第30話 母と、マザー

尚も続くトロールの波状攻撃に私は防御するが、再びその威力に吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた私の体は、木を数本薙ぎ倒してようやく止まった。


私の口から血が流れ、身体中に痛みが襲う。

ラーラ達が私の前に入って加勢するが、トロールの勢いは止まらない。



お腹の子供を守ってるんだもん

強い訳だよ


何か解放してあげる方法はないのか?

このままでは、トロールがあまりにも可哀想だ•••



ラーラ達を薙ぎ倒し、トロールが私を襲ってくる。

トロールは右手で私の体を掴むと、自分の顔の前に運び、その手に力を込める。

10メートルを超えるトロールに全力で握り潰されそうになっている私は顔を歪める。


骨が折れているんじゃないかと思うほど、体からメキメキと音がしている。


「しょうがない。ドラゴンで攻撃だ!!」

ラーラ達の声が聞こえて来る。


急がないと


私は体を捩り、トロールに握られている状態から右手だけを引き抜くことができた。


私は自分の右手をトロールの額に当てる。


苦しかったね•••

今の私が感じている以上に痛かったね•••

でも、もういいんだよ


そこまで言うと、私の体が金色に輝き始めた。

これまでにない強い光は、トロールに触れている私の右手から流れ始め、黒い靄の上から完全に覆った。



マリー•ユーティフルの名の元に、世界に広がる光の精霊達を、我、マリー•アントワネットの元に集い、力を与えよ。



フォスフォシデライト



私から放たれた最上級の光魔法が、黒い靄を外側から飲み込んでいく。

それと同時に、私の体を握っていたトロールの右手の力が弱まり、私を解放した。


私の体は地上に落ちることなく、宙に浮いたまま光を放ち続けている。

トロールの目からは涙が溢れている。


完全に黒い靄が消失すると、私は静かに地上に着地し、光は消えた。


トロールの体は半透明になり、その場に倒れた。

トロールの体は少しづつ、天に吸収されている。


私と、ラーラ、ナーラ、サーラは、その光景をただ見つめていた。


その時、トロールは優しい目で私を見て、自分の服の上からお腹を切り裂いた。

辺りに赤い鮮血が走り、トロールは苦悶に満ちた表情をする。


私達は呆然として、体を動かせずにいる。


トロールは切り裂いたお腹に両手を入れると、断末魔のような叫びを上げた。


やがて、トロールはお腹から両手を離すと、その手には1メートルに満たない、赤ちゃんの姿があった。

トロールは赤ちゃんを自分の顔に持って来ると、優しくキスをして、抱きしめた。


そして、トロールは涙で溢れる目で私を見つめ、赤ちゃんを預けて来る。

私は迷うことなく両手と身体中を使って赤ちゃんを受け取ると、トロールは優しく微笑み、完全に天へと吸収された。


私は赤ちゃんを抱いたまま、その場で泣いた。

ラーラ、ナーラ、サーラも私に抱きつき、一緒に泣いた。



私達を我に返したのは、赤ちゃんの泣き声だった。

元気よく泣くトロールの赤ちゃん。


私は顔を見ながら抱きしめる。

私にも母性があったみたいだ。

一生懸命泣いている赤ちゃんが愛しくて堪らない。


ラーラ達も同じようで、赤ちゃんを見る目は優しく、頬や手を触ってる。


そんな私達に村人数名が近寄ってきた。

これだけ激しく戦っていれば、流石に異変に気づくよね。

もしくは、赤ちゃんの泣き声??


「失礼します。私は村長のラドランと申します」

「初めまして。私はマリー•アントワネットです。この村出身のララの依頼でトロールの対処にきました」

「おおー、ララが」


私はこれまでの経緯や、トロールの浄化、赤ちゃんのことを話した。


「ありがとうございます。何とお礼を申して良いか。

マリー様のお陰で、トロールもきっと浮かばれたと思います」

「村長。このトロールの赤子は、いずれ村を守る存在となるだろう。育てる術はあるか?」

ラーラが赤ちゃんを見ながら言う。


「いいえ。長い歴史的の中で、この村はトロールに守られてきましたが、赤子の話は聞いたことがありません」

「そうか。我らドラゴンでも把握していないとなると•••」


ふっふっふ

まさか、私がこのスキルを使う時が来るとは


私は『育児スキル』を発動した。

赤ちゃんの額に手を当て、鑑定する。


「分かったよ。生後3ヶ月までは母乳、もしくはモウモウのミルクを与えれば大丈夫。

それから先は森から養分を受け取って1人で生きていけるみたい」

「流石、マリー様」

「ドラゴンでも知らないことを、博識でございますね」

「私達の聖女様」

ラーラ、ナーラ、サーラが順番に言う。


「モウモウ、この村で飼ってもらうことできるかな?」

「モウモウは獰猛ですからね」


確かに

モウモウはランクBの魔物

仕方ない

嫌だけどあのスキルを使うか


「ちょっと、言って来るね」

私はラーラに赤ちゃんを預け、自分にグラン•ヒールをかけると『転移スキル』でモウモウの住処に移動する。



いきなり現れたモウモウは私に驚いて固まっている。

ちょうど良い。

魔力を放出する手間が省ける。


私は『調教スキル』を発動した。

私の右手に鞭が現れる。


このスキル、説明には鞭で対象を打つ、と書かれている。

それだけでも嫌なのに、今の私の格好ときたら、ボロボロで所々肌け、おまけに赤ちゃんを抱っこしていたから血だらけのセーラー服だよ。


私は近くにいたモウモウ3匹に鞭を打った。

モウモウは馬のように泣き、私の周りをくるくる回り出した。


どうやら成功みたい

少しだけ、調教が癖になりそう


私はモウモウ3匹を『空間収納スキル』で格納すると、『転移スキル』で移動した。


村の前に着くと、ラーラに抱っこされた赤ちゃんが泣いている。

きっと、お腹が空いているのだろう。


「お早いお戻りですね」

「うん」

私は返事をしながら、『空間収納スキル』からモウモウ3匹を出す。

人懐こく、大きな体をうまく使って私に顔をつけて来る。


「随分、懐いてますね」

「ちょっと、調教したからね」

「ちょ、ちょ、調教•••」

ラーラ達は顔を赤くする。


私は『地球物品創生スキル』で特大の哺乳瓶を出し、搾りたてのモウ乳を入れる。


ラーラの腕で泣いている赤ちゃんの口に哺乳瓶を咥えさせる。

赤ちゃんは凄い勢いで吸い付き、みるみるモウ乳が無くなっていく。


追加でモウ乳を飲ませると、赤ちゃんは満足したのかそのまま眠ってしまった。


「寝ちゃいましたね」

「そうだねー」


私は『地球物品創生スキル』で特大ベビーカーを出すと、ラーラに乗せるように言った。

赤ちゃんはすやすや寝ている。


「村長。どうだろうか。3ヶ月このように面倒を見ることはできぬか?」

ラーラが村長に訪ねる。


「一通り見させていただきました。この位であれば私達でも可能でしょう。

それに、村を守ってくれたトロールに少しでも恩を返したいですしな」

「よかったー。本当は連れて帰りたいくらいかわいいけど」

私は赤ちゃんを見ながら言った。


「マリー様。よければ、この子に名前を与えてくれませんか」

村長のラドランさんが言ってくる。


名前か•••

確かにずっとトロールでは可愛そうだ

考え出した私は、直ぐに名前が浮かんだ

あんなに強いお母さんから生まれたんだ


「この子の名前は、マザー」

「マザー•••」

「私の国で、母と言う意味です」

「とても良い名ですな。マザーのことは、我が村が責任を持って育てて行きます」

「何かあったらいつでも言ってきてください」


哺乳瓶の使い方、モウモウの飼育方法を村長に教えると、私達はものすごく、ものすごく後ろ髪を引かれながら村を後にした。

赤ちゃんが寝ている間に帰った方が良いだろうと、ナーラの提案を泣く泣く受け入れたのだ。


村から歩いて少しして、私は『転移スキル』を使ってラミリアのギルドラウンジ前に移動した。


「はぁー、かわいかったなー」

「転移もありますし、また行きましょう」

「そうだね」


私はラーラの言葉に頷くと、ギルドラウンジの扉にカードを翳し、中に入った。


そこには、私達を見て固まるみんなの姿があった。


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