第46話 ワームホール



私が目を覚ますと、そこは神の遣いと戦っていた場所だった。

戦いの中で私は気を失った。

一体、あれからどれくらいの時間が経ったのか。


体を起こそうとするが、全身に痛みが走る。

直ぐに自分にヒールをかけると、痛みは治ったが体の重さは消えない。


「ようやく目覚めたか」

私の目の前に神の遣いが瞬時に現れる。


「私はどれくらい眠っていたの?」

「お前達の時間という存在で言えば、98時間10分2秒だ」

「きゅ、98時間!?」


98時間ってことは

私は、丸4日以上、眠っていたの


「あくまで、時間という存在の中で、お前が人間族領で暮らしていた場合の換算だ」

「あんまり分からないけど、私はまだあなたと戦わないといけないの?」

「その必要はない。お前は合格だ」

「ご、合格?」

「ワームホールに近づいても、容易く屍にはならないと判断した」


そこまで言うと、神の遣いは私の前から姿を消した。

同時に先ほどより少し体が軽くなった。


《マリー、マリー、私よ、聞こえる?》

「神様?」

《ようやく繋がったわ。大丈夫だったの?》

「大丈夫と言えば、大丈夫かな。でも、神の遣いと戦った影響で丸4日も眠っちゃったから、きっと、みんなに心配かけちゃってるかも」

《それは大丈夫よ。その場所はワームホールに近いから時間の流れがゆっくりなの。

マリーが街に居たとすれば、まだ数分しか経ってないわよ。本来は逆なんだけど、その空間は特殊で•••》

《それよりまた時間がないの》

「時間がない、ばっかりだね」

《さっきは神の遣いの所為、今は神ポイントの残高の問題》


お父さんに聞いたことがある。

昔、テレフォンカードというものがあり、残高が無くなると話せないと。


《その先には本物のワームホールがあるの。

そこは光も時間も存在しない、重力の激しい場所。

マリーの欲しいものはワームホールの手前にあるから、絶対に中に入らない、引き込まれないこと、分かっ•••》


そこで通信が途絶えた。


何か

全然、異世界感もファンタジー感もない

まるで、実際の宇宙の話じゃない


「考えていてもしょうがない」

私は恐怖心を押し殺すように立ち上がり、先に向かって歩き出した。


10分程進むと、大きな岩が迫り、中央部分にトンネルがあるのが見えた。

私は更に近づくと、そのトンネルは100メートル以上の高さで、横幅もかなり大きいことが分かった。


「こんな大きなトンネル、初めて見たよ」


んっ?

トンネルにしては、地面の部分から1メートル位の所から穴が始まっていて、しかも下の方は狭く中央部分に行くと広くなり、上の方に行くとまた狭くなっている。


これじゃ、まるで円の形だ。

私は更に数十メートル進むと、いっきに体が重くなり、歩くのがやっとの状態になった。


すごい重力だ。

更にゆっくり歩みを進めた時、私は気づいた。


これはトンネルじゃない。

黒い大きな球状の物が浮いているんだ。


それに気づいた時、重力が更に加わり、光は遮断され、球状の物に吸い込まれそうになる。


この黒い球状が、ワームホール。

吸い込まれたら終わりだ。


私は直ぐにその場を立ち去りたかったが、お目当てのワームの肝が分からない。

神様の話では、ワームホールの手前にあるらしいから、この辺りの筈だ。


私は暗闇の中、『暗視スキル』を使い、目を凝らすと何か物体があったような気がした。

ここでは『暗視スキル』も思うような効果が出せない。


何かあったような気がした、だけでも十分だ。

私は重たい体を何とか前に進ませ、その物体を掴んだ。


今にもワームホールに吸い込まれそうになる中、全力で元来た道を引き返す。

最後は立っていられず、ハイハイするような形で進む。


私の目に光が差し込んだ瞬間、体が少し軽くなり、最後の力を振り絞って走り抜けた。

体が完全に軽くなると、私はその場に止まり、辺りを見渡した。

そこは、神の遣いと戦った場所ではない、別の森が開けた場所だった。


安堵した私は、その場に座り込む。

緊張も疲れも限界だった。


私は座ったまま手に握られている物体を見てみると、白く丸い固い物に青色や黄色等の模様が広がったものだった。


試しに『判別スキル』で確認すると、間違いなく「ワームの肝」であった。

更に実物を手にしているからか、ステータス画面には細かな説明が記載されている。


〈ワームの肝〉

ホワイトホールから送られた伝達情報。


詳しくは分からないけど、抗ウィルス薬を作るのに必要な情報ってことかな?


とりあえず、思考回路が追いつかないし、何より体力的に限界を迎えていた。

本当なら『携帯ハウス』を出してゆっくりしたいとこだけど、ガーネットの街に出しっぱなしだ。


アリサのことも心配だし、老体に鞭を打ってもうひと頑張りするか。


私は『転移スキル』で魔王国ヴィニシウスへ転移した。

申し訳ないが、街の入り口ではなく、出かける前にフシアナと話をした部屋に転移した。

色々短縮したい程、体が疲れていたのだ。


部屋に転移すると、先程いた側近の一人がその場で尻餅を着いた。


「驚かせてしまって、すみません」

「いいえ。そんな。でも、どうしましょう。マニュアルにありません」

「マニュアル?」

側近はポケットからメモのようなものを取り出すと、一行一行、確認して行く。


「門にいらっしゃった場合、親書が届いた場合•••。ない、ないです。突然現れた場合の対処が•••」

側近の人は焦り出し、頭を抱えている。

どうやら、私が来た場合の対処マニュアルらしい。


「あのー、とりあえずフシアナを呼んでもらってもいいですか?」

「は、はい!!」

返事をすると、走って部屋から出て行ってしまった。


マニュアルができるほど、

私はやばいということかな??


しばらくすると、廊下から慌ただしい足音が幾つも聞こえてきて、部屋の前まで来るとドアが開いた。


「マリー大魔王様。遅れて申し訳ありません。就寝の準備をしておりまして」


就寝?

そう言えば辺りはもう暗い。

ワームホールの所為で光を忘れていたが、もう夜なんだ。


「こっちこそごめん。出発してから日数が経っちゃったから早く会いに来ようと思って」

「日数•••??」

フシアナは首を傾げている。


「私が出発してから4日位経ってるよね?」

「いいえ。まだ8時間ほどですが•••。忘れ物でもされたのかと」


8時間!?

移動だけで8時間かかった筈だ。

ワームホール周辺の出来事は、殆ど時間が経っていない??

確かに、神様もそんなことを言っていた。


「フシアナ、本当にごめんね。でも、無事にワームホールから目的の物を取って帰ってきたから」

「ワーム、ホール??ともかく、無事ならよかったです。それにしても、コカトリスを使ってもこんなに早くは•••??」


さっきの話からすると、コカトリスと分かれてまだ数分しか経っていないことになる。


「そのー、コカトリスはあと8時間位で帰って来ると思うから」

「マリー大魔王様は一体どうやって??」

「ちょっと私急いでるから、もう行かなくちゃ。また、お菓子持って来るね」


私はそこまで話すと『転移スキル』でラミリアのギルドラウンジに転移した。

ここでもギルドラウンジの中に一気に転移しました。


リルさんとララさんの姿はなく、ソファでうたた寝しているアリサの姿があった。


待っててくれたのかな。

部屋で寝ていればいいのに。


アリサを見て、私は先ほどまでの現実とは思えない体験を忘れ、ほっこりしたのであった。



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