金曜日はうまくいかない
戸北那珂
金曜日はうまくいかない[加筆修正版]
「ねえミア信じられる?」わたしは語りかけた。
「こんなに悪いことって一日中続くもんなの?」
彼女はただみゃあといっただけで同意も返事もしてくれなかった。
「ほら、せっかくお茶入れたのにそれだって冷めちゃったし。ありえなくない?」
せっかく気持ちを落ち着けようと淹れたルピシアのちょっとお高めのカモミールティーだったのに。わたしはあのヨドバシの配達の人が全部悪いような気がしてきた。
だってお湯が沸けたちょうどその時にピンポンするんだもん。
2分しかたってないのになんでこんなに冷めるわけ?
確かに窓開いてたから風がぶわっと通ったのはわたしのせいだけどさ。
それでもあんまりじゃない?
...(わりかしイケメンだったから許してやるとするか。)
また何か頼めば彼が運んでくるのかな。
昨日頼んだナノイーのドライヤーは今更ってタイミングで届いたけど。
その時は文句の一つでも言ってからお茶に誘うのもいいかもしれない。
それでも今日がひどい一日だったことに変わりはないので明日を楽しみにして寝るのが一番いいような気がしてきた。
こんな日さっさと終わっちまえ。
なんてったって明日は土曜日。
バイトもないしお昼まで寝てたって誰にも怒られないもんね。
「おやすみミア」わたしは相変わらず本棚の上で寝ている彼女に言った。
今度は喉さえ鳴らさなかった。
ひどい。しつけのなってない子ね。
飼い主の顔が見てみたいわ。
ちょうどベッドの隣に鏡があったのでわたしは自分をまじまじと見た。
泣きはらしてメイクがぐちゃっとなってた2時間前の自分を思い出すとなんだか泣けてきたし同時に笑えてきた。
私だってそこそこかわいいし頑張ってるとおもうんだけどな。
やっぱり男は顔しか見てないのかな。
そういえば現にあいつはいちども私とお茶しようとしてくれなかったわ。
なにが俺はコーヒー派だ、だよ。
なんであんなのいいと思ったんだろう。
かっこいいのは翔太郎なんて名前と髪型だけじゃん。
あんなのにはお尻の軽い千砂がお似合いよ。
もう吹っ切れることにするわ。
とにかく今日はもうおしまい。
パックだけして寝よっと。
袋から取り出したルルルンはひんやりとしててなんだかとっても気持ちがよかった。
新しい恋でもするか?
あの配達の人にアタックするのも悪くないかなとちらっと思ったけどそれじゃわたしも顔しか見てないじゃんということに気付いて世の中そんなもんよねとわたしはひとりごちた。
今んとこは一人を楽しんどくか。
さっきのカモミールティーはおいしかったけどやっぱり冷めちゃっててあんまほっこりした感じがしなかったのでもう一回お湯を沸かそうかしら。
わたしはポットを手にもって中に水を注いだ。
これも近頃調子が悪いのよね。
お湯沸かすだけなのにめっちゃ時間かかるし。
これも買い替え時かな。よし。
いつもは日用品はアマゾンで買ってるけど今回は少しだけよこしまな気持ちを抱いてヨドバシ・ドット・コムで買うことにしよっと。
10分経たないとパックは取れないのでわたしはテレビをつけた。
10時15分。金曜ロードショーの時間ね。
去年千砂と映画館まで見に行ったアメリカの映画がやっていた。
東京に来た大学に入って初めて友達と一緒に見た映画だったからどんな内容だったか割りとしっかり覚えてる。
主人公も今日のわたしみたいにひどい一日を過ごすのよね。
ゲリラ豪雨にあわなかっただけわたしの方がましかな。
彼女が自分のついてなさを「バッドヘアデー」って形容してたことの意味が今ならわかるわ。
だってまったくもってその通りだったんだもん。
比喩ですらないのは笑えるわね。
そういえば彼女最後のシーンで髪を切ってリセットしてたわね。
真似してみるか。
ありきたりな気もするけど実際効くのかもしれないし。
だって千砂とおそろいでポニーテールにする必要はもうないもの。
「みゃあー」とミアが鳴いた。
だからミアって名前なの。かわいいでしょ。
三毛だし。三毛しか勝たん。
翔太郎はあんまり好きそうじゃなかったけれど。
よくよく考えるとわたしどうして三毛が好きじゃない人と気が合うなんて思ってたのかしら。
なんか考えれば考えるほどこうなってよかったような気がしてきた。
でもなんで彼女はこんな夜に鳴くのかしら。
そうか10分経ったのか。賢い子ね。ありがと。
あなたは今日からわたしの親友よ。
これまでもそうだったけど。
使い終わったルルルンは加湿器代わりに枕元に置いとくのがわたし流。
お湯はまだわけないくせにさっきの冷たい風がこたえてきたのでわたしは重ね着でもしようと思ってクローゼットへ向かった。
ああ床暖ほしい。今日は朝から晩まで寒かったわ。
秋田から来た千砂ですら今朝は手袋してたっけ。
ちょっとおしゃれしてます感があざとくてうざかったけど。
でも男の子にはああいうの何気に効くのよね。馬鹿みたい。
ミアはいい毛皮を着ててあったかそう。
冬毛になったし。さっきちょっとふるえてたけど。
そうだ、わたしも持ってるはず。
わたしは半年前にたまたま冬物セールやってた駅前の小さな洋服屋の前を翔太郎と通った時に一目ぼれして買っちゃった全身もこもこの薄紫のパジャマのことを思い出して奥の方から引っ張り出して袖を通してみた。
羽毛はずっと中にしまわれてただけあってちょっとしっとりしてあんまりあったかくなかった。
試着した時はあんなにほんわかしてたのに。
そういえば翔太郎はまだあれ持ってるのかしら。
クリスマスには一緒にこれ着て過ごせたらいいねってわたしがごり押しして彼にも水色のを買わせたんだった。
あほみたいなペアルックだなって笑ってたけど結局それ着て二人並んでソファーに座ることはなかったわ。
でもさすがに今日着るとは思わなかった。
ある意味アイコニックなものになっちゃったけどうさぎみたいな耳がついててかわいいのでいいか。ステラルーみたい。
ぴゅーって湯気の音がしてわたしはやっとお湯が沸けたことを知ってキッチンへと戻った。
二杯目のお茶はニルギリ。
2分待つのがおいしいと思うので時計を確認する。
その間にレモンを一切れ冷蔵庫から取り出しておく。
これが最高なのよ。はちみつ加えるのもおすすめ。
それでもまだ一分待った方がいいのでわたしはスマホを開く。
なんと千砂からラインが入っててわたしは意味わかんないと思いながら既読だけしてスルーした。
親友に彼氏を取られるってラノベの中でしか起こらないと思ってたのに。今日寝癖がひどかったのは昨日の夜お風呂入るのが遅かったうえにドライヤーが突然動かなくなったからで、今日の朝1限あるのにもかかわらず目が覚めたら8時まわっててセットに時間かけられなかったのはわたしが悪いかもだけど、だからってそれを最後通牒にする必要ある?もっともらしい理由が欲しかっただけよね。
今考えると今日の不運は朝から(何なら昨日の夜から)続いてたんだわ。
金曜1限なんて二度と取るもんか。
続く2限は授業なんか出る気になんなくて半分ぐらいトイレで泣いてたので3限に出たときはマスク越しでもひどい顔になってたのがわかっちゃったみたい。
隣の男子に心配されたような気もするけどあんまりよく覚えてない。
これは彼に失礼だわね。
「みゃあ」と時間がわかる賢いわたしの親友がお茶のことを思い出させてくれた。
ニルギリのレモンティーはちょうどよくあったかくて素敵でわたしは気分がいくらか楽になって、ため息なんていつもはつかないのに今日の嫌なことをみんな出してしまうつもりで大きく息を吐いた。
映画はちょうど「バッドヘアデー」のシーンに差し掛かっていて、わたしはふと、一緒に見ていた千砂はわたしよりリスニングができないのでこのジョークが理解できることはないんだろうな、と思った。
私の人生そんなちっちゃい世界じゃないはずよね。
このジョークがわかる人と映画を見て笑って、お茶が好きな人とニルギリについて語り合えばいいんじゃない。
世界は広いんだから。留学でもしようかな。
わたしは心の中につっかかっていたなんだかわからないもやもやが急速に晴れていくような気がした。
二杯のお茶(カモミールの名誉のために言っておくと冷めてなければこれも最高なのよ、入浴剤だってとってもいい香りだしね。)がわたしをしがらみから解き放ってくれたのかもしれない。
ベッドにはいって目を閉じるすぐにほっこりして眠くなってきた。
またあしたねミア。いい土曜日だといいね。
悪いことは日をまたがないものよね。
そうだスコーンでも作ってみようかな、ヘルシーらしいし。
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