわからない。「その制服」と言われたのだからと、左胸のところに
「あ、そう。そう。
女の子はくすくすっと笑う。声は低めだけれど、よく通る。
「このあたりに住んでるんじゃないよね? それとも引っ越してきたの?」
「あ、そう」
相手の女の子の調子に引きずられている。みちるは上目づかいで相手を見て答えた。
「昨日、引っ越してきた……」
「どこに?」
みちるが言い終わらないうちに言って、ぱちっとまばたきする。
人がよさそうだけど遠慮がない。いなかの子というのはこんな感じなのだろうか。
いや、ここが「いなか」なのかどうかもわからない。
ずっと歩いてきたコンクリートの護岸、その先の村、その村のコンクリートの急な坂道――ここからは岩の陰で見えないところを左手で指さして、みちるは言った。
「あっちの、坂を上って、ちょっと行ったところ」
「ん? ああ、じゃ、
「うん」
そんなところまで見られていたのか。
小さな村だ。もしかすると、引っ越してきたのにあそこの家の人はあいさつにも来ない、などと思われているのかも知れない。
でも、みちるにはどうしようもない。
女の子は続けて言った。
「わたしは
「あ」
みちるは慌てて立ち上がった。制服のお尻のところを整える。みちるは二年生だから、この子、椿井咲恵は先輩になる。
立ち上がるとみちるが相手を見下ろすことになるけど、それは咲恵が海のなかに立っているからで、並ぶとたぶん咲恵のほうが少し背が高いだろう。
それにしてもそんなに背が高いほうではない。みちるはなぜか少し安心した。
せめて礼儀正しくしないと。
「わたし、桑江みちるです。今日から岡平第三中学校の二年生です。よろしくお願いします」
手をスカートの前に揃えてお辞儀する。咲恵は笑った。胸のなかから湧き上がってきたような笑い声だ。
「そんな緊張しなくていいよ。さっきみたいに同級生みたいに話してくれたらいい。わたしには上下関係なんてないようなもんだしさ。だから、よろしく」
握手のためだろう。右手を差し出そうとし、右手に握っているものを思い出したのか、その手を途中で止める。
赤いような、茶色いような、その泥のかたまりのようなものはいったい何だろう?
みちるが見つめているのに気づいたのか、咲恵は手のひらを上にしてそれをみちるの前に差し出した。
でも、みちるにはそれが何かまだわからない。
咲恵は得意そうに首を傾けて見せた。
「この下にいたんだ。
「ひいっ!」
みちるははじけ飛んだ。腰の力が抜け、もと座っていたコンクリートの段に腰をつく。右手と右肩を引き、顔もできるだけ後ろに下げて、海鼠から遠ざける。
こんな気もちの悪い生きものが……!
いま、みちるがいたところの下に?
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