第96話 ヘロニモと、エルネニーに迫る危機




〈ラムズデール王国•アルビオル〉





ガシャーンッ




高価であったろう壺が壁に打ちつけられ、無惨にも割れた。



「あの女狐め、醜態を晒しおって!!」

「ヘロニモ様。どうか落ち着いて下さいませ」

「うるさい!!だまれ!!」


アルビオルの領主、ヘロニモ•アルビオルは、執事のカシムにも手に負えないほど荒れていた。


「私に恥をかかせた女狐には、お仕置きが必要だな」

「•••」

「出兵の準備をしろ」

「しかし、ヘロニモ様。今回の件には聖女マリーが噛んでいるようですので、もう少し静観された方が良いかと•••」

「聖女マリーか。大勢を治癒する力、それに加えて青龍を仕留める戦闘力•••」



執事のカシムはヘロニモの次の言葉を黙って待つ。

聖女マリーを直に見聞きした訳ではない、どれも噂で聞いた情報だ。

ただ、最近王族の間で青龍の素材が出回っているとの話も聞いた。


真贋の程は分からないが、できれば今回は避けたい。

長年の執事の経験から、直感的にそう思う。



しかし


「ハーッハッハッ」

「へ、ヘロニモ様?」

「どれも噂に過ぎん。そのような神のような人間が存在する訳なかろうが」

「で、ですが•••」

「お前は臆病者だな。この軍事に特化した街、アルビオルの執事とは思えんな」


ヘロニモは心から蔑んだ目でカシムを睨む。


「ふん。その聖女マリーとやらはラミリア王国にいるのであろう。ならば、エルネニーを襲ったところでヤツはいない」

「•••」

「分かったら出兵の準備をしろ!!」

「畏まりました•••」



カシムは領主の部屋から出ると、俯きながら歩き出す。


困ったものだ•••。


ただ、唯一の救いは、聖女マリーがラムズデール王国内にいないと言うことだ。



ヘロニモ様はエルネニーの領主、リース様に惚れていた。

何度も婚姻の申し出をしたが断られていた。

脳筋のヘロニモ様は照れているだけだと、気にはされていなかったが、今回、ラミリア王国内でリース様が結婚したとアルビオルのギルドマスターから報告があった。



しかも、相手は女性•••。



自分の尊厳を傷つけられたと、ヘロニモ様は怒り狂い、出兵を決めた。


ヘロニモ様は貴族位A。


それは、王国ですら蔑ろにはできない、大きな影響力を持った位だ。

今回も軍事侵攻による後始末はしてくれるだろう。

後は、ヘロニモ様の力で大量の魔物を集め、あたかも魔物に襲われたように偽装するだけだ。



聖女マリーがいないことが、本当に幸いだった。







〈ラムズデール王国•エルネニー〉




「マリー様は貴族様だったのですね?」

「えっ!?マリー、そうなの!?」

「一応。ただ、貴族位Eですけどね」

「いえいえ。貴族位を持っているだけで凄いことなんですよ」

「私は、Dランクになってしまったからな、その内追い越されそうだ」


馬車の中で私は、新婚のリースさんとエミールさん、アリサと一緒に会話を楽しんでいた。

因みに、ラーラ、ナーラ、サーラも後続の馬車にいる。


「なってしまったって??」

「やっかみを受けてな、CからDに降格されてしまったんだよ」

リースさんは「もう気にしてないよ」と、続けて言ったが、どこか表情が暗かった。



「アルビオルの領主、ヘロニモの所為です。貴族位Aを笠に、王族まで取り込んで•••」

「もう良いのだエミール。あやつに嫁がない罰が降格だけで済んだんだ。それに、エミールと結婚できたしな」

「リース•••」

「アリサ、私達も後ろの馬車にすればよかったかな?」

「私も今思った」


少しの間、2人の世界に入っていたリースさんとエミールさんは、私達の視線に気づき、顔を赤くする。


「ま、マリー様。エルネニーの街が見えて来ましたよ」

エミールさんは顔を赤くしたまま、街の方向を指差した。


「「おぉぉぉぉ」」

「なんだか、馬車だと新鮮だよ」



そう、私達は今、リースさんとエミールさんの帰還に合わせて、エルネニーの街に向かっていたのだ。


アリサが一緒に来ているのは、『マリーラ•シュークリーム』で纏まった休みが取れたため。

アイリスさん、アイラ、ヒナは毎日数百通来る親書の所為でお留守番。

サクラは連れて行こうか迷ったけど、ユキが1人になってしまうので止めておいた。


馬車で移動している理由としては、リースさん、エミールさんが連れて来ていた執事とメイド、護衛の数が多くドラゴンの背中に乗り切れないことと、『空間収納スキル』に入るのを憚ったためだ。



今回、馬車で10日もかけてエルネニーの街に来た理由は、もちろんカカオ豆。

そう、チョコレートを作るためだ。




リースさんの顔パスで馬車のままエルネニーの街に入ると、そこは大きく舗装された道と綺麗に配置された建物、所々に広場があり、露店も出されていた。


ガーネットよりは大きいが、大き過ぎると言うことはないこの街で、行き交う人はみんな笑顔だった。

きっと、リースさんとエミールさんが幸せな街に導いているのだろう。


リースさんは領主だが、エミールさんは元は平民らしい。

領主邸で働いている内に、お互い意識し出したそうだ。



「良い街ですね」

「ありがとう。小さい街だけれど、周辺は綺麗な緑と川があって、マリー嬢お目当てのカカオも良く育つんだよ」

「そうなんですね。にしても、カカオが人気ないなんて」

「一応、周辺の街や村には卸しているけど、大量って訳じゃないしね」

「ふっふっふ。いいですね。カカオ、買い占めますからね」

「ま、マリー嬢、なんだか目が据わっているよ」



馬車はリースさんとエミールさんが住んでいる領主邸の前で止まった。

領主邸というのは、みんな大きいのかな?

アイリスさんの屋敷と同じ位の大きさがあった。


私達はメイドさんに部屋まで案内してもらう。私とアリサの2人用、ラーラ達の3人用の2部屋を貸してもらうことができた。

この後は夕食まで自由時間となるため、私は早速、街へカカオを買いに行く。


リースさんにカカオを取り扱っているお店の場所を教えてもらい、紹介状まで書いてもらった。



カカオを取り扱っているお店は、領主邸から歩いて10分程で着いた。

お店は予想より大きく、3階建の白い建物だった。

一応、名産と言っていたので、それなりの店舗が必要なのかな。


私はお店に入ると、受付にいた女性に紹介状を渡す。

紹介状を読んだ女性は少し驚いた顔を見せたが、直ぐに支配人を呼んでくれた。


「お待たせいたしました。お客様がリース様の紹介者様でしょうか?」

私の前に現れたのは、少しふくよかな、カカオを扱うのに相応しい体型をした男性だった。


因みに、私1人で来ている。

アリサとラーラ達を連れてくると、何を作るのかと煩さそうなので置いて来た。


「はい。リースさんの紹介できました」

「カカオを大量に希望されているとのことでしたが?」

「はい。カカオ豆になった状態の在庫はどれ位ありますか?」

「では、こちらへどうぞ」



男性は1階の奥にある大きな扉を開けると、そこには麻袋に入れられた大量のカカオ豆があった。


「全部」

「はい??」

「これ、全部下さいな」


「•••」


「えぇぇぇぇぇーーーー!!」



ふくよかな男性の声が店中に響き渡った。





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