第89話 シャーロットの涙と、アイリスの溜息





私はテーブルの上に昨日作ったグラタンを置く。

今日『マリーラ•グラタン』のお店を開く場所を見に行くことは決まっていたため、前日に何かあってもいいように30皿分と多めにグラタンを作っておいた。


30皿作ったため、みんな自分達で食べれると思いお代わりを求めてきたが、私はそれを許さなかった。

以外にグラタン作るのは面倒臭いし、今回みたいな時用にストックは大事だもん。



「今度、このお店で出すグラタンです」

「グラタン•••」


シャーロットさんはキラキラした瞳でグラタンを見つめる。

グラタンはシャーロットさんの分しか出していないため、周りにいるみんながグラタンを見てだらしない顔になってる。


シャーロットさんは周りの目を気にすることなく、グラタンをスプーンで掬い、口に運んだ。


美人さんは何をしても美人なようで、ホフホフと口の中で熱さを和らげながら食べている姿も美人なままだった。

ごくんとグラタンが喉を通る音が聞こえたと同時に、シャーロットさんの目から涙が溢れた。


「美味しい•••」

泣きながら笑顔を浮かべ、シャーロットさんは呟いた。


「シャーロットさん、お酒は飲む人ですか?」

「はい。お付き合いなどありますので、嗜む程度には」

「なら、これもどうぞ」

私は『アイテム収納』から缶ビールを出すと、グラスに注いでシャーロットさんの前に置いた。


シャーロットさんはグラスに注がれたビールを一口飲むと、大きく目を見開き、大きくグラスを傾けて一気にビールを飲んだ。


「ハァーー。素晴らしいお酒ですね。グラタンとも合います」

「ビールって言うんですよ」

私は空になったグラスに缶ビールを注ぎながら言った。


その間も周りの目線がグラタンとビールをずっと捉えていて、何とも居心地が悪い。

ただ、王族はいつも誰かに見られながら食べているのか、シャーロットさんは相変わらず気にしていないようで、黙々とグラタンを食べている。


「ま、マリーちゃん。昨日私達がいただいたグラタンとは違うような気が•••」

「私も思いましたわ」

「我らも感じています」

アイリスさんの言葉に、メレディスさんとラーラが続けて言った。


「き、気のせいじゃないかな??」

「いいえ。グラタンの中に見えているのはお肉ではありませんか?」

メレディスさんがシャーロットさんの食べているグラタンを覗いている。


バレたようだ。

昨日作ったグラタンの内、半分は鶏肉を入れて、鳥から作った出汁も少し淹れている。

お店で出すグラタンはお肉が入らないため、所謂非売品だね。


「ずるいですわ!!」

「マリーちゃん。どうしてこんな仕打ちをするの!?」

「我ら眷属では、この完成されたグラタンはまだ早いと!?」

「「そうよそうよ!!」」

なぜか護衛で来ているカルラさんとイグニスさんまで加わる。


「どうでしょうマリー様。私を含めたここにいるみんなに改めて完成されたグラタンを振る舞うと言うのは」

この場の解決に最も適した回答を、これまたなぜか王宮執事のユラさんがドヤ顔で言ってきた。


「はいはい。分かりましたよ」


私は観念して全員分のグラタンを出し、みんなで仲良く食べた。

もちろん、アイリスさんとラーラ達はビールも飲んでいる。


グラタンを食べ終わると、シュークリームとクレープも振る舞った。

シャーロットさんはまた食べながら泣いていた。



食事会が終わると、調理場で待機していた王宮料理人の5名にグラタンの作り方を教え、シャーロットさんとメレディスさんと最終的な開店に関する話しをした。


その時分かったことだが、お店の経営や従業員の教育は王宮で管理するらしい。

本来、お店に関することは商業ギルドの管轄なのだが、アントワネット王国では女王であるルミナーラさんが管理していることや、ガーネットでは領主のアイリスさんが管理していることから、それに倣って決めたらしい。


アントワネット王国では復興途中で商業ギルドが機能しておらず、ガーネットに至っては商業ギルドがなかっただけなんだけどね。


何にしても、経営者でありながら何もしないでお金だけ入ってくるなんて、こんな有難いことはない。


これは、お父さんが憧れていた不労所得というやつなのでは?




一通りの話が終わり、私達は『転移スキル』でガーネットの家ユキまで戻ってきた。


リビングでお茶を飲みながら休憩していると、アイラが大量の手紙を持って訪ねてきた。


「はぁーー」

山のように積まれた手紙を前に、アイリスさんは深い溜め息を吐く。


「アイリスさん、この手紙は?」

「半分はマリーちゃん宛てよ。残りの半分も殆どは私とマリーちゃんの2人宛て」

「えっ!?」

「以前から届いてはいたんだけどね、最近は量が多くて」


アイリスさんとの連名があるとはいえ、この手紙の山は殆ど私宛?

にしたって、200通はあるんじゃ•••


「最近、この量が毎日•••」

「びゃっ!?」

私は驚のあまり素っ頓狂な声を上げる。


「あの、なぜに、そんなに、私に、手紙がくるのでしょう?」

自然と言葉がカタコトになった。


「伝記が発売されるほど各国で活躍していれば、それに肖りたい王族も貴族も幾らでもいるのよ」

「なんだか、すいません•••」

「マリーちゃんが気にすることないわ。アイラ、今日もお手伝いよろしくね」

「は、はい」

私に向けた優しい目とは違い、アイリスさんがアイラに向けた目はどこか『逃がさない』とでも言っているような威圧があった。



「ま、マリー、何か、困ってる?」

どこか物々しい雰囲気を感じ取ったヒナが近寄ってくる。


「ちょ、ちょっとね•••」

「て、手紙」

ヒナは山積みにされた手紙を見ながら言った。


「へ、返事、か、書ける、私」

「「「えっ?」」」

私とアイリスさん、アイラは同時に声を発した。


「ヒナちゃん、手紙を書いたことがあるの?」

「う、うん」

「どこで書いてたのかな?」

「た、たぶん、家で。よ、よくは、覚えてない」


普通なら子供の戯言と捉えられてもおかしくないが、戦力が欲しいアイリスさんは手紙の山の中から1通をヒナに渡した。


「この手紙はどうでもいいやつだから、好きに返事を書いてみて」

「う、うん」

ヒナは身長が低いため、普通の机では書きづらいだろうと思い、私はリビングにロウテーブルを出した。

もちろん『地球物品創生スキル』で。私も少しは役に立ちたいし。


ヒナはロウテーブルの前で正座をすると、スラスラと返事を書き始めた。

この世界の手紙は、というか王族•貴族からの手紙だけかもしれないが、始まりと終わりの挨拶が長々と書かれていて、肝心の中身も飾り言葉だらけで読み取れない。

だから、私は間違っても返事なんて書けないのだ。


「か、か、か•••」

「あ、アイリスさん??」

「完璧だわ!!凄いわ、ヒナちゃん!!」

アイリスさんは嬉々としてヒナを抱き上げ、頬にキスをする。


「や、役に立てて、う、嬉しい」

「役に立つなんてものじゃないわ。これで私の心の平穏が戻ってくるのよ」

一気にやる気になったアイリスさんは、アイラと一緒に手紙の山と戦い始めた。



ヒナはどこかの貴族さんなのかな?

兎に角、よかったよ•••


と、私が安堵したのも束の間•••



「はぁーーーー」



1通の手紙を手にしたアイリスさんが、今日一番深い溜め息を吐いた。




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