第95話 婚姻と、叶えられる未来
メイズ国王から神盤設置の許可をもらってから数日後、私はリースさん、エミールさんを連れて冒険者ギルドに来ていた。
リースさんとエミールさんは、私の家にある温泉が気に入ったらしく、あれからずっと滞在していた。
しかし、リースさんはラムズデール王国にあるエルネニーという街の領主であり、公務の関係で今日帰ることになった。
帰る前に、冒険者ギルドで2人の婚姻証明の手続きをすることにしたのだ。
私が冒険者ギルドに入ると、自称勇者パーティ『バスタード』の事件でお世話になったラピさんが明るく駆け寄って来てくれた。
「マリー様。今日はどうされましたか?」
「ちょっと、レキシーさんに用があるんだけどいるかな?」
「ギルドマスターですね。ただ今呼んで参りますので、2階の個室でお待ち下さい」
ラピさんはそう言うと、別の受付嬢を呼び、個室への案内をお願いする。
受付嬢は私達を2階の個室に案内すると、紅茶を運んで来てくれた。
「アポなしでギルドマスターと会うことができ、用件も聞かれずに個室に案内されるとは、流石は聖女マリー様だ」
リースさんは独り言のように感嘆する。
エミールさんは少し緊張しているのか落ち着かない様子だ。
紅茶を一口飲むと、懐から黒い豆のような物を1粒取り出し、口に入れた。
カリ、カリ
「エミールさん、それは何ですか?」
「あっ!!申し訳ありません。私は緊張しているとついこれを食べる癖がございまして」
エミールさんは先程食べた黒い豆を私に手渡してくる。
カリ、カリ
「あ、甘い」
「そうなんですの。その甘さで少し緊張が和らぐ気がいたしまして」
「何の豆ですか?」
「あまり人気はないのですか、エルネニーの名産であるカカオというフルーツを乾燥して作った•••」
「カカオ!!!」
私はチョコレートはもちろん食べたことがあるが、カカオ豆を直接食べたことはない。
これがカカオなのか•••
けど、カカオがフルーツ??
「これ、エルネニーの名産なんですか!?」
「え、ええ」
「売ってください。できれば全て」
「「えぇぇぇーー!?」」
リースさんとエミールさんは同時に驚き声を上げた。
「あの、マリー様。名産と言っておきながら恥ずかしいのですが、カカオはあまり人気がないのですよ??」
「その通りだ。ほのかに甘いが、他のフルーツの方が余程甘くて美味しい」
「それは、カカオの真の姿を知らないからです」
「「し、真の姿•••」」
2人はゴクッと喉を鳴らす。
その時
「マリー、お待たせー」
レキシーさんが親しげに個室に入ってきた。
「な、なんだか険悪なの?」
私達の様子を見たレキシーさんは静かに扉を閉めようとする。
「ち、違いますから!!」
「冗談よ」
レキシーさんは笑いながら部屋に入ってくると、向い側に座った。
「忙しのにすいません」
「いいのよ。マリーより優先事項はないもの。で、どうしたの?」
レキシーさんはリースさんとエミールさんを見る。
私は2人を紹介し、同性で愛し合っていること、婚姻を希望していること、私が証人者になることを説明した。
レキシーさんは少し驚いた表情を見せたが、直ぐに快諾してくれた。
「本当にありがとう。けれど、このギルドで婚姻登録する事で、レキシー嬢に迷惑は掛からないだろうか?」
「心配いりませんよ。法を犯す訳じゃないですし、問題ありません」
「心より感謝いたします」
エミールさんがレキシーさんに頭を下げると、リースさんもそれに習った。
「頭を上げて下さい。あなた方の勇気は、この世界が変わる大きな一歩なんですよ。それに関われた私はギルドマスター冥利に尽きるというものです」
「「ありがとうございます」」
リースさんとエミールさんは懐からハンカチを出して涙を拭う。
その後、レキシーさんが持ってきた直径30センチ程ある水晶を利用して婚姻登録を行った。
リースさんとエミールさんは、私が出したゴールドのギルドカードを見て、子供のようにはしゃいでいた。
「これで完了です。ご結婚、おめでとうございます」
レキシーさんと私は2人に向けて拍手をする。
「「私達は幸せ者です。本当にありがとうございました」」
2人は再びハンカチで涙を拭っている。
「レキシーさん、クレープ1つであと少し付き合ってもらえますか?」
「喜んで!!」
私達は冒険者ギルドを出ると、教会に向かった。
レキシーさんは歩きながらクレープを美味しそうに食べている。
すれ違う人がマリーラの新作か?と口にしているのが聞こえて来た。
「マリー様。ここは教会でしょうか?」
教会の前に着くと、エミールさんが建物を見上げながら聞いてくる。
「はい、教会です。ただ、用があるのは隣の建物です」
そこには教会よりは小さいが、白く綺麗な建物があった。建物からは新築特有の匂いがする。
「マリー、ここに建物なんてあったっけ?」
「いいえ。タリムさんに手伝ってもらって2日間で作りました」
タリムさんはこの街の大工の棟梁だ。
リースさんとエミールさんが帰るまでにどうしても間に合わせたかったのだ。
「中へどうぞ」
みんなで中に入ると、受付カウンターにアイリスさんがいた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「あ、アイリス??」
「新婚様ですね。本日の見学の件、承っております」
「「??」」
「マリー、これは何??」
レキシーさんは小声で聞いてくるが、私は日本では絶対にやらないウィンクをして返す。
「さぁ、こちらへどうぞ」
アイリスさんは受付から出ると、先の部屋に続く扉を開けた。
扉を開けた先には大きなシン•アントワネットの神像と、台座に乗せられた神盤があった。
神盤の前には男性と女性が立っている。
「ここで見学下さい」
アイリスさんはそう言うと、神盤の後ろに回り、神盤の前にいる男性と女性に話しかける。
「シン•アントワネット及び聖女マリーの名において、2人に祝福があらんことを。さぁ、神盤に手を翳して下さい」
男性と女性は緊張しながらも、お互いの目を見つめたまま神盤に手を置いた。
元々光を放っていた神盤は、より一層明るい光を放ち、男性と女性を覆っていく。
その瞬間、女性は苦悶の表情を浮かべ、立っていることも儘ならず、体勢を崩した。
隣にいた男性は女性を支え、頑張れ、と声をかける。
やがて2人を覆っていた光の中から布に包まれた赤ちゃんが現れる。
赤ちゃんながら、どこか2人に面影が似ているのが不思議と分かった。
2人が赤ちゃんを大事そうに受け止めると、光は消えた。
同時に、赤ちゃんの産声が部屋中に響いた。
男性と女性は夫婦で、アイリスさんの知人。2人は長年不妊に悩んでおり、この神盤の話をしたところ、是非利用したいということで今回に至った。
私は静かに横にいるリースさんとエミールさんを見た。
2人はその神秘的な光景を目の当たりにし、静かに涙を流していた。
私がこの建物を2日間で作った理由は、2人が帰る前にこの神盤を見せる、正確には、未来を見せたかった。
いつか2人が子供を望んだ時、子供を授かる覚悟ができた時、それを叶えることができる未来があることを•••
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