第64話 久々の炊き出しと、ラーラからのSOS
翌日、アイリスさんの頑張りによって予定より早く完成した案内書を封筒に入れ、各世帯への配布の手配をミランダさんに任せた。
明日以降、本格的な治療が始まるから、今日はサクラにはゆっくり過ごしてもらう。
私はというと、アイリスさんとサーラを連れて、街の中心から外れた一角にある仮設住宅に来ていた。
仮設住宅と言っても、薄い布で世帯ごとの仕切りを作り、屋根には板を乗せただけの簡素なものだ。
「マリー様。ここは?」
「ここは、周辺の村から避難してきた人が暮らしている所だよ。ミランダさんに聞いてきたの」
「青龍の所為で、自分達の村を離れてきた人達ね。それにしてもここは•••」
アイリスさんは目の前の光景に言葉を失う。
家と呼べない簡素で狭い住処に、人々は横になれない程身を寄せ合い、言葉を発することもなく焦点の合わない目線でただ前を見ている。
まるで、時が流れるのを待っているようだ。
男性もいるが、やはり女性が多く、子供の姿も確認できる。
「村は崩壊した訳ではないらしいから、治療さえ終われば帰れるはず」
「明日から治療が受けられると知ったら、みんな喜んでくれるわね」
「はい。ここには昨日治療を受けた人はいないみたいなので、それを一足早く知らせにきました」
「約1,000人いるのよね。1件づつ知らせて回るしかないかしら?」
アイリスさんは仮設住宅を見渡しながら言った。
「いいえ。向こうから来てもらいます」
「どうやって?」
「みんな、お腹が減ってるんじゃないかなと思って」
「えっ??」
青龍被害により、首都サズナークの財政も余裕がある訳ではない。
最低限の配給は行われているが、それでは量的にも栄養的にも足りていない。
それなら私お得意の炊き出しをしようと考えたのだ。
「炊き出しをするんです」
「前にガーネットでやったやつね?」
「はい」
「あの時は大工だけじゃなく、街の人までたくさん集まったわね」
「ごくっ」
サーラはその時の牛丼を想像しているのか、唾を飲み込んだ。
私はアイテム収納から料理道具を一式と、『地球物品創生スキル』で紙の深皿とスプーンを出した。
鍋に『ご飯創生スキル』で炊き立てのご飯と醤油を出し、鳥で作った出汁を加えて煮込み、最後は卵を入れる。
辺りに醤油と出汁の香りが広がり、みんなの視線がこちらに集まり出す。
「この香りは何なの?」
「ママ、あれなーに?」
「美味しそうな匂い•••」
「ママ、お腹減ったー」
私は出来上がった卵粥を紙の深皿に入れて行くと、直ぐに次を作り始める。
「みなさん、お腹が減っているようでしたらどうぞ食べて下さい」
アイリスさんは人々に声をかける。
「しかし、持ち合わせが•••」
「ママ、お金ないの?」
人々は視線をこちらに向けたまま悲しそうにしている。
「こちらにいらっしゃるのは、聖女マリー様だ。金など必要ない」
サーラは大声で言う。
威圧的に取られないか心配したが、意外にも聖女マリーということを知ってくれていたようで、みんなが集まり出してくる。
「聖女様だわ」
「聖女の羽衣を着ている。間違いない」
今となっては、ここにいるサーラを含めて、色んな人が着てるけどね、セーラー服•••。
「みなさん、こちらに並んで下さい。数はちゃんとありますからね」
アイリスさんとサーラは、出来上がった卵粥を一人一人に手渡して行く。
「それと、明日から聖女様と聖龍様の治療が始まりますよ」
卵粥を受け取りながら聞いた女性が、その場に落としそうになる。
「ほ、本当なの!?」
「はい」
「な、治るの?」
「昨日、一部の人に治療を行ったのですが、みなさん元気になられましたわ」
女性は卵粥を持ったまま泣き出す。
「ママ、どうしたの?」
「なんでもないのよ。もうすぐ、村に帰れるようになるの」
「本当??」
子供は元気に飛び跳ねる。
アイリスさんはその子供に卵粥を渡す。
「熱いから気をつけて食べるのよ」
「うん。ありがと」
「本当に、ありがとうございます」
女性は涙を流したままお礼を言ってきた。
他の人も同様に泣いたり、喜んだり、拝んできたり、大声で叫んだり、たまに卵粥を落とす人もいた。
「少し前まで静かだったのが嘘みたいね」
「元気になってよかった」
「卵粥とやら、あっさりしてますが美味しいですね」
私とアイリスさんが安堵する中、サーラはいつものサーラだ。
それからも炊き出しは続き、4時間ほど経った所でお代わり分も含めて全員への配布が終わった。
「みんなありがとう。無事終わったよ」
「これくらい、いいのよ」
「マリー様の喜びが私の喜びですから」
私達は達成感の中で後片付けをし、みんなに改めて明日以降のことを伝えて『携帯ハウス』に戻った。
「流石に疲れたわねー」
「マリー様。お腹が減りました」
「お昼食べてないもんね。ん?卵粥食べてたよね?」
「あ、あれはですね。おっ?マリー様、指輪が光ってます」
サーラの言い逃れかと一瞬思ったが、確かに指輪が光っていた。
「マリー様ですか?」
「ラーラ?」
「はい。ラーラでしゅ」
ペアリングの向こうから聞こえるラーラの声がどこか弱々しく感じる。
白龍石を貰いに白龍の元まで行ってから約2日。何かあったのだろうか?
「ラーラ、何かあったの?」
「はい。少し困ったことになっておりまして。ひっく」
「大丈夫なの?白龍に何かされたの!?」
「らいじょうぶです」
「えっ?ナーラはそこにいるの?」
「マリー様。ナーラれしゅ。ちゃんといましゅ」
んっ?
もしや酔ってる?
「とにかく、今すぐ行くから」
私はペアリングを終了すると、『GPSスキル』でラーラの位置を確認する。
「サーラ、白龍の所まで乗せて行ってもらえる?」
「もちろんです。マリー様。ただ•••」
「どうしたの?」
「恐らく、ラーラとナーラの様子から、白龍側は青龍の首を差し出されたからか、かなり上機嫌であるのは間違いないようです」
「それは良いことでしょ?」
「はい。ただ、白龍は根っからの酒好きです。きっと、ラーラとナーラは付き合わされているのだと思います」
「えっ!!」
私はあからさまに嫌な顔をする。
私も飲む羽目になるの?
あの不味いお酒を??
うん、無理だ
「マリー様もお酒に付き合わされるか、もしくは、酒を待ってこい、と言われている可能性もあります」
「んっ?」
「白龍と飲む際は、いつも酒が足りなくなり、調達に行ったものです」
「なるほど」
私の中で何かが閃いた。
だったら、誰にもあげたくない程、美味しいお酒を持っていけばいいんじゃないか?
あれ、作ってみようかな
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