第67話 2人の領主と、同じ境遇
翌日、予定通り朝から病気の治療、ワクチン接種が始まった。
簡易的に作った診療所で行うのだが、中でサクラと私で治療をして、アイリスさんが案内書の確認、そして外ではミランダさん、リチャードが国民を安心させるための出迎え役、ラーラ、ナーラ、サーラは2人の護衛をする。
開始と同時に早くから並んでいた人が診療所に入ってくる。
私は『お医者スキル』で病気を確認し、サクラは次々と噛んでいく。
事前に重傷者を治療する機会があったお陰で連携も円滑で滞りなく進む。
ただ、開始から数時間した段階でアイリスさんから診療所への入場に待ったが入る。
「マリーちゃん。今日の予定者はもう8割方終わったんだけど、まだ外にはすごい行列ができてるのよ」
「えっ?そうなんですか?」
「そうなの。さっきから少しづつ明日以降の案内書を持ってきてる人が増えていて、最初は通してたんだけど、流石にこのままじゃサクラちゃんが大変になっちゃうでしょ?」
「ピー?」
「サクラは大丈夫そう?」
「ピー!!」
サクラは元気に飛び上がる。
「なら、今並んでいる人までは診療するとして、これから来る人には明日以降を案内しましょう。もちろん、重傷者であれば診療します」
「分かったわ。なら、ラーラちゃんに行列の最後尾に立ってもらうわね」
アイリスさんは診療所の扉を少し開け、ラーラに耳打ちをしている。
「これでよし」
アイリスさんは私に右手の親指を立てる。
いつの間にか私の仕草を真似しているようだ。
それにしても、耳打ちしていた時間は数秒、それで指示が伝わるのは凄い。
「凄い手際ですね」
「マリーラ•シュークリームで鍛えられたからね」
今度はピースをしてくる。
マリーラ•シュークリームは今でも毎日行列を作っていて、途中で材料不足からお店を閉めている。
開店当初はアイリスさんもラーラも手伝ってくれていたから、そこで培われた連携らしい。
「さっ、診療を続けるわよ」
アイリスさんが扉を開けると、再び診療が始まった。
結局、その日は途中休憩を挟みつつ、夕方まで診療を続け、約2,000人の治療を行った。
頑張ったサクラには、夕飯にガーリックステーキと鳥の唐揚げを作ってあげた。
次の日からは、前日の対処のお陰か日程を守って来る人が多かったのだが、それでも1,500人の診療を行った。
そして、私達がサズナークに来て7日目、診療所での治療開始4日目の午後に全ての治療が終了した。
「マリー様。この度は本当にありがとうございました」
「心から感謝する」
ミランダさん、リチャードが私達に頭を下げてくる。
「無事終わってよかったです」
「ピピー!!」
「•••」
「アイリスさん?」
私は何か考え事をしているようなアイリスさんに声をかける。
「そうね、よかったわ」
「さぁ、皆さま細やかですが食事を用意しましたので、是非王宮までいらして下さい」
「スウィールから持ってきたワインもあるのでよければ飲んでくれ」
ラーラ達の反応が俄然良くなる。
「みんな、先に行ってて。私はアイリスさんと少し事後処理があるから」
「マリーちゃん?」
みんなが心配そうにこちらを見てきたので、アイテム収納から神様用の缶ビールを20本出した。
「直ぐに行くから、それ飲んで待ってて」
私は缶ビールをラーラ達に渡す。
「これ、ビールだよ」
「本当ですか!?」
渡す際にラーラに耳打ちすると、少女のような真っ直ぐな目で見てきた。
私は缶ビールの開け方を教え、みんなを連れて行くようにお願いした。
「やっぱり、気になりますか?」
みんなが診療所から出て行くと、私はアイリスさんに話かけた。
「マリーちゃん•••。気づいてたの?」
「何となくですけど」
「やっぱり、少し気になるかな」
「もう処刑は終わってるかもしれませんが、行ってみますか?」
そう
今日はファヴェルの街で、アイリスさんとアイラを誘拐した男の処刑が行われる日だ
「不思議とね、あの男のこととか、処刑自体はどうでもいいというか、あまり気にならないのよ」
「なら、何が気になるんですか?」
「フィーナのことが、少しね•••」
フィーナはファヴェルの街の領主で、誘拐を首謀した男の妻だ。
「ほら、私と境遇が似ているでしょ?」
アイリスさんは寂しそうな表情で言う。
アイリスさんの元夫でガーネットの街の領主だったラーロックは、無謀な税徴収を行い、それに歯向かう者を殺していた。
それを止めようとしたアイリスさんもラーロックに刺され、もう少しで命を落とすところだったのだ。
「私にはアイラや街の人、それからマリーちゃんが居てくれたからここまでやり直せたけど、フィーナにもそんな人がいるのかな?って、最近気になっちゃうのよ」
「だったら、直接見てみましょう」
「マリーちゃん」
「誰もいなければ、アイリスさんと私が味方になればいいんですよ」
アイリスさんは上を向いて少しの間考えてから言った。
「そうね。考えていてもしょうがないわ。マリーちゃん、連れて行ってくれるかしら?」
「もちろん」
私は『ペアリングスキル』でラーラに少し時間がかかる旨を伝えて、『転移スキル』でファヴェルに移動した。
街の門に来ると、門番にアイリスさんが身分証を提示する。
門番の顔が一瞬強張ったが、「お待ちしていました」と丁寧に言われ、街の中に入った。
街の中は何やら物々しい雰囲気で、街の広場では怒号が飛び交っていた。
広場には何千という人が集まっており、皆が怒号を上げているため、地響きのように辺りが揺れる感覚に襲われる。
あまりの人の多さに、広場の中心は見ることはできないが、聞き覚えのある声がした。
同時に辺りは静まり返る。
「ここに、か弱き女性を深く傷つけ、我々の安全と平穏を脅かした罪人の処刑を実施する」
その声はフィーナのものだった。
フィーナの宣誓と共に、街の人から歓声と怒号が飛び交う。
「この極悪非道な罪人には、最後の言葉すら発言を許さん」
「やれ!!」
私が青龍の首を刎ねた時と同じような音が響くと、一斉に歓声が上がる。
私の横にいるアイリスさんは、表情を変えずに黙って広場を見つめている。
しばらくして歓声が収まると、帰路に着こうと後ろを振り返った人の視線が私達に向く。
余所者だから目立つのか、それとも前回来た時に顔を覚えてられていたのか。
「あんた方は、まさか•••」
「あの時の•••」
辺りが瞬時に騒めき出す。
「道を空けて」
フィーナの声が微かに聞こえると、人混みの中央部分に道ができる。
そこを歩いて来るのは、あの時より窶れてはいるが、間違いなくフィーナだった。
フィーナは私達の前まで来ると、その場に跪いた。
「この度はご足労いただき、感謝いたします。そして、アイリス様へ危害が及んでしまったこと、あらためて心より深くお詫び申し上げます」
アイリスさんが一歩前に出ようとした時、街の人から声が上がる。
「許してやってくれ」
「フィーナ様は何も悪くないの」
「もう罰はもらったから、頼む」
アイリスさんは少し微笑みながらフィーナに歩み寄ると、その場に腰を落とし、フィーナの肩を両手で掴んだ。
フィーナは顔を上げ、アイリスさんを見る。
「街の人に愛されてるのね。安心したわ」
「アイリス様•••」
「あなたのことが心配だったから様子を見に来たの。でも杞憂だったわね。それに先程の振る舞い、立派だったわ」
「いいえ、私など•••」
「何かあったら、遠慮なく言ってきて。力になるから」
「そんな恐れ多いことを•••」
アイリスさんはフィーナをその場に立たせる。
「私もあなたと同じような境遇だったの•••。でもね、ここにいるマリーちゃんやみんなに助けられて私は救われたの」
「同じ境遇?」
「そう。だから助けになれると思うの」
そこまで話すとアイリスさんは懐から封筒を出し、フィーナに渡す。
封筒はワクチン接種の案内書を配布する際に使われていた物だ。
「これは?」
「お茶会の招待状よ。今度、女同士ゆっくり話しましょう」
「•••はい」
フィーナの目から涙が流れたが、表情は明るかった。
それを見た街の人からも拍手が起こった。
アイリスさん、案内書を作っている時に、招待状も作っていたんだね。
そんなことを考え、私も2人に向けて拍手をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます