第8話 衛兵《ジェラード》
エイド達はヒバナの案内のおかげで迷うことなく、無事に宿の近くまでたどり着くことができた。
「この先をまっすぐ街中に歩いていけば宿があるよ」
「本当に、何から何までありがとうね」
「私も暇だったし」
口を覆っている布で表情はよくわからなかったが、ヒバナは笑ってエアリアに言った。
その横で、エイドがヒバナの顔をジロジロと見ていることに気が付いたエアリアは、エイドに冷たい視線を向ける。
「え?何?エイドってもしかして、小さい子が好きなの?ロリコン?」
「違うわボケ」
即答するエイドは、困った表情のヒバナに改めて聞く。
「ずっと気になってたんだけどさ、ヒバナちゃんは何で顔隠してるの?」
「これは、その………色々あって………」
ばつの悪そうな顔をして、言葉を濁すヒバナ。
「女性の容姿をとやかく聞くもんじゃないの。エイドはデリカシーないね」
呆れたようにエイドに言うエアリア。
その時、急に建物の隙間から、地面を這うように風が巻き上がる。その拍子に、ヒバナの顔を覆っていた布が巻き上がり、その隙間から顔が見える。それを見たエイドは何故、顔を見せたがらないのかを知った。ヒバナの顔には、顎の右下から頬骨辺りにかけて大きな火傷の跡があった。
ヒバナは、慌てて布で顔を隠し、俯いたまま泣きそうな表情になっていた。
「ごめんなさい。気味悪いですよね………」
(フラムといい、ヒバナちゃんといい、一体何があったんだろう)
言葉を失っていたエアリア。
重たい空気が漂う。その空気を壊すように、エイドは顎に手を添えて言う。
「ほほう、こりゃあまた、えらい
突然会話を振られたエアリアは驚きながらも答える。
「え、ああ、うん!すごい整ってるし、将来が楽しみだね」
予想外の言葉に、ヒバナは目を丸くして驚いていた。そんなヒバナに、エイドは笑っていう。
「別に隠す必要ないと思うけどな。十分かわいいのに。あいつの妹とは思えないぜ」
「女の子は気にするの。エイドお兄ちゃんは何もわかってない。だから彼女ができない」
「よ、余計なお世話だよ。てか、彼女とか今関係なくない!?」
ヒスイの言葉がエイドの胸を貫く。落ち込んでいるエイドを見て、思わずヒバナは吹き出してしまった。
「ぷっ!あはっはっはっは!」
「ほら、お前のせいで彼女いないの馬鹿にされたじゃねえか」
ヒスイの方を見るが、ヒスイは知らん顔でそっぽを向いている。
「違うよ。いや、こんなこと言われたの初めてだから。なんか、おかしくて」
そう言うと、ヒバナは口元の布を外し、放り投げる。布は風に舞い、遠くへ飛んでいく。
ヒバナの顔はどこか晴れやかな顔をしていた。
「みんながいうなら、もっと自分に自信を持ってみようかな」
「やっぱそっちの方がいいよ」
エイドは可愛らしい笑顔のヒバナに微笑みかけて言った。
その後、ヒバナは家に帰って料理をしなければならないと、軽い足取りで帰路に着いた。三人はヒバナの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「エイドさ、意外といいとこあるじゃん」
エアリアの言葉を鼻で笑って、エイドは答える。
「今更何を、俺は最初からいいとこだらけだぜ」
キラキラとした視線をエアリアに送ったエイドだったが、エアリアは既に宿の中に入っていた。それを見ていたヒスイは、笑いをこらえていた。目が合った瞬間、瞬時に顔を逸らし宿の中に入っていく。
エイドは目に浮かぶ涙がこぼれないよう、上を向き目を閉じる。
「俺、これからやっていけるのかな」
自身をなくしたエイドはとぼとぼと宿に入る。
次の日。エイドは、不機嫌そうな顔をしてヒスイと共にとある建物の前に立っていた。
「エアリアはまだか?」
「まだ一分しかたってないよ。その冒険者嫌い何とかしなよ」
「無理なもんは無理。ここにいるだけで蕁麻疹が出そうだ」
エイド達がいるのは『ギルド』と呼ばれる場所だ。ギルドは大陸の各地にあり、主に国の首都になる場所にある。エイド達が訪れたここは、《ギルト・ロドゴスト支部》と呼ばれている。
ギルドでは、階級の更新や退職、新規入会の冒険者に関するあらゆる手続きを行ってくれる。その他にも、冒険者たちが交流する酒場や宿も設けていて、冒険者には必要不可欠な施設だ。しかし、エアリアが来たのは、手続きをするためではなく、別の目的があった。
エアリアは、入り口の直ぐ側にあるギルドの受付のさらに奥へ進んでいく。すると、何枚もの紙が貼られた大きな掲示板の前で立ち止まる。
エアリアがここへ来た目的、それはクエストの受注だ。
クエストとは、簡単に言えば冒険者専用の仕事のことだ。募集するのは、国のお偉いさんや一般人と、ギルドの審査さえ通れば誰でも募集することができる。内容の多くは魔獣の討伐だが、建築の手伝いからベビーシッターまで、様々な種類がある。エアリアの前にあるクエストボードと呼ばれる掲示板に貼られているクエストから自分に合うものを見つけて、受付へ行き受注する。
エアリアは、腕を組みながらクエストボードを眺めている。
「う~ん、どれにしようかな?」
しばらく悩み、ある一枚の紙を手に取った。内容はこれだ。
『ハバリーファング十頭の討伐 報酬:銀貨十枚』
ハバリーファングは、鋭く太い牙をを持った猪の姿をした魔獣だ。クエストの詳細によると、最近、近くに隣接する森でハバリーファングが増え、街に近づくことが多くなり、街の人に危害を加える事件が多いとのことだった。
このクエストが、エアリアの階級である
クエストは、基本的に階級に見合ったクエストしか受けることを認められない。そのため、昇給しなければ、報酬も少なく、受けられるクエストも少なくなってしまうのだ。そのため、
階級は、クエストをこなした数やギルド員に実力を認められた際に昇給することができるのだ。
「よし、これにしよう!」
エアリアは、初めてのクエストに心躍らせながら、受付へ向かった。
受付のカウンターには、受付嬢が礼儀正しい姿勢で待っていた。
「こんにちは。クエストの受注ですか?」
「はい。私、クエスト初めてなんですよ」
「そうですか。初陣は緊張しますよね」
「でも、ワクワクの方が、今は勝ってます!」
エアリアはウキウキとした様子でクエスト用紙を受付嬢に渡す。受付嬢は、受け取ったクエストに目を通し、目を疑った。
「えっと、一応お聞きしますが、初めてなんですよね」
「はい!」
「初めてでこのクエストは、少し難易度が高いような気がしますが」
ハバリーファングは基本的に銅等級の冒険者が二人以上で討伐するものである。更に、十頭ともなると、三人以上で行うのが基本になっている。そのため、初めてでこのクエストを行うと言っているエアリアに驚いているのだ。
「大丈夫ですよ。もう一人頼もしい助っ人がいるので」
「そ、そうですか」
受付嬢は、冒険者になって日の浅い二人でこのクエストは荷が重いのではと、思いながらも、目の前で目を輝かせる少女を見ると断るのも申し訳ない気がしていた。
「わかりました。ただし、危険と判断した場合は、クエスト成功の有無に関わらず、必ず逃げてくださいね」
そういって、渋々、受注を認めたこと表す印を押した。
「ご忠告ありがとうございます!それじゃあ、行ってきます!」
勢いよく外に飛び出すエアリアを、受付嬢は心配そうに見送った。
時はほんの少し遡る。エアリアがクエストを選んでいる頃、エイドは窮地に立たされていた。
「ねえねえ!君も冒険者でしょ?僕一人なんだけどパーティ組まない?」
しつこく話しかけてくる彼はどうやら冒険者のようだ。エイドよりは歳が上に見えるが、話し方のせいかそれほど年上に感じられない。髪は金髪で右目に眼帯を付けている。服装は、鎧を付けず、腰には剣が付いている。
エイドは吐き気と悪寒を何とか抑えながら無視を続ける。しかし、金髪の男も引き下がらない。
「もしかして、僕無視されてる!?はっはー!君すごいスルースキルだね!」
常にハイテンションな彼に、流石のヒスイも呆れた表情になっていた。
「あ、あの。この人冒険者が苦手で」
「そうなのか、それは失礼なことをしたね」
「それに、この人冒険者じゃないですよ」
「そうなのか!?じゃあ、その腰につけている剣は何に使うの?もしかして、冒険者だけど隠してる?僕そんなに嫌われたのかな!?はっはっは!困ったな!」
剣を失ったエイドは、エアリアから聖剣を使うように言われて腰につけていた。まさか、そのせいでこんなことになるとは思ってもいなかった。
エイドは横目でヒスイの方を見る。すると、目をぐるぐると回して言葉に詰まっている。
(ヒスイがこんなになるなんて、よっぽどやばいやつなんだな)
エイドは吐き気をこらえながら思う。そこへ受付を終えたエアリアが戻ってきた。
「お待たせ――」
「「エアリア~!」」
「ちょっと何!?何で泣いてるの!?」
エイドとヒスイは涙を流しながら、目にも留まらぬ速さで抱きついた。エアリアは顔を赤くしながら、何が起きたかわからず、困惑している。
「あれ、もしかして先客がいた感じかな?」
金髪の男は、首を傾げながら言う。
「この人は知り合い?」
「知らない知らない!」
「この人、危険。早くどっか行こう」
エアリアの後ろに隠れながら、金髪の男を睨みつけるエイドとヒスイ。それを見て、すごく落ち込んでいる金髪の男。
全く状況が読み込めないエアリアは、どうしていいかわからず、あたふたしていた。すると、金髪の男はため息交じりに言った。
「どうやらすごい嫌われたみたいだね。しょうがない、僕は別の人を探すよ」
エイドが冒険者嫌いなのは知っているが、ヒスイちゃんまでこんなに怯えるなんて、一体何をしたのだろうと、エアリアはこの人が危ない人なのではないかと思えてきた。
金髪の男は、エアリアの後ろにいるエイドに向かって手を振りながら言った。
「それじゃあ、またね。
エイドとヒスイは、虫を払うように、手で払う仕草をしながら姿が見えなくなるのを確認した。エイドとヒスイは安堵のため息を漏らし、壁にもたれかかる。
「助かった~」
「エアリア遅い」
「ごめんごめん。それより、あの人に何されたの」
「別に何も。それより、クエストは決まったのか?」
何もされていないのに、何故あんなことになっていたのか。疑問に思っていたが、特に気にすることなくクエスト用紙をエイドに渡す。
「うん、これが良いかなって」
エイドは壁にもたれかかったまま、クエストの内容を確認する。
「よし、じゃあ行くか!」
エイドは、腰のベルトを締めなおし、気合を入れる。
エアリアとヒスイも、気合を入れ、三人はハバリーファングがいる森に向かおうとした瞬間、街の門の方に人が流れていく。
「なんだ?」
「とにかく行ってみましょ」
三人は後についていく。すると、門の近くには多くの人だかりができていた。しかし、人が多すぎて何が起きているかわからない。
すると、エイドは何かを思いついたのかエアリアに言った。
「よし、エアリア。解説頼んだ」
「え?って、ちょっと待って!」
エイドは、エアリアを持ち上げ、足の間に頭を通し肩車をする。エアリアはエイドの頭を押さえるが、力で敵うはずもなく強引に持ち上げられてしまった。
「やるならやるって言ってよ」
「いいから、何が起きてるか教えろ」
エアリアは顔を赤くしながらも、何が起きてるかを伝える。
「なんだろう。全身、蒼の鎧で固めた人と、その周りに衛兵かな?何十人も人がいる」
エアリアの視界の先には、青く輝く鎧に身を包み、背中には大きな槍を背負っている衛兵のような人が立っていた。顔立ちが良く、青い髪はサラサラと風が吹くたびになびいている。どうやら、この人だかりは、彼を囲うようにできているようだ。
「なんだ、お前らジェラードさんを知らねえのかい」
エイド達の様子を見ていた街の老人が話しかけてきた。
「ジェラード?」
「ああ。この国一番の実力を持っている衛兵さ。親切で、人当たりもいいし、何より顔が良い。この国が平和なのも彼のおかげだからのお」
確かに、聞こえてくるのは黄色い声援ばかりだ。彼がどれだけ国民から信頼されているのかは一目瞭然だった。
「しかし、困ったな。これじゃあ外に出れないじゃん。なあ、エアリア、抜け道とか見えないか?」
「残念だけど、視界の先は人で埋まってるよ」
エイドは一息吸ってため息交じりに言う。
「仕方ない、強行突破だな」
「その前に降ろして………って話聞いて!」
エイドは、エアリアを肩に乗せたまま、人混みを押しのけながら門の方へ向かっていく。エアリアはエイドの頭を掴み、落とされないように踏ん張る。
すると、人混みの中、というより上を移動しているエアリアを見つけた衛兵の一人が怪しいと思ったのかジェラードに報告する。
「ジェラード様、何やら向かってきます」
ジェラードは目を細めて言う。
「見ない顔だね」
「恐らく、旅の者かと」
「みんな、すまないが道を開けてもらえないか」
ジェラードは、道を開けるように皆に訴えると、エイドの前に通り道ができた。
エイドは戸惑いながらも、その道を通り、ジェラードの前に出る。
エアリアから聞いたとおり、かなりの好青年だった。
「あんたがジェラードか。すごい人気だな」
「迷惑をかけてすまない。皆も悪気があるわけではないんだ」
エイドはジェラードを上から下まで観察する。すると、鎧の肩のあたりに切り傷のようなものが見えた。それに気がついたジェラードは隠すように体を少し退く。
「僕にないかついているのかな?」
「いや、いい鎧着てるな。国王のお気に入りになると、いいもの着せてもらえるんだな」
「僕は王のお気に入りではないよ。それに、この鎧は、自分で仕入れたものだ」
「それは失礼」
エイドはからかうように悪い笑みを浮かべながら言った。と、その時、エイドの頭に鈍い痛みが走る。
「いい加減降ろせ!」
「痛!何すんだ!」
エイドの頭を殴り、そのまま飛び降りるエアリア。
「うちの馬鹿がすいません。エイドも謝って!」
エアリアは、エイドの頭を強引に下げ謝る。
「いえいえ、邪魔をしてしまったのはこちらのようですし」
ジェラードの対応に、感銘を受けるエアリアに対し、エイドは全く反省する気配がない。
「それでは、僕は仕事があるからこれで」
一言言って、ジェラードは衛兵を連れて国王がいる城へ向かって行った。それについていくように、人だかりも一緒になって移動する。
静まり返った門前で、エアリアはエイドに言う。
「もう、誰彼構わず喧嘩売るのやめてよ!」
「だって邪魔だったじゃんかよ。それに、あの人生イージーモードの顔がムカついた」
「まあ、いいわ。森に向かいましょ。日が暮れたら帰ってくるのも大変だし」
エアリアは少し呆れた様子で門をくぐる。エイドとヒスイもその後を追うように門をくぐり、森へと向かった。
ジェラードは城の中の大きな扉の前に立っていた。
「ジェラードか、入れ」
扉の向こうから歳をとった男の人の声が聞こえてくる。返事をして、ジェラードは大きな扉を開く。すると、足元にはやわらかい感触の、如何にも高そうな絨毯が、玉座の前まで広がっていた。
玉座には、装飾がされた金色の杖を持って座っている老人がいる。彼は、ドレイク・ロドゴスト。この国の国王だ。
ジェラードは、ドレイクの前にたどり着くと、
「相変わらずの人気じゃのお!」
「ありがとうございます。ですが、いくら人気があっても、この国のためにはなりませんよ」
「真面目じゃのお。して、森の様子はどうであった?」
ジェラードは近くにある森の様子を見に行っていたようだった。
「特に異常はありませんが、やはり魔獣の数が多くなっています。冒険者への依頼を増やすか、衛兵を補充して対応しなければ、いずれ魔獣にようる国への攻撃も考えられます。現に、最近商人が襲われたとの報告もあります」
「うむ、やはりそうか。わかった、検討しよう」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
ジェラードは、立ち上がると、その場を離れようとする。と、その時何かを思い出したかのようにドレイクに言った。
「そう言えば、この国に例の人が訪れていましたよ」
その言葉に、ドレイクは少しだけ眉を動かす。
「そうか。覚えておこう」
その言葉を聞き、ジェラードは王室を後にした。
村人が世界を救って何が悪い @mayoneezu_r
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