第88話 シャーロット王妃と、マリーの言葉
その日、2回目の胴上げが終わると、私は家ユキに戻った。
家に帰ると、直ぐにメレディスさんが腕を組んできて、「さぁー、参りましょう」と満面の笑みで言ってきた。
メレディスさんは店舗の業績報告会から王都には戻らず連泊している。
なぜなら、王都ラミリアに1日も早く『マリーラ•グラタン』を開店させたいためだ。
「アイリス様、ラーラ様、ナーラ様、サーラ様、参りますよ」
メレディスさんが今から王都に行くメンバーに召集をかける。
みんな慣れたもので、私に順番にくっつき始めた。
「じゃ、行きますよー」
「はーーーい!!」
メレディスさんだけが元気に返事をする。
私は『転移スキル』を使って王都ラミリアにあるギルドラウンジに転移した。
「ギルドラウンジでよかったんですか?」
「はい。お店の場所は、ギルドラウンジから5分程の場所ですので」
私達はギルドラウンジには寄らず、そのまま開店予定の場所に向かう。
ギルドラウンジ周辺は貴族街に近いため、人通りは少ないが、それでもすれ違う人に憧憬の目で見られる。
普通に考えればこの国のメレディス王女に向けられそうだが、その視線は私に向けられていた。
「あの方は、聖女様では?」
「聖女マリー様。相変わらず美しい」
と、囁く声まで聞こえる。
「今、王都ではマリー様ヒィーバーですのよ」
「ヒィーバーって、そんな言葉知ってるんですか?」
「はい。ユキ様より習いました。マリー様が不在の間、色々な言葉を教えていただきましたわ」
ユキが教える言葉、正直心配だが今はそれより私の人気についてだ。
嬉しいけど、何故なんだろうか?
「あのー、何でフィーバーしてるんですか?」
「当然ですわ。元々人気でしたけれど、トロールの森での大量魔物討伐、サズナークでの青龍討伐及び病気の治療、レーリック王国の立て直し等、マリー様の伝説は各国から伝聞されているのですから」
「そうなんですか!?王族や貴族みたいな人位にしか情報は入ってこないと思ってました」
新聞みたいなものがあるのかな?
それとも、各国を旅する冒険者から広まるって可能性もあるのかな?
私が悩んでいると、お母さんと手を繋いだ小さな女の子が歩いてくるのが目に入った。
いや、正確には女の子の服装がセーラー服だったのと、私の名前が書かれた本を持っていたから目に入ったのだ。
女の子は本を大事そうに持ち、時々本を捲りながら歩いているためか、私には気づいていない。
「メレディスさん、あの本は何ですか?」
私は気づかれないように小声で聞く。
「あれは、このラミリアを含め、マリー様の各国でのご活躍をまとめた伝記のようなものですわ」
「伝記って、私まだ生きてますけど•••。それに勝手に私の事を書かれても困ります」
「はい。初めは私も憤慨いたしましたわ。マリー様のことを勝手に書いているんですもの」
「そうです、そうです」
「ですが、そのあまりにも素晴らしい文章構成と、かわいらしい絵まで書かれておりまして、その、キュンでーす、になってしまい」
「絵??」
私はすれ違い様に女の子が持っている本をもう一度見ると、表紙に私の絵が描かれていた。
絵は優しいタッチで描かれており、どこか温かく、絵本に近いイメージだと感じた。
不思議なことに、その絵を見てから勝手に本を出されたことへの不信感は無くなっていた。
「あとで一冊差し上げますね。自分用に10冊ほど買いましたので。あぁ、あの本は真に、キュンでーす、なのですわ」
「はははっ」
私の乾いた笑いに、隣を歩いているアイリスさんがクスクスと笑う。
話している間に、『マリーラ•グラタン』を開店する場所についた。
そこは、貴族も平民も通える場所に位置しており、人通りも多く、お店を開くには打ってつけの場所であった。
「にしても、大きくないですか?」
そう。私の目の前にある建物は3階建てで、奥行きや幅も日本では充分豪邸と言える広さがある。
「元々王都でも人気のあった宿屋で、一番広い客室は私のお部屋位はあったと聞いたことがございますわ」
この建物の大きさを見れば、メレディスさんのお部屋がどれだけ広いか容易に想像できた。やっぱり、王女様なんだね。
バタンっ
「マリー様!!」
お店のドアが勢いよく開き、1人の女性が私に抱きついてくる。
女性の顔はちょうど私の顔の横にあり、泣いているのが分かった。
「お母様•••」
メレディスさんがそう呟いたということは、今私に身を預けているのはこの国の王妃、シャーロットさんだ。
「申し訳ありません、マリー様。つい、感極まってしまい」
「いいえ。元気になって良かったです」
「マリー様のお陰ですわ」
「お母様、色々と話したいでしょうが、ここは人通りもありますので中に入りましょう」
「そうね。私としたことが、軽率でしたね」
シャーロットさんは笑み浮かべて言う。
シャーロットさんは金髪と青い瞳が特徴的な所謂美人さんだ。
私は病気の時のシャーロットさんしか見たことがなかったので、その美貌から放たれた笑みに同性ながらドキッとしてしまう。
お店の中に入ると、改装は全て終わっており、表参道にあるようなお洒落なカフェのような空間にテーブルと椅子が置かれていた。
みんなで椅子に座ると、王宮執事のユラさんが紅茶を淹れてくれる。
シャーロットさんの後ろには女性騎士リーダーのカルラさん、女性騎士のイグニスさんが立っており、私を見て静かに手を振ってくる。
私も静かに手を振り返した。
それにしても、護衛が2人とは少ない気がするけど、それだけ王都は平和ってことなのかな。
「マリー様。改めまして、私の病気を治していただいたこと、心より感謝いたします」
「気にしないで下さい。それに、頑張って病気と闘ったのはシャーロットさんなんですから」
「マリー様は、本当にお優しい方なのですね。メレディスが慕うのも納得ですわ」
「お、お母様!!」
メレディスさんが慌ててその場に立ち上がる。
シャーロットさんは優雅に紅茶を一口啜る。
「マリー様。あの日、私は病気に負けそうになっていたのです。もう、このまま楽になりたい、死んでしまいたい、と」
シャーロットさんはもう一口、紅茶を啜り、話を続ける。
「私の気力が限界を迎えたとき、不思議と、マリー様のお声が聞こえてきたのです」
「私の声•••?」
「はい。一言一句、覚えております。マリー様は私に向かってこう言いました」
『あなたは、まだ私の料理を1度も食べたことがないでしょう?食べないと、死んでからも後悔するよ。
だから、もう少しだけ頑張って』
「その瞬間、私はもう少し頑張ってみようと思えたのです。それから私の体感では10分も経たない内に体が楽になったのですよ」
ワームホールに近い、禁断の地にシャーロットさんを置いていたから体感ではそんなものなのかも。
あそこは時間経過がほぼ止まるからね。
実際の私は神の遣いにボロボロにされて、4日間寝込んでいたんだけど•••。
「なら、私の料理を食べてみますか?」
「はい」
私の問いかけに、シャーロットさんは涙を浮かべて返事をした。
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