日曜日にお茶するのはおすすめしない

 ここ最近は四六時中マナーモードにしているスマホからゔ―っという通知音がしたのは日曜日の午後のことだった。

 ここのところめっきり連絡が来なくなっていて、たまに来るものと言えばモバイルオーダーのために通知をオンにしたスタバのアプリからのよくわからない宣伝ぐらいになっていたので、いっそのことと思って音が出ないようにしていたのだった。

 どうせまた抹茶イチゴクリームフラペチーノの広告だろと思いつつも、微かな期待を込めながらわたしは昼寝をしようとしていた姿勢からのそのそと起き上がってスマホに手を伸ばした。

 せっかくうららかな昼下がりだから気持ちよくお昼寝しようと思っていたのに。



 そんなことを思いながら半ば義務感で開いた画面を見たわたしは、3秒前までのぐうたらさからはまるで別人のように跳ね上がって部屋の中で一人ガッツポーズをしたのだった。


 やった!!これは勝ちでしょ!!


 少しの間一人でわーわー言っていると電源のついていないこたつの中で丸くなっていたミアがのっそりと顔を出して、「なんだこいつは」といった表情でわたしの方を凝視してきた。


「ねえ聞いて聞いてミア。誰から何が来たと思う??」


 わたしのかわいい三毛はさほど興味なさそうに、でも続けたまえという風にうなずいてみせた。



 わたしは彼女が読めるわけもないのにインスタのDMの画面を見せながら選手宣誓でもするかのごとく言い放った。


「なんと彼から来週一緒に猫カフェ行きませんか?ってお誘いが来たのです!!!」



 3秒ほど沈黙があったのちミアが「みゃあー」と鳴いてこたつから抜け出し、わたしの方へとすり寄ってきた。

 もしかして嫉妬してるのかしら。ごめんね。

 一番好きなのはあなたなんだけどね。

 それは揺らがないんだけど、ちょっとほかの出会いもさせてくれると嬉しいな。

 彼女はちょっとしつこいぐらいにのどをごろごろ鳴らしてわたしの足にすりすりしてくるので、しょうがないなあと思いながらそっと持ち上げ膝の上に置いてわさわさとなではじめた。

 うーんふわふわ。わたしこんなに幸せでいいのかしら。

 気持ちを落ち着けた方がいいからお茶でも淹れようかしら。

 リラックスできるフラワー系のがいいわね。

 でも今はまだもう少しだけこのほんわかさの余韻に浸らさせてもらいましょうっと。




 5分ほどたってからよし、と思い立ってももの上のもふもふにちょっとどいてくれるかしらと声をかけて床へと降ろした。

 彼女と一緒に住み始めてからもう数年たつけどこの瞬間の名残惜しさと愛おしさったらほかに匹敵するものはないぐらい。

 食器棚を開けてポットを取り出すと、そこに付随した思い出も一緒に飛び出してきて、なんだかとっても楽しい気分になった。

 なんてったってこの前この新しいポットのファーストブリューを一緒にいただいてくれたんだもん。

 その時に連絡先でも交換しませんかって話をして、でもLineを教えるのはもっと本当に仲良くなってからにしようと思ってとりあえずインスタを教えてあげたのだった。

 住所ならもうわかってるんですけどね、とほほ笑みながら教えてくれた(もちろん冗談めかして)彼のアカウントに最初にDMしたのはその日の夜にありがとうございました、って送った時だったと思う。

 以来ちまちまミアのかわいい寝顔とか送ってそのたびに超ポジティブな雰囲気の会話をするなんてことを繰り広げていたのだった。

 今日はどんな反応してくれるかな、って考えて打ち込んでるときと返事を待ってる時が一番わくわくするんだよね。



 でもクリスマスと年末年始は運送業にとっての超繁忙期らしくて、それ以降次第に連絡が帰ってくるのが遅くなりがちになってきていたのがここ最近の趨勢で、それに伴ってわたしもあんまりメッセージを送らなくなっていたから通知音が鳴る頻度がめっきり減ってしまっていた。

 わたしとしてはあんまり冷めるつもりはないんだけど、かといってこっちばかり一方的なのもなんかいやだなあ、とか思ってすこし悶々としていたのがここ一週間ぐらいだったので、久々(当方比)かつ会えないかとの連絡にわたしはとっても舞い上がっていた。



 優雅な貴婦人になったつもりになれるのでひそかに気に入っているローズとブルーベリーのフレーバーティーを淹れながらわたしは返信を考えることにした。

 吉祥寺の駅を出てちょっと路地を入ったところにある口コミを見る限り超おしゃれそうな猫カフェのリンクが添付されていて、来週の日曜日なんてどうでしょうという提案がされていた。

 課題をやるスケジュールをちょっといじくれば全然OKだなと思って、でもあくまで冷静に、午後なら大丈夫なので1時前ぐらいに吉祥寺の駅とかで待ち合わせですかね、と書き込んだ。

 送信ボタンを押すのとほとんど同時くらいにミアが椅子に上ってきて、「みゃあ」と言いながらわたしの顔を見つめてきた。

 だからあなたと遊ばないわけじゃないんだってば。ほらおいで。




 こういう時ってそれからの一週間はあっという間に過ぎていくのよね。

 試験前の一週間とかありえないぐらいに先が見えないのに。

 ほとんど記憶ないもん。


 そんなわけで迎えた日曜日の朝。

 まさかの雨。

 やめてほしいよね湿度高いと髪の毛まとまりづらいし。


 でももしかしたら相合傘とかできるのでは、とペシミスティックなほうへ思いを巡らせて支度をしていたけれど、いざ家を出る時間になると降ってるのか降ってないのかわからないぐらいのぽつぽつ具合で、だからといって傘なしは水滴が服についてみっともなくなるからこの前ロフトで買った黄色い水玉模様の折り畳み傘をもっていくことにした。


 ミアはなんだかふてくされたような感じで、その朝は起きてくるのも遅かったしごはんの要求量も間違いなくいつもより多かった。

 やっぱりこの子わたしがなにを言ったりやったりしているのかわかってるんだわ。

 賢い子ね。

 今日のメインは彼に会うことで、ほかの猫ちゃんたちにはサポーターに徹してもらうんだからそんな目で見ないでくれるかな。

 じゃあいってくるね。



 彼が私服姿なのでもしかしたら見つけられないかもしれないという心配は、お店がどこにあるかわからないかもしれないという方向音痴のわたしの心配と同じくらい杞憂なものだった。


「お久しぶりです。連絡遅い時があってごめんなさい」


 第一声でそれを言うの評価高いと思うよ。

 こっちは結構気をもんでたんだから。


「別にそんなに気にしてないので大丈夫ですよ。お誘いいただきありがとうございます」


 それを聞いて相好を崩した彼を見て、かっちりしたお仕事モードもいいけどこっちも悪くないな、と思っていた。

 ありじゃんありじゃん。


「じゃあ早速行きましょうか。道分かるのでこっちです」


 予報に反して雨はもう止んでいて、なんならお日さまが顔をのぞかせはじめているぐらいだったので、わたしの折り畳み傘は無用の長物になってしまったのだった。

 あーあ。相合傘の目論見は外れたわね。



 そのお店は吉祥寺と聞いて思うよりはこじんまりとしてる感じで、でも猫好き界隈ではわりと評判のようで週末なんかは結構お客さんが来ると有名なところらしかった。


「休日だと時間制になっていまして、2時間で入れ替えになるんですがよろしいでしょうか」


 そう店員さんに告げられると彼は小さな声でわたしにささやいた。

 その雰囲気が客観的にみるとまるでカップルみたいだったのでわたしはなんだかドキドキしてきた。


「それでもいいですかね。あまり平日に時間が取れないもんでして」


「全然いいですよ。何なら二次会行きましょうよ」


 お店の中には大きさも色も毛並みも様々な猫ちゃんたちが何匹もいて、それぞれが思い思いに触れ合えるような感じだったので、とりあえずアイスティーを頼んでから早速戯れることにした。

 こう見えてもわたしは猫ちゃんの扱いには自信があるのよ。

 ほらそこの白いヴィクトリアちゃん。あーそぼ。

 でもなぜだかヴィクトリアと書かれたネームタグをぶら下げてる猫ちゃんは、(他のかわいいもふもふさんたちも!)わたしのところになんか来やしないで、むしろ彼のところに集って行っていた。

 なんでだよ。ひどくないか。だけど猫に囲まれている彼意外と画になるな。

 写真撮っていいかな。いいよね。



 しょうがないのでわたしはアイスティーをすすりながら彼と茶色の猫ちゃんがじゃれ合うのを眺めていた。

 眼福。この光景を絵に描いてみたい。画力ないけど。

 そんなことをぼんやり考えながらじっと彼の方を見つめていると、わたしの視線に気づいたようで顔だけこっちに向けて言った。


「今日は一緒に来てくれてありがとうございます。ここのお店来てみたかったんですけど、一人で入るのは敷居が高い気がしてたんです」


「それならよかった。その茶色い子すっごいなついてますね。かわいい」


 そうわたしが言うと彼はその子を膝の上に持ち上げてからしみじみとこう言った。


「この子なんか運命じみたものを感じるんですよね」


「へえ。きゅんと来るものがありました?」


「えっと、自分最近彼女ができたんですけど、この子と同じでヒナコって名前で髪が茶色なんですよ。遠恋中で全然会えてないんですけどふっと思い出しちゃいました」



えっっっ。待って待って聞いてないよ。

ねえミアどうしよう、わたしの目の前真っ暗かも。

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2025年1月14日 16:03
2025年3月14日 15:03

金曜日はうまくいかない 戸北那珂 @TeaParty_Chasuke

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