第98話 様々な思惑と、歴史的契約





〈ラムズデール王国•首都ラムズデール〉





私は謁見の間で怒りを押し殺している。



「また、ヘロニモか•••」

「はい、陛下。先ほどアルビオルの執事より連絡があり、エルネニーに向けて出兵したと」

「ぐっ•••」



私はラムズデール王国の国王、ロビン•ブル•ラムズデール。

国王だというのに、ヘロニモに文句一つ言えない。


奴はこれまでも何かあっては街や村を襲っている。それも、ラムズデールの騎士を使ってだ。


アルビオルは軍事に特化した街。約1万人の騎士達の育成と称し、多額の税金が王国から支払われている。


育成といっても実際は何もしていない。

ただのヘロニモの小間使いだ。

騎士達も奴に喜んで従っている。従ってさえいれば甘い蜜を吸え、殺しや女を犯せるからだ。


この国には珍しく、騎士は全員男。ヘロニモは騎士団に女が入るのを許さなかった。

女がいる事で男は恋に落ち、ヘロニモへの忠誠が薄れるからだ。



そこまで分かっていて、なぜ国王の私が何もできないのか。


それは奴のスキル、『魔物使役』があるからだ。


Bランクの騎士、冒険者が最高のこの世界で、奴はCランクまでの魔物を1,000匹まで使役できる。


私がヘロニモに協力しなければ、王都に魔物を放つと脅されているのだ•••。







〈ラムズデール王国•アルビオル〉





「さぁ、かわいいお前達、私に着いてくるんですよ」


ヘロニモは魔物1,000匹を前に、醜い笑顔を浮かべていた。

この魔物は『魔物使役スキル』によって、ヘロニモが用意したものだ。


「お腹が空いたでしょう?お前達は男を喰らうのですよ」

「「「流石、我らのヘロニモ様!!」」」


ヘロニモの後ろには、1万にも及ぶ騎士が並んでいた。


「女、子供はいただきだ!!」

「久々だぜ」

「早く犯したい」

「俺は殺したい」


ヘロニモに迷いなく従い続けていた騎士団は、既に盗賊と化していた。

金も女も自由に手に入り、盗賊と同じことをしていても肩書きは王宮騎士。

誰もがこの状況に心酔し、ヘロニモのことを神のように崇めていた。


「ふっふっふ。お前達、準備はいいか?」

「「「おおおおおーーー!!!」」」


「出立だーーー!!!」



エルネニーに向かって、ヘロニモが従える魔物1,000匹、盗賊10,000人が出立したのだった。







〈魔王国•ヴィニシウス〉




私はチョコレートを用いた取引をするため、『転移スキル』でヴィニシウスの魔王城へ向かった。

ラーラ達とアリサは領主邸の警備を任せている為、私1人だ。



おなじみとなったいつもの部屋に転移すると、目の前にメイドさんが2人がいた。

いつもと同様、たまたま部屋の掃除でもしていたのかな?と思ったが、メイドさん2人は椅子に座っていた。

しかも、私が現れた場所に正方形の枠が書かれていて、その枠内を確認できる位置にメイドさんは座っている。


これはもしや、私がいつ来てもいいように見張るためだけのメイドさん??



メイドさんは私を見ると、椅子から立ち上がり、これまたいつものホルンを口に咥えて吹き出す。


トゥトゥトゥーー


廊下から大勢の走る音が聞こえて来ると、直ぐに部屋の扉が開いた。

ここまで恐らく僅か10秒程。これは、過去最高記録ではないだろうか?


私はオリンピックでも見ているように感動し、無意識に拍手をしていた。



「マリー大魔王様。ようこそおいで下さいました」

魔王フシアナと、その部下達が私に跪く。


「いやー、フシアナ、私感動しちゃったよ」

「はい、恐れ入ります」

「ここまで統率が取れるなんて、本当に凄い」

私はフシアナの頭を撫でる。

フシアナは顔を赤くしながら、蕩けそうな笑顔を浮かべている。



「ま、マリー大魔王様。こちらへどうぞ

フシアナは相変わらず口調が固い。

あの砕けた喋り方をしているフシアナがかわいいのに。


フシアナが案内してくれたのは同じ部屋の中にある大きな円テーブルだった。

変な事を考えていて気づかなかったが、この部屋はこんなに大きな円テーブルが置けるほど広くはなかったはず。

しかも、キングサイズのベットまで置かれている。


「マリー大魔王様に喜んでいただこうと、部屋を拡張しましたのじゃ」

褒められると思ったフシアナは、キラキラした目で私を見つめて、言葉遣いも砕けていた。


「ありがとう。嬉しいよ」

私はお礼を言って、フシアナの頭をまた撫でた。


「そんなかわいいフシアナに、今日は良い物を持って来たよ」

「な、何なのですかにゃ?」


何故か語尾が猫になっているフシアナには触れず、私は円テーブルの上に高級そうな箱を置いた。


「いい?箱を開けるよ」

「はいにゃ」


フシアナは箱を覗き込むような体勢になり、20人はいるであろう部下達も同じように覗き込む。


私が箱を開けると、そこには普通のチョコレートが3粒、生チョコレートが3粒入っていた。


「こ、これは!?」

「チョコレートだよ」

「ちょ、チョコレート?何やら甘い匂いがしますのじゃ」

「食べてみる?」

「いいのですかにゃ?」

「フシアナのために持ってきたからね」

「しょ、しょんな、嬉しい事を言われてしまったら蕩けてしまうのじゃ」


フシアナは自分の両手を頬に当て、何やらモジモジしている。

しょうがないので、私は普通のチョコレートを1粒手に取り、フシアナの口に運ぶ。


「だ、大魔王様にそんなことさせる訳にはいかないのじゃ」

けれど、口元に差し出されているチョコレートの甘い香りに負け、何の抵抗もせずにあ〜んを受けた。


チョコレートを口にした瞬間、フシアナの目は大きく開き、体の周りからオーラが発せられている。

そのオーラに周りにいた部下達は吹き飛ばされた。



「う、うまいのじゃーーーーー!!!」



すかさず私は生チョコレートをフシアナの口に運ぶ。



「ぶっひゃーーーなのじゃーーー!!!」



フシアナは全身の力が抜けたのか、その場に両膝をつき、天を仰いでいる。



周りで涎を光らせている部下の人達にも『アイテム収納』から新たに取り出したチョコレートを配る。

最初に箱に詰めたのは、高級なイメージとチョコレートの希少性をアピールするためだ。


幾らでも作れるんだけどね。



「「「ん、まぁぁぁぁぁー!!」」」



部下の人もチョコレートの虜になったみいだ。



「いやはや、マリー大魔王様。このチョコレートは凄まじく美味しいのじゃ。もっと欲しいのじゃ」

「「「「うんうん」」」」


魔王と部下、魔王軍は私の手元にあるチョコレートをじっと見つめる。

自分達の分はあっという間に食べてしまったようだ。



「フシアナ、このチョコレート、定期的にヴィニシウスに卸してもいいよ」

「真ですか!?」

「うん。その代わり、砂糖を買わせてね」

「砂糖?あんなものでよければ幾らでも売るのじゃ」


私自身は砂糖を大量にストックしているが、今後、エルネニーでチョコレートを作るには砂糖の入手が絶対だ。

砂糖の材料は魔王国にしかないため、人族の国では高級品となっているが、魔王国では庶民でも気軽に買える値段になっている。


ミルクはモウモウを用意すれば大丈夫。



「それともう一つお願いがあるんだけど」

「何でも言うのじゃ!!」

「人間のある街と、契約を結んでくれないかな?」

「に、人間ですか•••」


流石のフシアナも人間との契約と聞くと、かなり渋い表情になった。

もちろん魔王国でも人間国に砂糖や素材を卸したりしている。

ただそこには契約はなく、魔王国の言い値で人間国が買うだけだ。



「チョコレートは、その街で作ってるの」

「な、なんと!!」

「けどさ、その街が他の街の人間に狙われてるんだよ」

「なんじゃとー!!チョコレートは我の物じゃ!!」

「私もフシアナに優先的にチョコレートを売りたいと思ってる。だからさ、この街は魔王国ヴィニシウスの保護下にあるみたいなさ、そんな契約がしたいんだよ」

「な、なるほどなのじゃ」


フシアナの表情は先ほどより大分柔和になっていた。あと一押しだ。


「なんたってフシアナは魔王国の魔王で偉い人じゃない?ここにいる魔王軍は人間なんかよりずっと賢くて強いんだし、チョコレートの街を守って欲しいんだ」



「「「「いやー、そんなことありませんよ〜」」」」


フシアナと魔王軍は、顔を緩ませデレデレになっている。



「マリー大魔王様からそこまで言われたら、応えない訳にはいかないのじゃ。人間との契約は前例がないのじゃが、任せて欲しいのじゃ!!」

「フシアナ、みんなもありがとう」

「「「大魔王様にお礼を言われちゃった〜」」」



どうやら無事に契約できそうだ。

契約といっても、予め決めた値段でエルネニーはヴィニシウスから砂糖を買い、ヴィニシウスはエルネニーからチョコレートを買う。

それと、エルネニーに何かあった場合には、ヴィニシウスが力になるという、単純なもの。


ただ、単純だけれども、人間国と魔王国との歴史的契約なのだ。



フシアナは近々に人間国に伝令を出す事を約束してくれた。



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