無敵怪獣の倒し方

西東惟助

無敵怪獣の倒し方

   一

 怪獣という存在が現れるようになった。直立した彼らの大きさは五十メートルを超える巨体だ。

 都心のビルよりは小さいがそんなものが跳梁跋扈ちょうりょうばっこしては、土地は荒れるし建物は壊されてしまうわでもちろんパニックになった。


 海からやってくるものは大波を起こし、地中から飛び出たものは多量の土をき散らす。そして空から来るものは、その翼で森林をぎ倒していく。


 何を食べているのかはわからない。人間や動物を襲う素振りもない。

 ただ何かを壊して回って帰っていく。そんな存在だった。


 この宇宙には、昔テレビで見たような、都合のいい光の戦士はいなかったらしい。


 怪獣による被害総額があるウイルスの対策で使われた税金を超えた頃だった。

 政府は自衛隊の一部を対怪獣組織とした。


 とはいえ自衛隊の兵器は何一つとして怪獣を倒すことはなかった。

 核兵器はもちろん使っていない。




   二 

「怪獣が現れました。部隊は出撃してください」


 そんな大雑把なアナウンスが流れるのはもう聞き飽きたとばかりに一人の男が椅子から腰を上げた。


「へいへい」


 返事をするわけがないアナウンスに返事をしたのは山川海大和やまかわうみやまと隊員だった。

 怪獣対策部隊創設に当たり、米軍から譲り受けた十機のF-22、そのパイロットの一人である。


「ヘマをするなよ、山川海2尉」

「わかってますよ、上官どの。堕ちなきゃいいでしょ」

「わかってるじゃないか」


 対怪獣において戦闘機の役目は攻撃ではない。

 怪獣の注意を戦闘機に移させ誘導、そして被害を少なくするというのが主なミッションだ。


 怪獣は何故か午前九時に現れ、午後五時にいなくなる。

 きっかり八時間労働、ただ休憩がないので全く羨ましくはないが。


 先のアナウンスも毎日必ず、九時一分に流れるようにセットされている。




   三

「海上型です」


 エプロンで作戦の概要の説明が始まる。


「場所は?」

「三宅島の東三十七キロ……基地よりおよそ百八十キロメートルです」

「五分くらいか」


 マッハ二以上の速度で航行するF-22なら百八十キロの道のりはそれくらいで到着する。


「参加機は四機、二機交代でいつもの作戦です。まずは神津島こうづしま飛行場で零戦に乗り換えてください」


 航空機を使用した作戦では、F-22はもっぱら移動のみに使われる。

 一機一億もかからずに使えるレトロなレシプロ機で怪獣の周りを飛ぶ、というのがいつもの作戦だ。


「F-22は着陸できるのか?」

「滑走路は確か八百メートル、可能です」

「頼むぞ、壊したら首が飛ぶくらいじゃ済まないからな」


 冗談を交わしながら山川海はF-22に乗り込む。




   四

「山川海2尉は私と、吉川きっかわ1尉と柏山かしわやま2尉で組んでくれ」


 そう言ったのは本作戦の隊長に任命された緑川みどりかわ3佐だ。


 怪獣対策部隊の飛行部隊は三十五歳以下の年齢のものが集まっている。その中でも最も年上なのが緑川だった。特に決められていないが、部隊のリーダー格である。


 この場、神津島空港の滑走路にいるのは緑川に加え、二十代後半の山川海と同期の吉川。そして一つ下だが山川海と同階級の柏山。十人いる飛行部隊の内の四人である。


「現在怪獣は三宅島東二十四キロまで迫っている。今のところ被害はない。現地到着一〇〇〇ヒトマルマルマルを目標。まずは吉川班、作戦の準備開始。一二〇〇ヒトフタマルマル帰還を開始。ただし我々が到着するまでは時間を過ぎても作戦続行。その後は一三三〇ヒトサンサンマルにこちらを出発せよ」


「いつも通りですね! わかりました!」


 元気よく答えたのは柏山だった。その隣で吉川は欠伸をしている。

 青天の下、ちょうどよい日和のせいだろうか。


「吉川1尉」

「すみません」


 欠伸を見とがめられた吉川はすぐに謝る。


「油断するな。気を抜いたら落とされるぞ」


 怪獣対策部隊が発足してから、飛行部隊に未帰還者はいない。

 飛行部隊どころか対策部隊そのものにも。怪獣が進んで人を襲った例はない。


「はっ、では吉川班出撃いたします」




   五

「大和、そろそろ準備をするか」


 十一時十分頃、何やらパソコンで仕事をしていたらしい緑川は言った。

 緑川は山川海を目にかけており、親しいものしかいないときは名前で呼ぶ。


「ですね、じゃないと吉川に文句言われそうだ」


 山川海は応える。到着が遅れると、それだけもう一方の班の負担が大きくなる。緑川班は十二時と十五時に出撃すればいいのだが、気持ち早めに出るのが隊の習わしになっている。


「飯は食ったか」

「いえ、おかしな空戦起動をして戻してしまってはことですので」


 フライト前の食事を控えている者は多い。それは無茶な空戦起動を危惧してのことだけではない。

 怪獣の見た目は――グロい。シルエットこそ特撮のスタンダードな怪獣そのものだが全く違う。体表は内臓を想起させるような色で、虫がい回っているかのような触手で覆われている。クトゥルフの邪神のようなある値を削られそうな姿形だ。


 物を壊すので有害だが、たとえただそこにいるだけでも不快害虫のような扱いを受け、忌み嫌われていただろう。


 中にはそんなおぞましい見た目を楽しみにしている隊員もいるが、そんな奇特な人間は少ない。


 山川海は奇特ではない方の人間だ。だから食事を控える。そろそろ慣れてもよさそうだが作戦終了後でも食事を摂るのが大変な時もあった。




   六

 エプロンに響くレシプロ機のエンジンの音が嫌いではなかった。

 子供の頃憧れた飛行機は第二次世界大戦のレシプロ機だった。そんな興味から山川海はパイロットを志した。


 発進、滑走路を走る。そして一瞬の浮遊感。

 大地を離れた。前を飛ぶ緑川機に追従する。作戦に用いる零式艦上戦闘機れいしきかんじょうせんとうき――零戦に武装はない。二十ミリ機銃は降ろされている。


 それは怪獣に兵器が通じないというのと、武装を減らせはそれだけ航行可能時間が長くなるからという二つの理由があった。


現時刻一一二〇ヒトヒトニイマル


 無線から緑川の声が響いた。無線機は現代のものにアップグレードしている。


「了解」


 目的地までおよそ七十キロメートル。高度五百に到達した現在、その怪獣の姿は遠目に見える。


 時速およそ二六十キロ。朝に搭乗したF-22に比べると車と徒歩の差くらいに感じられる速度だ。目的地までおよそ十六分。時間には十分間に合うだろう。




   七

 今回の怪獣の見た目はまだ優しい方だった。


 怪獣はなぜか上半身を海上に出して移動している。その上半身はよくイメージされる恐竜のようなトカゲの様な怪獣だ。首回りからは十メートルくらいの細い触手を無数に生やしている。その頭は割れており、中身が見えている。

 雲一つなく、日が降り注ぐ海上にその姿をはっきりとさらしていた。


 海中の下半身については今のところ分からない。


 これを優しい方だと言えるのだから成長したもんだと、山川海は一人笑った。


「吉川、状況は?」

「到着時位置よりおよそ八キロ南東に誘導しております」

「よくやった。帰投し、第二出撃に備えてくれ」

「了解」


 吉川機、柏山機が怪獣から離れた。航空機という遊び相手のいなくなった怪獣は近くにある島を目指す。絶え間なく戦闘機で遊んでやらねばならない。


 緑川機、続いて山川海機も怪獣の目の前を通り過ぎる。早速興味をひかれたらしい怪獣の目が戦闘機を捉えた。


 咆哮ほうこう。アポカリプティックサウンドを彷彿ほうふつとさせる独特の響き。案外怪獣がその正体なのかもしれない。


 二手に分かれる。ターゲットにされていない方は出力を下げ警戒。もう一方は全力で回避を続ける。


 怪獣は緑川機へ手を伸ばした。これで少し楽ができると、山川海は思った。


 怪獣の手はフジツボに覆われたようにボコボコしている。山川海は優しい見た目というのを撤回したくなった。


「隊長、腕のフジツボ注意してください」


 離れ始めた柏山の無線が入った。


「そこから肉塊を放ってきます」


 何とも気持ち悪い生態だった。

 伸ばされる腕だけではなく、そこから射出される肉塊にも注意しなければならない。


「柏山2尉、報告ありがとう」


 腕を避けた緑川機はスロットルを上げた。怪獣に偏差射撃の技はないらしく飛ばされた肉塊は機のはるか後ろを飛んでいった。


 作戦は怪獣の周りを飛び、避け続けることそれだけだ。


   八

 すでに緑川機が追われてから一時間が過ぎ、十二時五十分を過ぎた。


「大和、いい加減疲れてきたぞ」

「そうは言っても怪獣がこちらに興味を示しません」


 いつもなら怪獣の興味が別の機体へ移るので、適度に休憩(油断はできないが)を挟んで事に当たることができるのだが、今回は違った。


 執拗しつように緑川機を狙い、山川海機は見向きもされない。

 緑川隊長の集中力もここまでくればそう持たないだろう。


 白波が立った。怪獣の海面下の下半身が動いている。

 怪獣の下半身がどうなっているかについて、吉川からの報告はなかった。嫌な予感が山川海の頭のどこかをかすめた。


「隊長、下を!」


 その瞬間大きなしぶきを上げ出てきたのは二本のタコ足のような触手だった。怪獣の腕の太さは超えているだろう。

 その二本も緑川機の攻撃に加わった。


(さすがの隊長も、これは……)


 依然と変わらぬ怪獣の標的。山川海に焦りが生じていた。


「隊長一旦引きましょう!」

「何を言っている。下手をすれば俺がこの怪獣を島に連れていくことになるんだぞ!」


 緑川の言うことはもっともだった。


「お前こそ早く退き、吉川と柏山を連れてきて、三人で戦え!」


 三人、緑川の言ったその人数に山川海は絶句した。自分はここで散ると言っているようなものではないか。


「早く動くんだ!」


 緑川は今も怪獣の腕を、肉塊を、触手を上手に避けている。その起動は相当なGが体にかかっているはずだ。


「隊長! 島と逆方向へ逃げてください」


 どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。それだけ今の状況はイレギュラーだった。


えてるな」


 緑川はすぐに南東方向へ進路を変えた。


「私も出力を抑えて追従します」


 山川海は高度五百メートルを目指し上昇を始める。高度を保てば燃料が切れても帰還できる可能性は大いに上がる。


 巡航速度での航行が十二時間以上可能だった零戦だ。それに燃料の質も当時に比べると良い。

 怪獣が帰る十七時まで逃げ続けても大丈夫だろう。


   九

 先ほどまでの期待と安堵あんどはたったの十数分で裏切られた。


 怪獣は反転した緑川機を追うも、たった三キロメートル程度追いかけたところで反転、再び三宅島へと向かった。


 高度を下げた山川海機は怪獣の注意を引こうとするが失敗。


 目の前を、その頭のすぐ上を通っても、一瞥いちべつもくれることはなかった。


(怪獣ではなく、俺に問題があるのか)


 なぜか怪獣は自分を避けているような、そんな気さえしてきた。


「大和、ダメらしいな。俺が戻る」


 すでに疲れているであろう隊長は言った。すでに十三時を過ぎている。あと一時間もしないうちに吉川班が到着するはずだ。


 既に三宅島と怪獣の距離は十キロを切っている。一度逸れた注意を、再び緑川機に戻すのに時間を要した。


 怪獣は賢くなっているようだった。射出する肉塊を細かくし、攻撃範囲を広げている。


 緑川機はさらに二本増えたタコ足触手と対峙たいじしていた。

 見事な腕と集中力。すでに二時間近くもの間怪獣と対決している。


 ふいに、金属がぶつかる音がした。


「右翼に着弾。損傷を」

「いくつか穴が開いています。航行に問題は?」

「レバーが重い!」


 緑川機は被弾した。驚くことに怪獣の放つ肉塊は飛行機の翼を貫通する威力があるらしい。


「帰投してください」

「ならん、吉川が着くまでに三宅島に波が襲うぞ!」


 どこまで行っても緑川に退く気はなかった。

 そんな緑川を飛行部隊未帰還者第一号に山川海はしたくなかった。


 怪獣に接近する。その露出した頭部の脳を狙う。


「攻撃は無駄だろ」


 そんな緑川の声を無視した。


 機体を傾ける。怪獣の硬さは知らない。これで時間を稼げればいいと、ただそれだけを考えた。


 翼の先十五センチほどが怪獣の脳をえぐった。肉質は柔らかく、翼は無事だった。


 さすがの怪獣もこちらを見た。緑川機を追う攻撃が止まりすべてが山川海機へ。


 体力は十分、島から再度引き離しつつ、回避し続けることは簡単だ。そう自負していた。


 機体を水平にしたとき、一瞬の違和感、右に少し傾く。右翼を見やる。怪獣に接触したときに付着したのであろう赤い液体がこびりついていた。


 山川海は目を疑った。その液体から蛆虫うじむしのような巨大な虫が現れると、コックピットまでってきた。


 振り落とそうと機体をロールさせるが離れない。あまりこの虫に気を取られているわけにはいかない。

 怪獣の攻撃は今も続いている。


 いったん上空へ、垂直起動。触手や腕の届かないところに移動する。


 右翼の虫に動きがある。その頭を翼の半ばくらいのところに突き立てている。

 信じられないことに、この虫は翼を折ろうとしているようだった。

 再びロール。それでも虫は離れない。


「隊長! 落ちます! あとは……」


 言葉を言い終える前に山川海機はの右翼は折れた。盛大にバランスを失った機体は、徐々に高度を下げる。


 落ちていく中で、山川海は怪獣と目が合った気がした。その目から感情は読み取ることはできない。


 脱出レバーを引く、飛び上がった体と、落ちていく機体。


 このまま海に不時着したとしても、怪獣の起こす波ですぐにおぼれて死んでしまうだろう。


 山川海は死を覚悟した。


   十

「大和!!」


 そう叫んだ緑川の声は自身の機体の風防内にしか響かなかった。


 突如と折れた零戦の右翼。


 瞬時に飛び上がり落下傘を広げた大和。


 落ちていく零戦は何度か怪獣の体に当たると、海中に没していった。


 残されたのは自分だけ。うまく機体から脱出した部下は、その命がほんの少し永らえただけだ。


(吉川が来るまで、ここに釘付くぎづけにしておく)


 その決心だけで緑川は怪獣へと向かっていった。


   十一

 怪獣の上に立っているのはなんだか不思議な気分だった。海に落ちるのは勘弁とばかりに山川海は怪獣の左肩に着地した。


 このままだと怪獣が帰る十七時までの命だが、確かに延命はした。


 怪獣に初めて触れた。綿を踏んでいるような、不思議な踏み心地だった。


 怪獣の興味は満身創痍まんしんそういの緑川機へ向いている。

 現状できることは何もない。所持している拳銃は怪獣には効果がない。


(溺れて死ぬのは嫌だなぁ)


 そんなことを考えていた。


 何もできずここで死を待つことしかできない苛立ちから、怪獣の首を殴りつけた。

 予想していなかった事象が起きた。殴ったところが淡く光り、怪獣が声を上げた。


(苦しんでいるのか?)


 再び殴る。同じ現象が起きた。


 戦車砲や艦砲、クラスター弾でさえ、傷どころか苦痛を生じさせることのなかった怪獣が苦しむ姿を初めて見た。


 怪獣を倒すことができる。その確信は山川海大和の心を強くした。


 怪獣は生き物を襲わなかったのではなく、恐れていた。その中に怪獣を倒すことのできる存在がいるから。


 だから怪獣は徹底的に山川海を避けた。武装しているのなら問題はない。その身一つで向かってこられた時が怖かったのだ。


 暴れる怪獣の上で山川海は怪獣を殴り続けた。

 この時、怪獣よりもはるかに小さい生物がその息の根を止める方法を知った。


 一際大きく暴れた怪獣から山川海はずり落ちた。その身体能力は他の自衛官と違いはない。


 落ちていく中で緑川機を見た。向かってくる吉川班の二機を見た。


 ここで自分が止めなければ皆死ぬまで戦おうとするだろう。


 落ちていく中で怪獣のその胴体に拳を打ち付けた。

 足場のない中で放った一撃は今までで最弱のものだった。


 それでも怪獣の動きは止まった。


 ぱしゃりとなにかが弾け、落ちた音が怪獣の中から聞こえた。


 殴った位置、その下には怪獣の心臓のような器官が存在していた。それを山川海は破壊した。


 怪獣の体は先ほど零戦にとりついたような巨大な赤い蛆虫うじむしとなってばらけ始めその体はすべて海中に没していった。

 

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