第70話 みんなでサズナーク行きと、醜い男
シンが神像に戻った後、頭の中に声が響いた。
『私とマリー達では時間の概念が違うの。あなた達の1年は、私からすれば1億年以上。だから、直ぐに何かが起こる訳ではないわ』
私はユキを見ると、ユキにもその声は聞こえていたらしく、少し安堵の表情を浮かべていた。
「マリーお姉様!!戻られたのですね!?」
アイラが一直線に私に抱きついてくる。
「直ぐにもどらないと行けないんだけどね」
「そうなのですか•••」
アイラは残念そうに私から離れると辺りを見渡した。
「この像はなんですか?それにこんなに部屋を散らかして!!ユキですね!?」
「ち、違うわよ。違わないけど、私だけじゃないから」
「これはお酒の匂い?なら、マリーお姉様の筈ないですわ?やっぱりユキね」
アイラは空になった缶ビールを拾いながら言う。
「それは私が片付けるから、ちょっとアイラも飲んでみない?アイラにも飲んでもらいたいと思ってたんだ」
缶は何とか再利用しようと考えているので、捨てられては困る。
それと、13歳のアイラに缶ビールを飲んでもらって感想を知りたかった。
「いいんですか!?マリーお姉様が、私のために•••」
やや心が痛むが、私はアイラとユキをリビングまで連れて行き、アイテム収納から缶ビールを出す。
「こうして開けるのですね」
プシュッ
ゴクゴク
缶ビールを開けた時と、喉を通る時の音は好きなんだけどな。
味がどうしても•••
「お、美味しい•••」
「やっぱり不味いよね•••、嘘!?美味しいの!?」
私の期待は裏切られる。
「とても美味しいです。この麦のような香りと喉への刺激。全てが初めての経験です」
「そ、そう•••」
やっぱり、私の舌がお子様らしい。
「マリー、私にも頂戴。あんな話を聞いたら飲まずにはいられないわよ」
私はユキにも缶ビールを渡すと、アイラと2人で飲み始めた。
しばらくしてアリサも帰ってきて、飲み友が3人になり、私は完全に給仕係になった。
それから数時間、みんな気持ちよさそうに酔っ払っている。
私には酔っ払う気持ちは分からないんだけどね。
「そろそろ、私は戻るよ」
「なりゃ、わたしもいきましゅ」
「あらしも」
「1人は嫌だから私も行くわ」
家だから酔わないのか、ユキだけしっかりとしている。
「アイラもアリサも仕事があるでしょ?」
「ありましぇん。ちゃんと終わらせましゅた」
「わたしも明日からおやしゅみ」
2人共私に抱きついてくる。
「私も他の場所を見てみたいし、連れてってよ」
考えてみれば、ユキは移動できる家。
サズナークに転移できれば何も問題ないのかもしれない。
アイラとアリサは私に抱きついている。ユキはそもそも家だから、私と常に接触していることになる。
こうなったら、どうにでもなれ
『転移スキル』を発動し、サズナークの街の少し離れた場所に転移した。
私は家の中にいる。
抱きついている2人も幼女化しているユキも目の前にいた。
恐る恐る窓の外を見ると、サズナークの王城が確認できた。
「上手くいったみたい」
「「へっ?」」
抱きついている2人が変な声を出す。
「本当じゃん。王城初めて見たー。くぅー、異世界ー!!」
ユキは家の窓(ユキの目)から景色を見ているらしく、興奮気に言う。
「3人共少し待っててね。アイリスさんに3人が来たことと、ミランダさんに家を仮設置する許可を貰ってくるから」
「「「はーい」」」
3人共来れたことが嬉しいのか、素直に返事をする。
私は『転移スキル』で『携帯ハウス』の中に転移した。
家にはサクラと、何故か女性陣が全員いた。
「ピー」
「マリー様。戻られたのですか?」
「「お帰りなさいませ」」
サクラ、ラーラの後に、ナーラ、サーラが合わせて言う。私はサクラの頭を撫でる。
「うん。アイリスさんとミランダさんは仲良くお風呂?」
私の視線の先には、露天風呂に入る2人の姿が見えた。
「はい。皆で少々飲み過ぎまして。私達も入り終わった所です」
そう言われると、ラーラ達の赤い髪がまだ濡れている。
「マリー様。その、一応、今日王宮で出された料理を持ち帰ってますが•••」
ラーラがテーブルの上の料理を差し出してくる。
この反応から、いつも通りの異世界レベルなのだと悟った。
「ありがとう。食べたがってた人がちょうどこの街に来てるから、後で持って行くよ」
私はアイリスさんとミランダさんがお風呂から上がったタイミングで、みんなにアイラとアリサ、家ユキが来ていることを説明した。
ミランダさんは快く家の仮設置を許可してくれた。
私は家ユキまで戻ると、ユキに王宮料理を出した。
病気の蔓延や青龍被害によって、サズナークの経済状況は決して良くないはずだ。
それでもこの王宮料理は、以前ラミリアに出されたものと遜色ないもの。
きっと、私達を想い、無理して作ってくれたものだと思う。
だからユキ
頑張ってね
「これが王宮料理なのー?嬉しいー。お姫様気分よ」
王宮料理を前に、ユキはとても嬉しそうだ。
「いただきまーす」
ユキは王宮料理を一口、口に運ぶ。
そして固まる•••。
まぢーーーー!!
くそまぢーー!!
ユキの大声は、もしかしたら街の中まで聞こえたかもしれない。
翌日、私はアイラとアリサを連れ、サズナークの王宮に向かった。サクラは、ユキが1人だと寂しがるので留守番。
王宮に行く目的は、ミランダさんとリチャードと今後の復興について話すためだ。
王宮に着くと、ミランダさんとリチャード、アイリスさんとラーラ達が既に待っていた。
私達は初めてサズナークに来た際、話し合いを行った2階の部屋に移動した。
「私までよかったのかな?」
アリサが不安気に聞いてくる。
「いいんだよ。復興は力仕事が大半だし」
「力仕事は任せて。元冒険者だからね」
「お力添え感謝します」
私達の会話を聞いていたミランダさんが笑顔で言ってくる。
「お力は任せて下さい!!」
アリサの言葉に、その場にいるみんなが笑った。
その時、ノックもされず部屋の扉が勢いよく開き、一瞬で笑いが消える。
「申し訳ありません。ミランダ様」
扉を開けたのは、メイドのアルだった。
「アル、一体どうしたの!?」
「報告します。レーリック王国のゲイリー王子がお見えです!!」
「何ですって!!」
「•••」
ミランダさんはあからさまに狼狽え、リチャードは何かを堪えるように唇を噛み締める。
ミランダさんが部屋から飛び出したため、私達も無意識に後を追いかける。
すると、城の1階に50人程の騎士と、先頭に身長160センチで体重が150キロはありそうな見た目の男が椅子に座っていた。
その横には執事?大臣?のような男が立っている。
ミランダさんはその男の前に立つと、お姫様らしい振る舞いでスカート部分の裾を両手で少し持ち上げる。
「ゲイリー王子。ようこそおいで下さいました」
「おー、我が妻ミランダ。相変わらず美しい」
ゲイリーは何もせず座っているだけなのに、顔からは大量の汗が噴き出している。
「妻?」
「•••」
私は隣にいるリチャードに小声で聞くが、相変わらず唇を噛んだままだ。
「それにしても汚い城だ。早く私の元に来れば城も直してやるのにな」
「いえ、そのような•••」
ミランダさんは何とか取り繕っているが、明らかに迷惑そうにしている。
「ミランダ様。いけませんね〜、そのような態度では。病気が蔓延していると聞き、ゲイリー王子はこうして急いで馳せ参ったのですぞ」
ゲイリーの横に立っていた男が不遜な態度で言う。
明らかに嘘だ。
リチャードは病気が蔓延していたことを大分前に知り、ミランダさんを助けに来ていた。
こいつは病気が治まったと聞いてから来たんだ。
「おや、そちらにいるメイドもなかなか」
男がアルを見る。
「まとめてレーリック王国で面倒をみましょうではありませんか」
「ぐひひ。そうだな」
ゲイリーが醜い相槌をすると、男はアルに近づき、お尻の辺りを躊躇いもなく触る。
アルは目を閉じて耐えている。
私は激しく男を睨んだ。
「おやおや、これはまたかなりの上玉だ」
男は私を見る。
そして私に近寄り触れようとした瞬間、辺りに血飛沫が舞った。
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