木曜日はちょっとだけ楽しい
「みゃあ」と短くないた彼女の声を目覚まし時計の代わりにしてわたしは目を覚ました。
まだ7時。全休の日にしてはもったいない気もする。
というかどう考えてももったいない。
外は寒いし中も寒いし。
せっかくカーテンを開けても窓には結露が付き始めてるし。
でも寒いとなんだかうきうきするのはどうしてなのかしら。
世間の浮かれに乗る気はないけどそれでもやっぱり12月ってテンション上がるのよね。
そう思ってると自然に早起きになるのがわたしの性である。
だって一日は長く使えた方が楽しいに決まってるじゃん。
とかいいながらやっぱりベッドの中で携帯いじってるのには弁解のしようもないんだけど。
だらだらとYouTubeをスクロールしてると実月ちゃんからラインが入った。
「そういえば例の映画見た?」
完全に覚醒した。すっかり忘れてた。まだ見てなかった。
休みは合わないけど映画の趣味は合う実月ちゃんとたまたま見た予告編にきゅっと惹かれるるものがあって語り合おうって約束したんだった。
急いでTOHOシネマズのサイトを見るとなんと字幕版は今日までしかやってない。
だからこのタイミングで念を押したのか。
しかも新宿で朝9時。
今はまだ7時半なので誰にも会わないことを想定したラフ目の身支度にすれば十分間に合う。よし決定。
座席表を見るとまだ5席ぐらいしか埋まってなくって(そりゃそうよね木曜の朝から洋画なんて見る人のほうが少ないよね)すぐさまドセンを確保する。
多分マスクは外さないから化粧は最低限ですませて、あとミアに朝ごはんだけあげて45分後に家を出た。
そういえば今朝はストーブすらつけなかった。
というかばたばたして部屋が冷え切ってるのなんか気にも止まんなかった。
でもいったん外に出るといろんなものが気に止まるようになる。
なかでも想定外だったのはこの時間の都心行きの中央線。
なにこれ死んじゃう。
なんでこんなに混んでるわけよ。
毎日乗ってるサラリーマン凄くない?
楽しい一日のはずだけどちょっとだけ興ざめだわ。
新宿駅に着くと人の波に押し流されるようにして電車から降ろされた。
一人できたのはまだ3回しかないけど相変わらず時間が早く進んでいるように感じて慣れない街だと思った。
つーかわたし浮いてない?ちょっとおしゃれしなさ過ぎたかしら。
という疑念が一瞬胸をよぎったけれど東口を出てTOHOシネマズのある歌舞伎町のほうに行くにしたがってそんなことは別段ない気がしてきた。
でも新宿2丁目と言えどもさすがに寒空の下に不思議な人はほとんどいなくて拍子抜けな感じだった。
だけどきっと夜には賑やかになるんだろうな。
初めて来てみたけど面白い街ね。
シアターに入るとまだ誰もいなくて貸し切りか?と思ったけど直前におじさんが入ってきて私と同じ列の3個ぐらい離れたところに座った。
さっきはそこ空いてたからマジで直前に取ったな。
というかおじさんが平日の朝から一人でミュージカルなんか見て何が楽しいんだろうと思ったけれどわたしにもおんなじことは言えるわけだしなんだか楽しいからとしか答えようがないので深くは考えないことにした。
映画自体はとっても面白くて歌も最高だった。
さすがウエストエンドで人気の俳優を起用しただけあるわね。
オペラ座の怪人に出たことのあるという主演俳優は美月ちゃんの好みっぽいイケメンで、感想会したら多分ぐいぐい推してくるだろうなと思った。
シアターをでるとまだ11時半で、お昼にはちょっと早いしさっきご飯屋さんの看板覗いたらわたしの住んでる町よりちょっとだけ高かったから万年金欠の一人と一匹暮らしの大学生はお呼ばれじゃなさそうだった。
さて、ほかにすることもないし帰るか。
たまってる課題みんなほっぽり出して来ちゃったし。
お茶でも淹れてミアでも愛でよっと。
あ、あのワッフル屋さんおいしそ。
だめだめお金ないし甘いものは控えてるの。
でも帰り道一駅ウォーキングしたらチャラにならないかな。
よく晴れてるし空気は澄んでるし。
とりあえずワッフルの誘惑は回避できたんだけど改札を入る前に隣にあった期間限定の特設ショップみたいなのが目に入って足が止まった。
かわいい雑貨が並んでる。
こういうのにわたし弱いのよねただでさえ金欠なのに。
因果が逆かな。
ハンドクリームのテスターはすごくいい香りだけど今シーズンの分はもう買っちゃったのでひとまず我慢。
でもその上の棚にあったほうじ茶ラテのスティックには抗えなかった。
多分これ絶対においしいやつだと思った次の瞬間にはレジのお姉さんに手渡していたのだから恐ろしい。
クリスマスに600円ぐらいなら使ってもいいよね。
今年は特にあげる人もいないし。
あ、美月ちゃんにはなんかあげよっと。
レジの脇に並んでた黒糖ココアのスティックも捨てがたかったので包んでもらった。
こうして7割のわくわくと3割の衝動買い後悔を胸にして乗った中央線は行きよりも断然空いていた。
うちに帰るのははっきりいって億劫である。
だって寒いんだもん。
朝早かったしばたばたしてたしでストーブのタイマー入れてくるの忘れちゃって部屋が極寒なの確定してるんだよね。
誰か魔法で暖房つけといてくれないかしら。
というかミアがかわいそう。
毛皮着ててもこもこだからいいもののいくら何でも最高気温7度はこたえるよね。
わたしと違ってマフラーしてないし。
なのでお昼は駅前で済ませようかとも思ったけど家路を急ぐことにした。
お日さまが出てるだけましかしら。
きっとミアは窓の隣で丸くなってるに違いないわね。
猫はこたつで丸くなるって歌にもあるくらいだしね。
そういえば一人用のこたつってのがあるらしいということを最近知ったので今度またヨドバシ・ドット・コムのお世話になろうっと。
そしたらミアもわたしももっと幸せな冬を過ごせるに違いない。
こたつ最高なんだよね。
実家にはあるけどそのためだけに帰るのはちょーめんどい。
親は彼氏はどうしたのってうるさいし。
うちに入ろうとすると、ちょうど同じアパートに住んでいる後輩の真知ちゃんが出てくるところだった。
「あ、先輩だ」そういえば久々に会ったような気がする。
「なんかいいことありました?うきうきして見えますけど」
「そう?今日という日を有意義に使ってるからかもね」
「ふふ、なんですかそれ。先輩ってやっぱり面白いですね」
「なによそれ。そんなことより真知ちゃんこそきれいな恰好しちゃって、デート?」
「気合い入れすぎですかね。2年半記念日なんですけど」否定しないのか。
「あらま。いいと思うよ。楽しんできてらっしゃい」
それでは、先輩もいい日を、といってルンルンで歩き出した真知ちゃんの背中を見ていると、やっぱり今日はいい日になるなという気がした。
まだ半日残ってるし。
「ただいまミア」
一回玄関のドアの目の前にいたミアを蹴飛ばしちゃったことがあってからわたしはそおっとドアを開けることにしている。
でも玄関が一番北向きで寒いからかさすがにそこにはいなかった。
やだなあ寒いの。最悪体調崩すのよね。
とか考えながら靴を脱ぐとなんだか部屋があったかい気がした。
お天道様だけでこんなに暖かくなるものかしらと思いながらリビングに向かうと、どういうわけかわたしのかわいい三毛は十分あったまったストーブの前で休日のおっさんみたいに寝そべっていた。
「みゃあー」はおかえりって意味だと思う。
隣の机には何者かがよじ登った形跡があって、ストーブの上に(スイッチのボタンがある)は多分同じ何者かが飛び移った形跡があった。
なんて賢いのかしらこの子は。
わたしがほっこりした気持ちになったのは部屋が暖かかったからだけじゃないはず。
でもまだ外の寒さは堪えていたのでわたしはさっそくほうじ茶ラテを飲もうと思って牛乳をレンジにかけた。
お湯でミルクティーになるスティックって指示を無視してホットミルクで割るのがマジでおいしいから全人類やってみるべきだわ。
レンジのピーって音と同時に「みゃあー」とないたミアはわたしがテーブルに着くとさっと膝の上に乗ってきた。
もふもふ。
そしてほうじ茶ラテは見事に期待を裏切らなかった。
おかげでわたしは中からも外からもあたたまって、クリスマスの幸せってこういうささやかなのでもいいんじゃないかなと思ったりした。
さっきの映画はイギリスのらしくクリスマスは家族と過ごすものだってメッセージ性強かったし、日本では恋人と過ごすものだって固定観念強い気がするけどたまには一人でうちでほっこりしたっていいじゃん。
メリークリスマス。
そうだ実月ちゃんに感想言わなきゃ。
一緒にお茶飲みながら語り合うのだー。
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