第7話 ドワーフ
エイド達は、街で迷っている中、出会った少女に連れられてドワーフがいるという鍛冶屋に向かっている。
「助かったよ。ヒバナちゃんがいなかったら俺たちずっと彷徨ってたよ」
出会った少女の名前はヒバナといった。彼女もエイド達と同じく、鍛冶屋に用があるらしい。
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ」
なんてしっかりした子なんだろう。うちの二人この子を見習ってほしい。そう思いながら、エイドはエアリアとヒスイの方を見る。見られた二人は、エイドが何を思っているかを察して、高圧的な視線を送ってくる。
エイドはふと気になったことを聞いた。
「ところで、ヒバナちゃんは何で鍛冶屋に?」
「暇だからお兄ちゃんの所に行くの」
話を聞いたエアリアが笑っていう。
「へえ、お兄ちゃんがいるんだ。なんか、エイドとヒスイちゃんみたいだね」
「うん、同じかも」
ヒスイも頷いて答えた。
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、突然ヒバナが目の前の建物を指さして言った。
「ほら、あそこだよ」
街中の鍛冶屋のような派手さや大きさは無い、こじんまりとした石造りの建物だった。鍛冶屋と言われなかったら気が付かないだろう。
ヒバナは一足先に鍛冶屋の中に入っていった。その後を追いかけ、エイドはバッツの話を思い出し、少し緊張しながら扉を開けて中に入る。
「こんちわー、バッツの紹介で来まし――」
刹那、エイドの頬を何かが通り過ぎ、顔の横にあった柱に突き刺さる。まさかと思ったエイドは、恐る恐る横を見る。それは、顔よりも大きな折れた刃だった。
「………え?」
あまりの突然な出来事に困惑するエイド。すると、建物内に大きな声が響く。
「おい、フラム!またクソみてぇなもん作りやったな!」
それは、目の前で刀を打っている、口が隠れるほどのひげをはやした小さなおじさんが叫んだものだった。そう、彼がこの国で有名なドワーフだ。
一瞬で我に戻ったエイドに怒りがこみ上げる。
「てめぇクソじじぃ!殺す気か!」
怒鳴り声で、ようやくエイドの存在に気がついたドワーフは、鋭い眼光でエイドを睨みつける。
「なんじゃ、クソガキ!誰に向かって口きいてやがる!」
ドワーフはそういって、手に持っていた金槌をエイドの顔面目掛けて投げつける。エイドは、驚きながらも間一髪のところでそれを掴む。
「うるせえ!いきなり人を殺そうとしておいて何言ってやがる!それに、今のも結構やばかったぞ!」
エイドは手に持った金槌を投げ返す。ドワーフはそれを軽々と取ると、再び罵倒の言葉とともに投げ返す。その後、怒号と金槌が、何度もエイドとドワーフの間を行きする。すると、騒ぎに気づいたのか、奥の部屋から
ヒバナは慌てて間に入ろうとするが、飛び交う金槌のせいで止めることができない。
「何やってるのヴェルじい!お兄ちゃん、ヴェルじいをとめて!」
ヒバナが叫ぶと、だるそうにしながら、暖簾の向こうから背の高い男性が出てきた。赤い髪に黄色い瞳。飯屋でエイドに喧嘩を売ったあの赤髪の男だった。
先に気がついた赤髪の男は、面食らった顔をしていた。
「なんでお前がこんなところにいるんだよ」
呆れた様子で呟く赤髪の男にヒスイが聞く。
「お兄ちゃん、知り合いなの?だったら早く止めてよ」
「いや、全く知らん」
全く止める気配がない赤髪の男は、再び奥の部屋に戻ろうとした時、ゴツン!と鈍い衝撃が赤髪の男の後頭部を襲う。
「「あ」」
エイドとドワーフが口を揃えていった。投げ合っていた金槌が赤髪の後頭部に直撃したのだ。
こめかみに血管を浮かばせながら、鬼の形相で振り返る。
「
赤髪の男に対して、ドワーフは逆に怒りをぶつける。
「うるせえぞ!フラム、もとはと言えばこうなったのはお前のせいだ!」
それに乗っかるようにエイドも言う。
「そうだそうだ!赤髪の!お前のせいで俺は殺されそうになってんだ!」
「勝手に俺のせいにしてんじゃねえ!つーか、人の飯食ったり、いきなり現れて金槌投げつけたり、なんなんだよお前は!」
赤髪の男はエイドに向かって金槌を投げ返す。
エイドとドワーフの乱闘に赤髪も加わり、建物の中は滅茶苦茶になっていた。武器や金槌、防具やらが飛び交う様子を、目を丸くして突っ立ったまま見ていたエアリアとヒスイにお茶を持ってくるヒバナ。
「すいません。うちのお兄ちゃんが」
「いえいえ、こちらこそ。兄がご迷惑をおかけして申し訳ない」
自分より年齢の低い子供二人が、いい歳した兄のために頭を下げているありえない光景に、エアリアは何とも言えない気持ちになっていた。
お茶を飲みながら、ヒバナと少し話をした二人。
あのドワーフはヴェルフといい、この国だけではなく、大陸の中で最も腕のいい鍛冶氏だという。そして、あの赤髪の男はヒバナの兄で、名前はフラム・マトリカリアといい、ドワーフに負けない凄腕の鍛冶氏を目指し、今ここで修業をしているとのことだった。
ちょうど、ヒスイからの説明を終えたところで、エイド達の乱闘はようやく終わりを迎えた。
エアリアは、肩で息をしているヴェルフに、バッツから貰った招待状をヴェルフに渡してここに来た的を伝えようとする。
「あの、ヴェルフさん。私達、あなたに見て欲しいものがあってここに来たんですけど」
ヴェルフは汗を拭い、乱暴に招待状を受け取ると、読む前にビリビリに破り捨ててしまった。
「ちょっと!何してるんですか!?」
「こんなもん、意味ねえだろ。客を決めるのは俺だ」
ヴェルフの凄みに何も言えなくなってしまうエアリアは、涙目で破けた紙を拾っていく。
ヴェルフは呼吸を整えるとエアリアが腰に下げている剣を見て言った。
「その腰に下げてる剣か?」
見事言い当てたヴェルフに驚きを隠せないエアリア。
「そうですけど、何故分かったんですか?」
「あたりめえだ。俺を誰だと思ってる。それに、その剣からは飛んでもねえ気配がする」
聖剣の鞘は黄金に輝き、芸術的な模様が入っていて、人の目に着く。そのため、エアリアは鞘の上から更に薄い革の鞘を被せていたにも関わらず、見ただけで見抜くヴェルフに、エアリアは関心していた。
エアリアは剣から気配を感じ取ろうと手に取って見てみるが、特に何も感じない。
すると、ヴェルフは改まってエイドの方を見て言う。
「と、その前に。クソガキ、その剣よこせ」
エイドの腰に下げる剣をよこせと指を指す。
「この剣が何だってんだよ。これは村の宝なんだ。ここのドワーフが創ったって、村長が言ってたぞ」
エイドの話を半分聞き流しながら、ヴェルフは剣を鞘から抜く。その瞬間、ため息をついて手に持っていた金槌を振りかざすと、勢いよく剣めがけて振り下ろす。すると、剣はいとも簡単に真っ二つに折れてしまった。
「だああああ!村の宝が!くそじじい、ぶっ飛ばされてえのか!」
「わめくなクソガキ。よく見てみろ」
ヴェルフは剣をエイドに放り投げる。エイドは危なっかしく受け取ると、驚いた顔をしていた。なぜなら、剣の中身が空洞になっていたからだ。
「ドワーフはそんなもん創らねえ。まんまとやられたな」
ヴェルフは口を大きく開けて馬鹿にしたように大笑いをする。反対に、エイドは手を地面につけ、周りの空気が重くなったようにどんよりしていた。
そして、ヴェルフは次にエアリアに剣を持ってくるように言った。
花を扱うように優しく手に持つと、鋭い目つきで眺める。その眼は、今までのふざけた表情からは想像できない程真剣で、
革の鞘を外し、本来の鞘、柄、模様の隅々まで舐めるように見て十分以上経った。ようやく、剣を抜いて中身を見ると、ヴェルフの顔が少し曇った。その後ろで見ていたフラムも、目を見開き驚く。
「これは………」
「そうなんです。この錆を何とか出来ないかと思ってヴェルフさんを訪ねたんです」
本来、黄金に輝いているはずの聖剣が、これだけ錆びていたら驚くのも当然だ。
ヴェルフは、錆びを指でなぞり、手について錆びをこすってみる。最初は泥や汚れかと思っていたが、手に取ってはっきりと錆だと確信した。聖剣の隅々まで確認しているヴェルフに、エイドが言う。
「でもよ、流石の聖剣ってだけあって、錆びてても切れ味はとんでもねえぞ」
それを聞いたヴェルフは、手を止めて聞き返す。
「クソガキ、お前これを使ったのか?」
「ああ。村が襲われたときにな。でかいキングゴブリンも真っ二つだったぜ」
エイドが答えると、ヴェルフは立ち上がってエイドの元へ歩み寄る。
「な、なんだよ?」
ヴェルフは答えることなく、勢いよくエイドの腕を掴み、右手のグローブをはぎ取る。
「なんだってんだよ!」
「お前、これはどういうことだ?」
ヴェルフはエイドの手の甲にある紋章を見て、戸惑いを隠せないでいた。後ろのフラムも、開いた口が塞がらない。
「こっちが聞きてえよ。気づいたらこうなってたんだ」
少し苛立った様子で答えるエイドに、ヴェルフは更に質問する。
「母親の名前はなんていう?」
「アイビー・フローリアだ。それがなんか関係あるのか?」
「いや、何でもない」
ヴェルフは冷静さを取り戻したように、自分の座っていた場所に戻ると頭を抱えていた。
「で、どうなんだよ。それは何とかなるのか?」
エイドは、手袋をはめながらヴェルフに聞く。しかし、ヴェルフはしばらく黙った後に答える。
「結論から言うと、今すぐには無理だな」
ヴェルフは剣を鞘に戻しながら答える。
「この聖剣は、神器と呼ばれるものの一つでな。かつて魔王が存在した時に我らドワーフ族によって創られた、英知の結晶だ」
「一つってことは何個かあるのか?」
エイドが聞くと、ヴェルフは黙って頷いた。
ヴェルフが言うには、神器は全部で七つあるという。
所有者の意のままに、自由自在に武器の形を変える大剣。《有為転変・インフィニティ》
自分の分身を作り出す
傷を負わせたものを必ず殺す、死神の大鎌。《一傷必殺・デスサイズ》
あらゆる魔法を無力化し、所有者の魔力へと還元する杖。《魔導士殺し・マジックリヤン》
雷神の力を与えあらゆるものを貫く雷槍。《疾風迅雷・トールロンギヌス》
一振りで嵐を引き起こし切り刻む
万物を切り裂き、勝利へと導く
この七つがこの世に存在する神器だという。
「この神器の創り方を知っているドワーフは、今は俺しかいねえ。だから、一人で作業するってなると、十年はかかる」
エイドは取り乱したようにヴェルフに言う。
「おいおい、そんなにかかるのかよ」
「神器ってのは、一寸たりとも狂いのない計算尽くされた究極の武器だ。そもそも、錆びることなんてありえねえんだよ」
ヴェルフは続けた。
「この剣は斬った者の魔力をその剣に吸収する。おそらく、剣の供給できる最大量を超えたんだろう。しかし、剣の吸収は止まることなく続いている。その結果、魔力がこうして錆のように張り付いてる。これを剥がす時に、剣の形が少しでも崩れると、聖剣としての効果を失うかもしれない。それほど、計算されつくされて創られた武器なんだよ。だからこそ、かなり繊細な作業が伴う。一朝一夕で出来るもんじゃねえんだ」
ヴェルフの言葉に、肩を落とすエアリア。
「そうですか……」
「すまんな、嬢ちゃん」
エアリアは落ち込んだまま、ヴェルフから剣を受け取ると再び腰のベルトに付けなおす。
そんなエアリアをヴェルフは慰めるように続けた。
「これは代々言われていることなんだがな。人が武器を選ぶんじゃねえ。武器が人を選ぶんだ。神器は誰でも使えるわけじゃねえ。選ばれた時点で、その聖剣の性能は全て使えるはずだ。だからこそ、聖剣に選ばれたそこの小僧も使えたんだ」
それを聞いたエイドは何かを思い出したように言った。
「それでか。あの時、斬れるはずのないと思っていた聖剣が、俺なら斬れるぞって言ったような気がしたのは」
「まあ、そういうこった」
ヴェルフは、ため息交じりに言うと、疲れ切った表情をしていた。
少しの静寂がその場を包む。と、その時、エイドは思い出したように言った。
「なあ、じいさん。ついでで申し訳ないんだが」
「まだなんかあるのか?」
面倒臭そうに返事をするヴェルフにエイドは言う。
「じいさんに武器ぶっ壊されて武器がないんだ。創ってくれよ」
「金をくれれば創ってやる」
(壊しておいて金とるのかよ)
エイドはため息交じりに聞いた。
「いくらかかるんだ?」
「最低でも金貨一枚だ」
エイドはお金を入れている布袋の中を確認すると、銀貨五枚、銅貨八枚しか入ってなかった。
エイドは真剣な目つきで聞く。
「銀貨一枚に負けてくれない?」
と、エイドが言い終える前に、すでに剣を構えてこちらを睨むヴェルフに、顔を真っ青にして汗を流しながら必死に謝るエイド。
「じょ、冗談だってば……ははは……」
そして、エイドは顎に手を当てて考える。
「そうなると、取り敢えず金がいるな」
「金貨一枚って結構たいへんだよね」
エアリアが言うように、金貨一枚は決して安くはない金額だ。稼ぐのがどれだけ大変かと言うと、スタルト村の飲食店の店長が、半年働いてようやく集められる金額だ。
エイドはエアリアに言う。
「とりあえず、宿を探さないと。金はその後考えるか」
「私もエイド兄ちゃんに賛成」
これからの目的が決まったエイド達は、ヴェルフに挨拶をしてその場を後にした。
エイド達が部屋を出て行ったあと、しばらくの間、鍛冶屋の中は沈黙が続いていた。
「なんか、とんでもねえ嵐が過ぎ去ったな」
疲れ切った表情で吐き捨てるようにフラムは言った。
「ああ。今日は疲れたな。店閉めるから片付けしとけよ」
ヴェルフは、懐から葉巻を取り出し、外に向かった。フラムは黙ったまま片づけをしながらエイド達のことを思い出していた。
「あんな奴が勇者?ありえねえだろ」
馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、床に散らかった剣や防具を運ぶ。そこに、食器を洗い終えたヒバナが暖簾をくぐって出てきた。
「お兄ちゃん、私、エイドさん達がまた迷子にならないように案内してくる」
「別にいらねえだろ。まあ、行くんなら暗くなる前に家に帰れよ。俺もこれ終わったらすぐに戻るからよ」
ヒバナは元気に返事をすると、勢いよく店を飛び出していった。
見送ったフラムは、ヒバナの後ろ姿を見て昔の出来事を思い出し、しばらくその場に立ち尽くす。そして、苛立ちを含んだ表情で吐き捨てるように言う。
「勇者なんて下らねえ」
フラムは、再び片づけを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます