第97話 嫌がらせと、チョコレート



チョコレートを買い終わった私がお店から出ようとすると、支配人のふくよかな男性が走って私に元にやってきた。


支配人は、ふぅー、ふぅー、と肩で息をして、ハンカチで額の汗を拭った後、私にある物を手渡して来た。


「これは??」

「リース様とエミール様がお好きなコーヒー豆です」

「こ、コーヒー•••!?」

「は、はい。正直、どこが美味しいのか私には分かりませんが、お二人が好きなので少しだけ用意しているのです」

「コーヒー豆って、用意できるんですか!?」

「え、ええ。森の木にたくさん生えてますから、幾らでも用意できますが•••」


はっきり言って、私はコーヒーが大好きだ。

しかも、ブラック派。

中学生があまりコーヒーを飲むのは良くないかもしれないが、高校受験に備えて勉強をしている時、眠気覚ましによくお世話になっていた。


意外にも、私はちゃんと勉強をする子だった。

セーラー服に飽きていた私は、とある高校のブレザーに一目惚れした。

そのブレザーを着たいがために、受験勉強をしていたものだよ。

その高校の偏差値が高くなければ、もしかしたら勉強をしていなかったかもしれないけど•••。



「買った!!」

「へっ??」

「コーヒー豆、買ったわ!!」

「えぇぇぇぇーーー」


その後、コーヒーは苦くて飲めたものではない、リース様、エミール様が好きだから多少用意しているが、一切他には卸してない等、支配人の買わせたくない説得を私は一蹴し、最後はコーヒー豆を用意してくれることになった。


「では、3日後には用意しておきますね」

「よろしくお願いします」

「それと、リース様、エミール様にご結婚おめでとうございますと、お伝え下さい」

「分かりました」


そう返事した私の顔は、もしかすると少し安堵したものになっていたのかもしれない。

私の表情を悟った支配人が、笑顔で語りかけて来た。


「ご安心下さい。この街で、リース様とエミール様を悪く言う方はおりません。リース様は街の子供と一緒に泥だらけになって遊んだり、エミール様は困っている人がいれば必ず声をかけるんですよ」

「•••」

「そんなお二人だからこそ、街の人は皆、お慕いしているのです」

「安心しました」



私は笑顔で言うと、領主邸に向かって歩き始めた。

不思議と、足取りは軽かった。





ただ、やっぱり汚い人間はいる。



私が領主邸に戻ると、屋敷の中はメイドや護衛の人が慌ただしく動き、何かあったのは明白だった。


「あ、マリー」

「アリサ。何かあったの?」

「私も詳しくは聞いてないんだけど、ここに届く筈だった物資が何者かに襲われたみたい」

「えっ!?」

「今、リースさん達の所に行く所だったの、マリーも一緒に行こう」


私とアリサは領主室へと急いだ。

領主室に着くと扉は空いていて、中にリースさんエミールさん、ラーラ、ナーラ、サーラがいた。

私は部屋に入ると扉を閉めた。



「マリー嬢。折角我が家に案内したというのに、こんな騒ぎになってしまい申し訳ない」

「それはいいんです。一体、何があったんですか!?」

「嫌がらせですわ」

「嫌がらせ?」

「私とエミールが結婚した事が気に入らないのでしょう。まぁ、結婚前から虐げられていましたがね」


リースさんは気丈に話すが、その手は悔しさからか強く握られていた。


「馬車の中で話していたヘロニモってやつの仕業ですか?」

「貴族位Aのヘロニモが私を虐げていることが後ろ盾になっているのは間違いないとは思いますが、今回は違います」

「屋敷への物資を積んだ馬車が襲われたのですが、犯人をラーラ様、ナーラ様、サーラ様が捕まえてくれました。それで分かったのですが、隣街の領主の仕業でした」


エミールさんは悲しげに説明してくれた。


同性愛、同性婚というだけで嫌がらせをし、何かあっても貴族位Aに守られる。

許せない。



「マリー様。その街、滅ぼしてきましょうか?」

「ラーラ、私も今同じ気持ちだよ」


いつも私に止めらているラーラは、同じ気持ちと言われたのが嬉しいのか、目を輝かせている。



「ふっ、はっはっはっ」

リースさんが高らかに笑った。


「こんなに頼もしい味方がいるのは有難いな。けど、嫌がらせをしてくるのは隣街だけではないんだよ。気持ちだけで十分だ」

「私達のことを魔族でも前にしているように恐れて、その割には隠れて嫌がらせをしてくるんです」

「魔族って、やっぱり人間の世界では怖いとされているんですか?」

「あ、ああ、そうだね。人間より遥かに力に優れているからね、やはり恐怖の対象かな」


リースさんとエミールさんは、私の質問の意図が分からないためか、2人仲良く首を傾げる。



「なら、魔族、というより、魔王を味方につけましょうか」

「「えっ!?」」


リースさんとエミールさんは分かりやすく青ざめていた。


「大丈夫です。知り合いの魔王もいるし、これさえあれば」


私は2人の前にカカオ豆を置いた。

2人は考えることを止めたのか、無表情のまま笑っている。




それから、屋敷の警護をアリサとラーラ達に任せて、私は調理場を借りて作業に取り掛かった。


『料理スキル』でレシピを確認すると、まずカカオ豆を炎魔法でローストし、風魔法で皮を剥ぎ取る。

次に、私自身の力でカカオ豆をすり潰し、ミルク、砂糖を加え、炎魔法で温めながら混ぜていく。

最後は、氷魔法で冷やせば終わりだ。


本来は滑らかさを出す為にもっと時間がかかるらしいが、私には魔法があるから短時間で完成した。

あまりにも早く完成したので、生チョコも作ってみた。



「では、一口」



う、うまぁぁぁぁぁぁーーー



「生きててよかった•••」



久々のチョコレートに、自然と涙が溢れ出す。



屋敷の調理場には今、誰もいない。

だから、独り言を言っても、泣いても大丈夫だ。


「さてさて、お次は」


私はガーリックステーキにガーリックライス、スープにポテトサラダを大量に作った。

これは夕食用だ。


なぜ私が屋敷の夕食を用意しているかと言うと、狙われた物資の中には食材が入っていて、それが今回の襲撃で使えなくなったためだ。


リースさんとエミールさんの帰還に合わせて大量の食材を購入していたらしく、備蓄はあまりないとのことだったので、私が夕食作りを買って出たのだ。


きっと、自分の料理の方が美味しいだろうし。



そして、夕食の時間。



「「「「美味しいーー!!」」」



もちろん大好評でした。

メイドさんや護衛の人、料理長にも何度もお礼を言われたよ。



そして、デザートの時間。


「マリー嬢。これは?」

「マリー様。初めて見ますが、この黒いのは食べ物なんでしょうか?」


リースさんとエミールさんの前に置いたのは、一口サイズに切られた2種類のチョコレート。



「これが、カカオ豆から作った魔王すら魅了するであろうチョコレートです」

「ま、魔王を魅了•••」

「ちょ、チョコレート•••」


私はきっと悪い顔になっていたと思う。

あなた達2人も、これからチョコレートに魅了させられるのだよ。



2人は恐る恐るチョコレートを口に入れた。



「「!!!!!!!!!」」



2人は目を合わせる。



「「!!!!!!!!!」」



2人は再び目を合わせる。



「「あまーーーーーーい!!」」

「「うまーーーーーーい!!」」



2人は気絶しそうになる。



気絶する前に、私はカップに入ったコーヒーを2人に差し出した。

2人はコーヒーをブラックのまま飲むと、ふぅー、と息を吐いた。

どうやら落ち着いたみたいだ。



ポタッ

ポタッ


何かが滴る音がした。


私は音がする方を見ると、ラーラ、ナーラ、サーラ、アリサ、いや、メイドさん達も涎を垂らしていた。


私はみんなの分もチョコレートとコーヒーを出してあげる。


チョコレートを食べた誰もが蕩けそうな表情を浮かべ、皆、少し前の騒ぎが嘘のように幸せそうな顔をしていた。



そんなみんなを私は優しく見つめていた。



ただ、見つめていた私の視界が一瞬で黒く染められた。



ラーラ、ナーラ、サーラが盛大にコーヒーを吹き出したのだった。



口に合わなかったらしい•••




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