第一章 悪魔の炎

第6話 ロドゴスト国

 村を出てから一週間が経った。

 エイド達は、村を出て北に向かって歩いていた。目指していたのは《ロドゴスト国》だ。

 《グラム大陸》は、大きく七つの国に分かれている。ロドゴスト国はその内の一つだ。エイドが住んでいたスタルト村もロドゴスト国の領地になっている。

 ロドゴスト国は、鍛冶や細工が盛んであり、機械カラクリや武具の製造技術が大陸の中で最も発達している国だ。武具の生産量が多く、冒険者の装備のほとんどはここで作られているといっても過言ではない。

 三人は、へとへとになっておぼつかない足取りでふらふらと平原を歩いていた。


「ぜえ、ぜえ……まだつかないの?」


 息を切らすエアリアにエイドとヒスイは冷たく言う。


「誰のせいでこんな目になったと思ってる」

「エアリア。ギルティ。反省して」


 何故こうなかったか、それを説明するには三日前に遡らなければならない。

 ロドゴスト国に行ったことのない三人は、過去に地図を見たことがあるというエアリアを頼るしかなかった。近くに現れた大きな森。エアリアはその森を通れば近道だと言った。このとき、エアリアの言葉を安易に信じてしまったことを後悔した。

 森の中は、至るところに魔獣が住み着いており、魔獣が渦巻いていたのだ。歩くたびに襲われては逃げる。それを森を抜けだすまでの三日間、繰り返していたのだ。まともに睡眠も食事も取れず、疲れ切った三人が今に至る。

 平原を歩いていれば、四日もあればついていたはずだったが、森の中で迷い、かなり時間がかかっていた。

 

 エイドは森の中での惨事を思い出し、呆れたように言う。


「もう、お前に道は聞かない」

「だから、何度も謝ったじゃん」


 申し訳無さそうな顔でエアリアは謝った。

 しばらくして、長く緩い上り坂を一足先に上り終えたエイド。すると、目に輝きが戻り、げっそりしていた顔色が、一気に晴れやかになった。


「やった……やっとついた……」


 エイドの口から自然と言葉が漏れる。そんなエイドの目の前には、遠くからでもわかる程の背の高い城壁に囲まれた街が広がっていた。その街を見下ろすように、大きな建物がそびえ立つ。更に、街中のあちこちから蒸気が上り、街全体がまるで一つの要塞のような作りになっていた。

 そう、ここがエイド達が目指していたロドゴスト国だ。

 エイドは後少しで着くことを後ろの二人に知らせようと勢いよく振り返る。


「おい、エアリア、ヒスイ!やっと着いた――」


 刹那、言い終える前に、ヒスイを負ぶったエアリアが、目をギラつかせて、物凄い速度で駆け抜けていった。呆気にとられていると、二人はすでに門の手前にまで近づいていた。


「なんだよ、まだ体力あるじゃねえか」


 一人取り残されたエイドは、愚痴をこぼしながら荷台を押して歩いた。




 門の前までたどり着いたエイドは、目の前の門の大きさに圧倒されていた。自分の身の丈を優に超える門。二〇メートルは超えているだろうか、遠くからでも大きいことはわかったが、近くで見ると更に大きく見える。

 初めて見る大きい門を見上げながら、エイドは顔をしかめながらつぶやく。


「しかし、ここ暑いな……」


 エイドは顎を伝う汗を拭う。

 そう、鍛冶が盛んなロドゴスト国は、鍛冶に必要な炎が絶えず灯っている。それに加え、周囲を高い城壁で囲まれて熱がこもっている。そのため、季節に関係なく、この街は常に気温が三〇度を超えている。

 あまりの暑さに、エイドは先に向かったエアリアとヒスイが心配になった。


「こんだけ暑いと、あの二人が心配だな」


 そう言って、エイドは門をくぐって少し歩いたところで人だかりを見つけた。嫌な予感がして、荷車をおいて近づいてみると、その予感は的中した。人だかりの真ん中には、干からびてぐったりしているエアリアとヒスイが倒れていた。

 エイドは、中心に割って入ると、大きな声で頭を下げた。


「うちの者がご迷惑をおかけしました!」


 それをみていた、顎に黒ひげをはやした男の人が、笑って水を差し出した。


「はっはっは!ここに初めて来る奴は大体暑さでこうなるんだよ。ほら、これ飲ませてやんな」

「すんません。ありがとうございます」


 エイドは男の人からもらった水をエアリアとヒスイに与えると、顔色がみるみると良くなっていく。


「「ぷはぁ!!生き返るぅ!」」

 

 このとき、エイドは村の銭湯から上がった年寄り達が酒を飲んでいたのをふと思い出した。

 エイドは二人に男の人にお礼を言うように促す。


「お前ら、この人に感謝しろよ」


 気が付くと、水をくれた男の人以外は街に溶け込むようにどこかへ行ってしまった。

 エアリアとヒスイは、水をくれた男の人に深々と頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「気にすんな。困った時はお互い様だ。それより、その荷物。お前ら旅してるんだろ?どこから来たんだ?」

「俺たち、スタルト村から来たんですよ。何でも、ここには一流のドワーフがいると噂を聞いたので」


 そう、エイド達がここへ来たのは、ドワーフに用があったからだ。エアリアが言うには、聖剣を創ったのは、ドワーフの一族らしい。それで、聖剣を創ったドワーフならこの錆びた聖剣をどうにかできな いかと思い、現在に至るのだ。

 エイドの話を聞いた男はテンションが上がる。


「スタルト村か!あそこの飯は美味いんだよな!」


 それを聞いたエイドは何かを思い出し、荷物を入れている袋を漁る。


「あの、お礼と言っては何ですが、これどうぞ。悪くなってはいないと思いますが」


 エイドは袋に入っていた、村の人からもらった甘みの強いベリーキャロットと木の実を使ったシフォンケーキを差し出す。スタルト村のベリーキャロットは、知る人ぞ知る隠れた名産だ。他のベリーキャロットと比べ、数倍もの甘みを含んでいる。


「おお!これベリーキャロットの奴か!これ美味いんだよな!そうだ、俺の店に寄って行けよ。腹減ってるんだろ」


 終始テンションが高い男の人はエイド達についてくるように促した。エイド達は迷惑をかけるのも申し訳ないと思っていたが、腹が減っているのは確かだし、言葉に甘えてその後をついていった。




 店の中は、昼間ということもあり、結構な客がいた。しかし、どういうわけか、彼らは全く飯に手をつけず、口をあんぐり開けている。

 当然だ。急に来た三人の客が、目の前の料理を貪り、出された料理が一瞬で無くなっていく。まるで、腹をすかせた獣が肉を貪っているようだった。そんなものを見たら誰でも言葉を失うだろう。


「がっはっは!良い食いっぷりだな!」


 店が静まり返る中、水をくれた男だけが大きな口を開けて笑っていた。この人はこの店の店長でバッツと言う。昔スタルト村に長いこといて、スタルト村の店長と仲が良かったらしい。それを知ってからエイドとバッツはやけに打ち解けていた。


もいあんおじちゃんおうあうあいえいああこんなうまいめしははいええあじめてだ!」

「そうかそうか!そいつはよかった!」


 口に含んだまま喋るエイドの言葉を何故か理解しているバッツに、客全員は心の中でなんで理解出来んだよと、ツッコんでいた。

 すると、バッツは何かを思い出したようにエイド達に聞いた。


「そうだ、お前ら。ドワーフを探してるって言ってたよな」

「心当たりあるのか?」


 急いで口に含んでいるものを飲みこんで尋ねるエイドに、バッツが答える。


「街の東の外れの方にこじんまりとした加治屋があるんだが、そこに行ってみるといい。あそこのドワーフはこの国で一番腕がいい。ただ……」


 言葉に詰まっているバッツに、エイドが聞く。


「何か問題でもあるのか?」

「あのドワーフ、愛想が悪くてな。それに加えて、武器を作る時は人を選ぶんだわ」


 それを聞いたエイド達は少し難しそうな顔をしていた。それに気づいたエアリアはエイドに言った。


「まあでも、行ってみないことには分からないよね」


 エアリアが言う通りだ、とエイドは頷く。


「それもそうだな。だめだったら他のドワーフを探せばいいし」

「そうか、ならいいんだけどよ」


 バッツと話していたその時、店ドアベルが鳴り響く。すると、店の客たちが入り口の方をみて何やらざわつき始める。どうしたのか、とエイドは店の入口に視線を向ける。

 入ってきたのは、エイドより少し背が高く、目付きが悪い黄色い瞳に赤い長髪を後ろで束ねた男だった。年はおそらくエイドと同じくらいだろう。

 男からは、何人も寄せ付けないような威圧感が漂っていた。そのためか、周りの客の視線が彼に集まっていく。

 赤髪の男は真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 エイドの前、というより近くにいたバッツの前に立つと、睨みつけるように見つめる。


「飯取りに来たぞ」


 圧がある声で言う赤髪の男にバッツは手を合わせて謝る。


「すまん!こいつが全部食っちまったんだ。今から作るからちょっと待っててくれや」


 バッツが言った瞬間、赤髪の男はエイドを睨みつける。それに対して、負けじと睨み返すエイド。


「あ?なんだよ?」

「ちょっと、エイド!」


 なにやら良くない空気になったと感じたエアリアがエイドにやめるように言う。


「お前か、人飯食ったのは」

「知るかよ。飯屋にきて飯食うのは当たり前だろ。ていうか、初対面の人を睨みつけるっては、失礼なんじゃねえの」

「てめえも同じだろうが」


 いつ喧嘩が始まってもおかしくない一触即発の雰囲気に、店の中の空気がざわつく。

 バッツは二人の間に入るように慌てて飯を渡す。


「まあまあ、ほら、出来たから持ってけ」


 弁当を受け取った赤髪は、何も言わず黙ったまま店を後にした。

 直後、店の中に安堵のため息が響き渡った。


「あぁ、怖かった〜」


 緊張の糸が解けたのか、エアリアは溶けたように椅子にもたれかかる。そして、エイドの方をみながら叱るように言う。


「誰彼構わず喧嘩うるのやめなよ」

「あっちが売ったんだ。売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃねえだろ」

「男ってのはいつもそうだよね」


 エアリアはエイドに呆れてため息を付いた。その様子をみていたバッツが、エアリアに謝る。


「悪いね嬢ちゃん。あいつも色々不器用なとこがあんだ」

「バッツさん。あの人知ってるんですか?」


 エアリアに聞かれたバッツは、どこか寂しげな様子で答えた。


「まあ、色々あったからな」


 何かあったのだろうか。気になったエアリアだったが、バッツの表情から察したエアリアはそれ以上深くは聞かなかった。

 バッツは何かを思い出したような顔をして、ポケットに入れていた紙をエアリアに渡した。


「そうだ、ドワーフのとこ行くならこれ持ってけ」


 開いてみると、それは手紙と鍛冶屋までの簡単な地図だった。


「招待状だ。見せれば分かってくれるだろう」

「何から何までありがとうな。それじゃあ、俺らはそろそろ行くよ」


 飯を食い終えたエイド達はバッツにお礼を言って席を立ち店を出ようとした。

 その時、入口近くの席に座っていた男に話しかけられ、止められた。


「お前ら冒険者だろ?」


 ボロボロの服を着た男の胸元には、銀色のプレートがつけてあった。どうやら彼は冒険者のようだ。


「一つだけ忠告しておくぜ」

「(気安く話しかけんなよ、冒険者の分際で)」


 耳を澄まさなければ聞こえない声量でつぶやくエイド。その時、エアリアは、エイドが冒険者嫌いだということを思い出した。


「今何か言った――」

「いいえ何も!それがどうかしましたか?」


 気付かれる前に強引に話を逸らすエアリア。


「まあ、どっちでもいいがな」

「(だったらいちいち聞くんじゃねえよゴミが。ボコボコにすんぞ)」


 エアリアは話が進まなくなると、エイドのみぞおちに一発入れて黙らせる。その様子に冒険者は驚いていたが、そのまま続けた。


「この国は気をつけた方がいいぜ。得にそこの小せえの」

「私?」


 冒険者はヒスイの方を指差していった。


「ああ。この国では人攫いが出るらしい。それも子供ばかりを狙ったな」

「そう、ご忠告どうも」


 ヒスイは興味なさそうに愛想のない返事をすると、そのまま二人と店を出た。


「人攫いなんて物騒なことがあるもんだな。俺から離れんなよヒスイ」

「分かってる」


 ヒスイは頷いて答える。


「まあ、昼間なら人目も多いし大丈夫じゃない?私もエイドもついてるし。とにかく、今はドワーフのとこに行こうよ」


 そう言うと、エアリアはバッツから貰った簡単な地図を参考に、鍛冶屋に向かって歩く。

 街の中は、冒険者や商人、観光客と凄い賑わっていていた。気を抜けばはぐれてしまいそうだ。

 いくつも並ぶ店の前には、いくつもの歯車によって独りでに動く人形や武器や防具を見せ前に出したり、実際に武器を使ったりした実演販売が至る所で行われている。更に、至る所で鋼を打つ音が響き渡り、まるで曲を奏でているようだった。

 少し歩くと声を掛けられては物を勧められては断っての繰り返しで、人混みに慣れていないエイドとヒスイは暑さも相まって、すでにクタクタだった。


「大きな街ってのは、こんなに人がいるもんなのか」

「もう無理。エイド兄ちゃんおんぶ」

「二人とも情けないな。鍛錬が足りないのよ」


 そういうエアリアは、確かに汗の一つもかいていなかった。


「入ってそうそう干からびてただろうが」

「ふっふっふ……もう慣れたのよ!それに、人混みを歩くにはコツがいるのよ」


 謎の環境適応緑の高さを見せるエアリアに少し腹が立ったエイドは、適当に話を流した。

 三人は更に街の外れの方に向かっていく。次第に人混みも少なくなり、歩きやすくなっていた。

 すると、地図を見ながら先頭を歩くエアリアがもうすぐで着くと言い曲がり角を指さした。


「そこの角を右に曲がったとこみたいね」


 ようやくかと、ほっとするエイドとヒスイ。エアリアに言われた通り右に曲がると、そこには壁しかなく、鍛冶屋らしきものはなかった。


「おい、どうなってんだ?」

「あれ?おかしいわね」


 エイドはまさかと思い、首を傾げるエアリアの横から地図を覗き込むと、北と南が真逆を向いている。これでは迷って当然だ。


「お前、地図使ったことある?」

「当たり前でしょ!お使いの時とかおばあちゃんに毎回持たされてたんだから」

「お前のおばあちゃんには同情するぜ。大変だったろうな」

「それどういうこと?」


 エイドは何も答えず、エアリアから地図を取り上げる。やはりエアリアに任せたのは間違いだったと、エイドは後悔した。


「取り敢えず、来た道を戻るか」

「ねえ、話はまだ終わってないんだけど」


 必死で話しかけるエアリアをまるで空気のように無視し続けるエイド。と、その時だ。


「お兄さん達、ここで何してるの?」


 声がした方に振り返ると、そこにはヒスイと同じくらいの歳の女の子がいた。青い髪に黄色い瞳。そして、何故か口元を布で隠している。

 女の子は、エイドの元に近づいてくる。


「もしかして迷子?」

「そうなんだよ。この女の人のせいでね。君はここの街の人?」

「ちょっと待てよ。私のせいは余計じゃないのか?」


 女の子は、エアリアに構わず答えた。


「うん。それ地図?ちょっと見せて」


 女の子はエイドから地図を取り上げると、しばらく地図を眺める。そして、女の子は顔を上げて言った。


「ちょうどいいや。私もここに用があるから、案内してあげるよ。着いてきて!」


 その時、エイドとヒスイには、彼女の背中に後光が刺したように見えた。

 こうして、三人は救世主の女の子に連れられて、ドワーフの元へ向かうことにした。

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