土曜日は寒いけど暖かいかもしれない
とうとうこたつをポチってしまった。
だって日に日に寒くなってるんだもん。
そんなに大きくないストーブとミアとお茶が三大熱源であるという今のわたしの状況はそろそろ限界を迎えつつある。
ちょっと値が張るのだけが懸念材料で先送りにしてたんだけど、一昨日信じられないことにわたしの地元でも雪が降ったらしくて、心配したパパから「ミアを凍えさせるな」とメモが入った現金書留が送られてきたのが最後の一押しになった。
すっかり御用達になったヨドバシ・ドット・コム。
とっくに吟味は済ませて一番よさげなのをお気に入りに登録してあるのでカートに入れるだけ。
「へ?」住所の確認をしているときに設置の作業もしてもらえるオプションがあることに気がついてしまったわたしは思わず変な声が出てしまった。
マジで?うちの中に合法的に入ってくるわけ?神の采配か?
わたしは下心にまみれて迷うことなくそれを選択した。
きっとそのときのわたしは鏡なんか見てないけどめちゃくちゃ打算的な顔をしてたに違いないわね。
クリスマスに一人もいいけど出会いがあるのはもっといい。
頼んでから来るまでの速さはどこにも負けないヨドバシは今朝大学に行く途中のファミマで支払いを済ませたらもう発送通知がきた。
いつもは早すぎてこっちが恐縮するぐらいなんだけど今回ぐらいはいいよね。早くこの極寒から抜け出したいわ。
まあ理由はそれだけじゃないけど。
どうやら着くのは明日の午前中らしい。
待ってこれ家ん中きれいにしなきゃダメなやつでは?
いつもは4限が空きコマになってる実月ちゃんと一緒に学食でだべってるんだけど今日はごめん。気になる人がいるって話めっちゃ聞きたいのはやまやまなんだけどこっちもこっちでさっさと帰って賭けの準備をしなきゃならないの。
今夜が勝負だ。
うちに帰るとひとまずテーブルの上に散らかってるものを全部寝室に突っ込んだ。
さすがに寝室には入れないからね。
掃除機をかけてそのあとに普段はしないのにモップまでかけてみる。
あとはなんだ?
カーペットがめくれてるとかストーブが少し斜めってるとかそういうちっちゃなことを直しまくっているとミアが「みゃあー」とないてこっちに来た。
そういえばただいまも言ってなかったかも。
ごめんねミア。
とりあえず部屋は見れるくらいにはなったので気持ち広くなった床に寝転がるとわたしの大親友の三毛は隣にくっついて並んだように横たわった。
構ってあげらんなくて悪かった。
今ならいっぱい遊べるね。
でもその代わりに明日はおとなしくしててね。
って独り言をつぶやくと「みゃあー」とだけ返事が来た。
わかってるのかしら。
そして次の日の朝。
特にどこへも行く予定なんてないのにコーラル色のチークまで塗ってみちゃった。
最後にしたのはいつだったっけ。
とりあえず昨日の夜お風呂上がりにルルルンしてから寝たから顔はこれで完璧なはず。
寝癖はぱっと見なさげだったのでヘアケアには時間かけなくてよさそう。
ちょっとだけふわっとさせる程度にとどめておこうっと。
やっぱりあの新しいドライヤー正解だわ。
全然寝癖になんないもん。
せっかくなのでルームフレグランスも使ってみる。
ヒノキにしようかネロリにしようか迷ったけれどなんとなくローズの香りもいいような気がしてしばらく悩んだけどやっぱり王道はローズよね。
そういえば何時ごろ来るんだろうと思って発送通知のメールを見返すと大型の荷物はゆうパックでの配送になる可能性がありますって書いてあるのに気がついた。
うそでしょ。それじゃあだめなんだってば。
一晩かけたわたしの策略は急に実らなさそうな気がしてきて、暗雲が立ち込めたような気分になった。
よく見るゆうパックのこのエリアの担当っぽい人は真面目そうなおじいちゃんで、多分めっちゃいい人だけどわたしの今日のターゲットではないんだよなぁ。
でも可能性がありますって書き方だから望みは捨てないのがわたしのやり方。
おじいちゃんは重いこたつ運べないしね。
とうとうインターホンが鳴った。
まるで頑張れよ、と言わんばかりに同時に「みゃあ」も聞こえた。
そして聞こえた「お待たせしましたヨドバシです」の声はわたしの期待を裏切らなかった。
やばい心臓の音が聞こえるどうしよう。
全く聞こえなかったらそれはそれでやばいんだけどさ。
のぞき窓を一回見てから深呼吸をする。
ちょっとぐらいあざとい声出してもいいよね。
「はーい」といってドアを開けると夢にまで見たこたつの箱を運んできたダークブラウンのアッシュの髪のお兄さんが立っていた。
「どうぞこちらです。お願いします」それしか言えなかった。
廊下のすみっこに埃があるのを見つけちゃって昨日途中で掃除をうっちゃった自分が恥ずかしくなったけど彼はそんなところには目もくれず一人で淡々と大きな箱をリビングに持ってきてしまった。
割と華奢に見えるのに力持ちだな。
もしかして陰で筋トレとかしてるタイプかな。
邪魔しないようにミアを抱っこしながら部屋の端っこで動きを眺めてみる。
超手際いいな。めっちゃ慣れてる。この仕事して長いのかしら。この地域から異動にならないといいんだけどな。
というかあの手すっごくきれいじゃない?
いいハンドクリーム使ってそう。
とかいろいろ考えてる間にさっさとこたつは組み上がっちゃって彼はもう片づけを始めていた。
書類をもって立ち上がり「ここにサインをお願いします」だって。
しっかり聞くと結構イケボかも。
え。というかもう終わっちゃったの。
いつまででも見てられる気がするけどな。
何にも起こらなさそうな事態が動いたのはハンコを取るためにミアを一回降ろそうとした途端だった。
ミアがいつもの通り「みゃあー」とないたあと何をするかと思えば真正面に立っていた彼の胸に向かったのだ。
慌てて抱えた彼は初めて相好を崩して微笑んだ。
「かわいい猫ちゃんですね。お名前は?」
「ミアです。みゃあってなくので」
「いい名前だなあ。僕猫好きなんですよ」
ほんとに?共通点あった!
「飼ってるんですか?」わたしは舞い上がりそうになりながら訊いてみた。
「住んでるアパートがペット不可なので残念ながら。なので猫カフェとか行くの好きなんですけど、クリスマス前は忙しくって触れあってる時間ないんですよ」
といって彼は優しくミアをなでる。
いいなわたしもそこいきたい。
彼の腕の中で気持ちよさそうに丸くなったミアは彼になでられて満足そうに喉を鳴らした。なついてやがる。
でもハンコを押すのにそんなに時間はいらないので至福のひと時はすぐに終焉を迎え、ミアはわたしの元に戻ってきたし彼は靴を履いて去ってしまうところだった。
「あの、もしよかったら」
わたしはない勇気を振り絞って声をかけた。
「もし、お暇なときがあったらでいいんですけど、うちにきてミアと遊んだりしませんか?お茶でも淹れますんで。」
「ほんとですか?」
彼は一瞬驚いたあととっても嬉しそうな顔をして言った。
「お邪魔でなければぜひとも。楽しみにしてます。」
あ、笑うと可愛いかも。もうちょいそれを見てたかったけど彼はいつものクールさ(たぶん営業用)を取り戻してわたしに「それじゃあ失礼します」とだけ言うと台車を押して歩き始めた。
わたしは聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「メリークリスマス」とだけつぶやいてその後ろ姿をしばらくのあいだぼーっと見つめていた。
彼は角を曲がっていく直前でさわやかにわたしの方を振り返り、「メリークリスマス!」と格好よく言ってわたしの視界から去っていった。
それを見届けるとわたしは心の中で大きくガッツポーズをしたいような気分になった。
これは大成功なのでは??
ありがとうミア。感謝してもしきれないわ。あなたやっぱり賢いわね。
今年のファインプレー賞はあなたのものよ。
そんなことを気にもかけない当の本人はわたしの足元に来てちいさく「みゃあ」とないた。
これが「寒い」って意味なのは明白だったのでわたしはドアを閉めてリビングへ行き、真新しいこたつの中に足を入れた。
つけたばっかりのこたつはまだ完全に暖まってはいなかったけれど、わたしの胸はなんだかとってもぽかぽかしていた。
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