月が昇るまでに

清瀬 六朗

第1話 海辺の少女(1)

 みちるはかばんを置き、スカートを整えて、コンクリートの階段のいちばん下の段に腰を下ろした。

 コンクリートの下は砂と小石の狭い場所で、小さな波がちゃぷんちゃぷんと寄せては引いていく。

 岩のあいだに空いた小さな隙間だ。護岸の上を歩いていたときには足の下に見えていた岩が、ここに腰を下ろすと、みちるの左右に赤黒く高くそびえている。

 まだ学校が始まるまで一時間もある。それなのに太陽はもう空の高いところから照らしている。この小さい湾の海も青く、細かい波のところどころがその太陽に艶やかにきらめく。

 後ろの山ではもうせみが盛んに鳴いている。その声は頭の後ろのどの方向からも押し寄せてくる。

 みちるは蝉の鳴き声の重なりのなかに閉じこめられたように感じた。

 どこか別の世界にいるようだ。

 いや、「ようだ」ではない。

 ここは別の世界なのだ。

 もちろんここも同じ「世界」の別の一部には違いない。お母さんは、今朝早く、これまでずっと勤めてきたのと同じ会社に出勤した。まったくの別の世界ならば、そんなことはできない。

 でも、ほんの一週間前まで、みちるは、自分が唐子からこという村の海辺にしゃがんでぼんやり海を見ているなどと想像もしなかった。

 唐子なんて地名すら知らなかった。そこが自分の父方の家の出身地で、そこに家があるといわれても、まるで自分のこととは思えなかった。

 昨日の日曜日は学校の友だち何人かと遊びに行く約束をしていた。

 あの子たちは、いまどうしているだろう。

 きっと、まだ起きたばっかりで、朝ご飯を食べていたりするのかな。

 いや、まだ寝てるかも。

 去年の林間学校での同級生の朝の寝顔がぱっと浮かんだ。刺繍ししゅうのついたピンクのパジャマで、うつぶせになって、両手で枕を抱いて、丸い顔でとろんとした顔を前に向けていた。

 あの子たちは、きっと、今日もあの学校に通うのだ。いつものように。

 自分だけが、ここにいる。

 波から反射して来る日の光がまぶしい。

 海の水はひとときもじっとしていない。

 睫毛まつげの上のほうが波の動きに合わせて合わせてちらちらと輝く。

 それは、たぶん涙がにじんでいるからだ。

 泣いてしまおうか。

 いま泣いておけば、新しい中学校にも笑顔で行けるかも知れない。

 そう思うとひとりでに涙が目に湧いてきた。海の波がいくつにも分かれ、重なり、そのあちらこちらから日の光が細かく射してくる。悲しいはずなのに、その透明な淡いオレンジ色の明かりは鮮やかで、きれいだった。

 そのなかから太陽が昇ってきた。

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