20.聖女の処遇……②

 アルフォード大聖堂は、表向きは枢機卿カーディナルセーラムが統括する宗教施設でありながら、その実態は賢者セージシルヴィを頂点とする更に上層の階層構造を持っていた。

 つまりこの部屋こそが、アルフォード大聖堂の真の中心である事に相違ない。


 枢機卿カーディナルであるセーラムから見ても、シルヴィの存在は、この世のものとは思えないほどの気高さを放っている。それは単なる美しさではない。永遠の叡智と、計り知れない力を秘めた存在としての輝きだった。


 最高位の聖職者として、政治家として、セーラムは今に至るまで多くの仮面を使い分けてきた。

 しかし、この部屋の中でだけは、彼はありのままの自分でいられた。『賢者セージ』であるシルヴィの前では、すべての仮面が意味を失う。

 それは怖れであり、畏敬であり、そして深い愛着だった。セーラムは姿勢を正し、声を清めた。


「エグバート三世陛下より、ホーリーウェル魔導学院の聖女『シェリル・ユーリアラス』に関する見解を賜りました」


 部屋の空気が、僅かに引き締まる。

 ミシェルの手が無意識に剣を捧げ、自席に戻っていたアイリスも、再び読もうとしていた本を机に置いて耳を傾ける。

 セーラムは緊張からごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと巻物スクロールを差し出した。


「これなるは、陛下が御自らしたためられた書簡でございます」


 巻物スクロールをいったん頭の上に掲げ、その後ゆっくりと広げるシルヴィに、セーラムは慎重に言葉を選んだ。


「陛下は、彼の者かのものの存在、その一切の行動、そして待遇についての全てをアルフォード大聖堂に一任すると仰せでございます」

「了承いたしました。陛下のご英断に感謝申しあげます」


 王室は、この件について静観の立場を取る……書面とセーラム言葉の意味は同じであり、シルヴィは穏やかに頷きながら応えた。


彼の者かのものをホーリーウェル魔導学院に迎えて3ヶ月……その実力は抜きん出ていると耳にしております」

「はい枢機卿カーディナル猊下。さすれば、現在実施中の彼女の教育が、より特別なものに変更できることでしょう」


 セーラムの言葉にミシェルも満足そうに応える。


「とは申せ、それはあくまでも人間族ヒュームを基準としたものよな……突出したと申すには寂しい限りよのう」


 奥からアイリスが冷ややかな声を浴びせかけ、ミシェルは何も言えず押し黙る。

 魔術の才にけた風精族エルフの中でも更に頂点に君臨する風精神族ハイエルフアイリスを納得させられるだけの実力を発揮しているかと言えば、確かにそれは疑問符が付くだろう。


其方そなた基準ものさしでは、ユーリアもマリオンも『まあまあ』ではないか……些かそれは厳しいのではないか?」

「お言葉ですが主上様マイロード。我等が探し求めているのは、そういうことであります!」

「その通りであったな……それはアイリスが正しい」


 机をバンと叩き立ち上がるアイリスに、シルヴィは「まぁまぁ」と両手を向け落ち着くように何度も両腕を上下させた。しかし、彼女は氷青色アイスブルーの瞳をシルヴィに向けて呟いた。


「我等が探し求めているのは、ただの優秀な魔導士ではありません。それは、主上様マイロードこそが一番よく御存知の筈です」


 アイリスの氷青色アイスブルーの瞳が、真摯な光を宿してシルヴィを見つめる。


「ホーリーウェル魔導学院からの報告書を見る限り、確かにシェリル・ユーリアラスなる者は優秀な生徒のようですが……我等にはもっと確かな情報が必要です」


 風精神族ハイエルフ特有の気品ある姿勢のまま、彼女は一歩前に進み出た。


主上様マイロード、ユーリアが風の大精霊シルフィードのユーフェミアと接触したという話ですが、わらわが、自らウーラニアー村まで確認に参りたいのです」


 シルヴィは眉を僅かに寄せた。


「いくら何でも時期尚早ではないのか?」

「だからこそ、わらわが確かめに参ります」


 アイリスの声には強い意志が込められていた。


「私もお供します。もちろん『戦乙女軍団ヴァルキリー』から数名を同行させていただきます。彼女達なら、目立たずに村の調査もできる筈です」


 聖騎士長キャプテンパラディンミシェルが挙手をして意見を述べる。

 シルヴィは軽く目を閉じた。暫しの沈黙が続き、室内の全員の視線が彼に集まった。


戦乙女軍団ヴァルキリーか……其方そなたが率いるなら、万が一の事態にも対応できるな」

「はい、主上様マイロード

「第一部隊……ウィンディアにイヴォリーネ、アナスタシアそれにミーティアを同行させます」


 ミシェルの提案に、シルヴィはゆっくりと頷いた。


「よかろう。だが、くれぐれも慎重に振舞うのだ。まだ表立った動きは避けたい」

「心配御無用ですわ。我等は魔物退治の冒険者グループとして振る舞いますゆえ」


 アイリスは不敵な笑みを浮かべてシルヴィを見つめた。



                        ◆◆◆◆



 セーラムが部屋を辞し、アイリスとミシェルがウーラニアー村への移動のための打ち合わせのため部屋を出ていくと、室内は一気に静寂が訪れた。

 シルヴィはしばらく執務室に留まっていた。積み上げられた報告書の山を前に、ペンを静かに走らせ続けた。


「もう休んでも良い頃合いか……」


 呟きながら立ち上がったシルヴィは、普段の凛とした足取りとは違う、人間味のある仕草で奥の私室へと向かった。


 執務室では決して見せない、僅かな疲れがその姿に滲んでいる。

 私室の扉を開け、内側から静かに鍵をかける。誰もいないことを確かめてから、シルヴィは懐から一つのペンダントを取り出した。

 天使を象った銀のペンダント……その輝きは長い年月を経て幾分か曇っているものの、天使の慈愛に満ちた表情は今も変わらない。


 シルヴィの指先が、その輪郭を優しく撫で、ペンダントの裏蓋を開く。

 そこには自分と同じ蒼銀の髪色をした美しい女性の姿があり、彼は初めて笑顔を見せた。


「君は今何処にいるんだい?……科乃しなの……」


 その女性像は決して応えることはない。

 それでも彼は語り掛けた。とても穏やかで、恋人に語り掛けるような優しい声で。


「あれから沢山の出来事が起こったよ

 アイリスもすっかり大きくなったし

 話したいことが山のようにあるんだ……」


 その独白を耳にする者は誰もいなかった。

 言葉は夕暮れの私室に溶けていき、戻ることはない。

 窓の外では、茜色の空が刻一刻と色を変えていく。その赤い光は、シルヴィの銀髪を優しく染め上げていた。


 ホーリーウェル魔導学院のある方角を見つめる瞳には、言い知れぬ深い色が宿っている。

 まだ見ぬ少女への漠然とした期待と、永遠に失われたかもしれない過去への想い。それらが混ざり合い、夕暮れの私室に静かに満ちていった。


「君に……遭いたい……」


 シルヴィの手の中で、ペンダントが僅かに温もりを帯びていった。




――――――――――――第二章 了―――☆彡



 第二章終わりました。

 シェリルの入学からクラスメイトとの出会いへと物語を進めさせていただきました。ここまでご覧いただき、ありがとうございます!

 第三章は時系列を進め、成長し、ますますきれいになったシェリルやアイリーン達、そして対抗勢力を描いていこうと思います。

 その前段として、第三章開始前に外伝を入れさせていただきます。

 第三章で登場する対抗勢力の勇者マックスとそのパートナーのナディアの話です。


「ローレライの歌」

https://kakuyomu.jp/works/16817330654786580120


 第三章開始前にこちらもご覧いただけたらと存じます。


 もし少しでも気に入っていただけましたら、お星さま、ハートさま、などつけていただけると、とても嬉しいです。

 どうぞよろしくお願いいたします。 m(_ _)m

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