月曜日だっていい日になるに違いない

 

 かちゃん、と嫌な音がしたのはほんの一瞬だった。



 その直後にはIKEAで買った1500円ぐらいのちょうどいいサイズのティーポットはいくつかのただのガラスの破片と化してシンクの中に散らばっていた。

 そしてオーストラリアンアフタヌーンを久々に淹れてあったかくなっていたわたしの心もおんなじように急速に冷えて砕けていった。

 ガラスのハートとはよく言ったものね。

 なんか違う使い方な気がしないこともないけれど。


 そんなことを思っているとみゃあ、と小さく鳴きながらミアが台所に入ってきて心配げな顔でわたしを見上げた。

 わたしは泡だらけの手で軽く手を振って「大丈夫よ」と言ったけど彼女は足元にすり寄ってきて両足の間に挟まって座り込んだ。

 心配ありがと。わたしは怪我してないわ。

 でもとりあえずこれを片付けなきゃいけないわね。

 マグとかほかの食器も泡だらけだったので洗わなきゃいけなかったけど冷たい水を流しているあいだ足元はずっと暖かったのが救いだった。

 ほんとこの子には助けられてるわ。こんどちょっといいおやつ買ったげるわね。



 割れ物を包むのに新聞紙とかあればよかったんだけどあいにくうちでは新聞取ってないので春学期にメモ取ったけどもう多分見返すことのなさそうなルーズリーフとプリントで代用することにした。

 足の上に座り込んじゃったミアにちょっとどいてもらいながらガムテを探してぐるぐる巻きにする。

 これって燃えないゴミになるのかな。何曜日だっけ。

 なんだか名残惜しいからふたは記念に取っておくことにして戸棚のいつも入れていた場所に戻してみるけど、ふただけ戻すなんて今までしたことなかったのでなんだかそこだけすっからかんとして見えて不思議な感じがした。

 共有のゴミ置き場に持っていこうと思ってドアを開けるとやっぱりとっても寒くって、おまけにぽつぽつ雨が降り出し始めてさえいた。

 1階まで行くだけだから大丈夫だろうと思ったのが失敗だったわ。何か羽織ってくればよかった。

 せっかくお茶飲んだ後なのにさすがに寒すぎる。

 屋根があって雨が横殴りでないだけましだと思うことにするか。




 昨日が燃えるゴミの日だったのでゴミ置き場はすっからかんとしていた。

 左の隅にある燃えないゴミ入れのボックスにはすでに電球とかわたしの手の中にあるティーポットと同じように新聞紙とガムテでくるまれたなにかがちょこんと置かれていて、きっと誰かも手が滑っちゃったんだろうなと思うとその人と語り合いたい気分になった。真知ちゃんかな。

 乱雑に放り投げる気にはならなくてその包みの隣にそっと置くとなんだかお揃いにみえて、仲間がいればゴミ捨て場に行っても大丈夫だろうなとトイストーリー3みたいなことを考えた。

 そういえばロッツオが置いていかれちゃったときも雨だった気がするけどその時の彼とは違ってあなたには同胞がいるからね。

 今まで私の相棒でいてくれてありがと。

 そんなことをふと考えていると2年半前に一人暮らしを始めるにあたっておしゃれな家具を探しにIKEAに行ったときからさっきに至るまでお茶を飲んだ時に付随してきたいろんな記憶が思い起こされてセンチメンタルな気分になったけど、一緒に飲んではくれなかった翔太郎まで思い出しちゃったのとそろそろ寒さが身に染みてきたのでそそくさとうちに戻ることにした。じゃあね。





 小走りでうちに戻ってきてドアを開けると「みゃあー」と鳴きながらミアが飛んできてくれたのでほんのちょっとだけ暖は取れたけど、わたしにはその100倍くらいのあったかさが必要だったのでそのまんまこたつにスライディングした。

 あーこれなしじゃ無理すぎる。どうして去年の冬はやっていけたんだろう。

 待って加湿器の水なくなってるじゃん。道理でちょっと乾燥してきたしネロリの香りが薄まってきたわけだ。

 でも後回し!暖まるの優先!

 おいでミア。一緒にあったまろ。むぎゅーってしてあげる。わたしが大好きなのはあなただけよ。

 そういうとミアは全部知ってるとでも言いたげに「みゃあー」とわたしの胸の上で気持ちよさそうに喉をごろごろと鳴らした。


 そうやってこたつで横になりながらミアとごろごろしているとぴょこんとスマホが鳴ったので、こたつから出ないでテーブルの上に手が届かないか試したけどやっぱり無理だったので仕方なくのそのそとはい出した。

 このままだと寝落ちして風邪ひくところだったので抜け出す口実はたしかに必要だった、とひとりごちてみる。

 みると佑衣ちゃんからLineが入ってて、この前わたしとスタバに行って以来季節限定のフラペチーノにはまりまくった彼女はとうとう店員さんに顔を覚えられたらしい。

 どうしよう私世間話とかできないんだけど―!とかわたわたしてる割には多分超笑顔のはずの佑衣ちゃんを思い描くとなんだかふふっと笑えてきた。

 スタバか。いいな。今度お茶飲みにいこっと。

 ポット割れて今お茶飲めないから明日にでも行く?って返信したら秒で食いついてきた。

 ちゃんとお悔やみまで述べてくれるの嬉しい。




 だけどそれでもわたしには冬の三大熱源の一つが必要で(&ストレス解消にもなるしね)新しいティーポットを早急に探したほうがいいのは明らかだったので、こたつに戻りながらLineを閉じた流れでヨドバシ・ドット・コムのアプリを開いた。

 ティーポットで大雑把に検索をかけると安いのも高いのもサイズも色もいろんなのが出てきて案外IKEAのはリーズナブルな分類に入るのでは?という気がしてきた。

 どれがいいと思う?とミアに訊こうと思ったら半分こたつに入って気持ちよさそうにお昼寝していた。

 猫はこたつで丸くなる、って歌のまんまだったからあれはほんとなんだと思って一枚写真を撮っておくことにした。

 キャプションつけてインスタに流そうかとも思ったけどどちらかと言えばツイッター向きだなと思ったのとミアはわたしの大事な同居人なので世界に発信するのはやめておくことにした。


 検索結果をスクロールしていくと茶葉をふわふわ浮かせといて何分か経ったらぐっとレバーを押し下げて茶葉とお茶を分離するタイプのやつが出てきて、洗うのめんどくさそうだけどどうせ洗うのはわたしなんだしちょっとお茶の時間が楽しくなりそうだったからお気に入りにはいれとくことにした。

 浜松町の珈琲館にいったときダージリンを頼んだらこれで出てきたことがあったから使い方は知ってる。

 なんかわくわくするんだよね見た目的にも。

 IKEAのよりはすこし高いけど出せない金額ではない。

 何より今買ったら明日には届くし。

 買っちまうか、とひとりごちた途端「みゃあ」と同意の声が聞こえたので後戻りはしないことにする。




 もちろんヨドバシで頼んだのでよこしまな気持ちはちゃんと入っている。

 そりゃそうでしょ。

 この前こたつを頼んで以来顔と家は覚えられたみたいなので後は幸運を祈るだけ。我ながら下心にまみれているなーと思ったけど、でもまだ佑衣ちゃんとスタバの店員さんの関係とあんまり変わらないような気がしてきてまだまだこれからな気がしてきた。

 事態がどう転ぶかは明日次第ね。

 月曜日は2限で終わりだから帰り道ちょっと歩いて神社にでも寄ってくるか。

 神頼みは馬鹿にしない方がいい。これほんと。

 さて部屋の掃除をしなきゃいけないから動くか。

 手始めに加湿器に水足そっと。

 あ、あなたはそこでのんびりしてていいからね。


 というわけであっという間に月曜日の午後はやってきてしまった。

 2限の英文学は何の話してたかほとんど覚えてない。

 あとで佑衣ちゃんか実月ちゃんにメモ見させてもらおっと。

 そういえば実月ちゃん佐橋くんとデート行くことになった!!ってそわそわはらはらしてたけどどうなったんだろ。

 その後連絡来ないってことは彼に夢中なのかな。

 そんなことを考えてたらちょうどメールが入ったのでマジで心読めるのかと思ってびっくりした。

 でも来たのは今からお届けに上がります、の連絡で、それはそれで午後配送指定にしたはずだったからたぶんまだ大丈夫と思ってたわたしの心を惑わせたのだった。

 そこから実際にドアベルが鳴るまでは30分以上あったけど。

 その間じゅう加湿器は部屋中にネロリの香りを広げようとぽこぽこ音を立てながら動いていて、でもすっごく鋭くなったわたしの耳は玄関の前で足音が止まったのまで察知できていた。

 そして鳴ったピーンポーン。

 そのあとに続いた「ヨドバシカメラです」の声はわたしの運がとってもついていることを意味していた。

 



「こんにちは。遅くなってすみません。」


「いえ、全然大丈夫です。いつもありがとうございます。」


「そういえばミアちゃんはお元気ですか」


 彼の方から話しかけてくれた!しかもミアって名前だって憶えててくれてる!


「おかげさまでとっても。呼びましょうか?」


 と言うか言わないかのうちにわたしの足をすりぬけて彼の足元へぐいぐい行ったのはかわいくて賢くてとっても気の利くわたしの同居人。

 まるで入ってけよと言わんばかりだったのでわたしも意を決してみることにした。


「ごめんなさい離れなくて。ちょっと上がっていけって言ってるみたい」


「ほんとですね」

 彼は本気で受け取っていいものだとは思っていなさそうだった。


「あの」

 ふっと息を吸い込む。


「どうされました?」


「これ、中身、新しいティーポットなんです。前の割っちゃって。で、よかったら、最初の一杯を一緒に飲んでいってくれると嬉しいんですけど」

 言っちゃった!


「えっ」

 彼は一瞬虚を突かれたようだったけどその瞳は嬉しそうに輝いていた。


「実は今日の配達はこれで終わりなんです。なんでだかあなたのを最後にしちゃって。」




 かちゃん、とドアの閉まる音がした。

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