第5話 旅立ち

 村長から許可を貰ったエイドは、軽い足取りで家に帰る途中だった。それを自分のことのように嬉しく思っていたヒスイは、笑って言う。


「村長から許可がおりてよかったね、エイド兄ちゃん」


 悪い笑みを浮かべながら、エイドは答える。


「だめって言われても、黙って出ていったけどな」


 エイドらしいと、エアリアとヒスイは笑った。

 すると、気になっていたことをエアリアが問いかける。


「でも、なんで急に村を出ようと思ったの?」


 エイドは質問の返しに一瞬戸惑って答える。


「出たいっていう気持ちはずっとあったさ。俺も冒険者になりたいって夢があったからな」


 それを聞いたエアリアの顔は驚きを隠せず、開いた口が塞がらなかった。冒険者になるのが夢だったのに、なぜ冒険者が嫌いなのか。そんな疑問を抱えながら、エアリアはエイドの話の続きを聞くことにした。


「でも、外に出れば目を背けたくなるような悲惨な世界が広がっているんじゃないか。自分もそんな悲惨な世界に呑まれてしまうじゃないかって。俺の親父がそうだったように」


 エイドの話に心当たりがあるのか、ヒスイも悲しそうな顔をして視線を落としていた。きっと、過去に何かあったのだろう。察したエアリアは、傷口を抉るようなことはしたくないと、深く追求することをやめた。

 エイドは、自分の手に刻まれた紋章を見ながら続ける。


「外に出るのが怖かったんだ。夢を諦めてこの村に入れば、辛いことなんて何もない。何も見なくてもすむ。そう思っていた」


 エイドは見つめる拳を強く握り、何か覚悟を決めたような顔つきで続けた。


「でも、今回の一件で思ったんだよ。俺は今まで、自分の都合のいいように逃げていただけだ。だからもう、逃げるのは止めようって。どんなことがあろうと、目の前のことから目を背けず、前を向いて立ち向かうって決めたんだ。」


 すると、エイドはエアリアの方を向き真っ直ぐに見つめる。エアリアは、少し緊張して身構える。


「そう決心させてくれたのはお前だ。エアリア」

「え?」


 予期せぬ言葉に驚くエアリアは、思わず声が漏れる。


「一緒に戦ったあの時の、村の人を守りたいという意思が、自分より強い相手に立ち向かう姿が、俺に勇気を与えてくれたんだ。ありがとう」


 エイドはエアリアに頭を下げる。それを見たエアリアは言った。


「それは違うよ」


 エアリアはエイドの肩に手を添えるように置き、顔を上げるように促す。


「エイドは元々、勇気ある人だったんだよ。あの時ね、私もあのゴブリンには勝てないって、怖くて怖くてたまらなかった。でもね、エイドが立ち向かう姿に、私も勇気を貰ったんだよ。自らを犠牲にしてでも、守るべきものを守ろうと立ち向かう君の姿にね。だから、感謝するのはこっちの方だよ」


 エアリアは微笑んで続けた。


「知ってる?勇者って、《勇気ある者》のことを言うんだって。だから、エイドは選ばれたんだよ。エイドは、私が知る誰よりも勇気ある者だから」


 優しく微笑むエアリアに、エイドはどこか遠い昔に見た事あるような、そんな懐かしさのようなものを胸の奥の方で感じていた。

 黙って見つめるエイドに、エアリアは少し照れた顔をしている。すると、


「盛り上がってるところ悪いけどさ、これからどうするの?」


 二人の空間を断ち切るように、むすっとした顔のヒスイがエイドに問いかける。

 その言葉で我に返ったエイドとエアリアは、目にもとまらぬ速さで距離を取り顔を赤らめる。


「そ、そうだな!家に帰って荷物まとめるか!」

「わ、私も、エイドの看病が終わったし、出発の準備しなきゃ!」


 他人行儀で話しながら歩く二人を見て、ヒスイは少し冷ややかな視線を送っていた。




 家に戻った三人は村を出るための準備をしていた。

 大人の背中より二周りほど大きな袋に、何着かの着替えと日持ちする食料、野宿する際に必要になるであろうランタンや貯金していたお金を詰め込んでいく。


「こんなもんかな」


 必要なものを一通りまとめ終えたエイドは一息つく。

 すると、自分の身の丈よりも大きな鞄を背負っているヒスイがやる気に満ちた表情で部屋に入ってくる。


「こっちも終わった」


 状況を飲み込めないエイドは、ヒスイに言う。


「ちょっと待て、お前はお留守番だぞ?」

「私も行く」

「遠足じゃないんだ。いつ帰ってくるかもわからないし、危険なことだってあるんだぞ。それに、隣のおばちゃんには、お前を見てくれってちゃんと話してある」


 流石にヒスイを連れていくわけにはいかないと思ったエイドは、隣にいるおばちゃんに留守中の面倒を見るようにお願いしていたのだ。

 何を言っても聞いてくれそうにないエイドに、ヒスイはため息をついて手を前に突き出すように構える。何をするのか気になったエイドは黙ってみていた。その時、


「私も準備終わった――」

「水よ、弾けろ。《スプラッシュ》」


 ヒスイの手には何もなかった。しかし、一瞬にして人の頭ほどの水が現れると、扉を開けたエアリアの顔に勢いよく飛んでいった。


「「あ」」


 びしょ濡れになったエアリアは目を見開きエイドとヒスイを睨みつける。


「これは一体どういうことか、説明してもらおうか?」

「ご、ごめんなさい」


 その後、ヒスイは何度も頭を下げ、誤解を解くこと三十分でようやく許してもらうことができた。


「それにしても、その年で魔法をつかえるなんてヒスイちゃん凄いね」


 エアリアは濡れた顔を拭きながら、正座をしているヒスイを褒める。褒められたヒスイはゆっくりと頷いた。

 エイドはいつの間にヒスイが魔法を使えるようになっていたのかと驚いていた。


「ヒスイ、一体どこで魔法なんて覚えたんだ?」

「本を読んで覚えた。他にやることないし」


 ヒスイは本が好きで、家にいる時はずっと本を読んでいたが、どうやらその本が魔法に関する本だったらしい。

 すると、エイドはふと気になったことを聞いた。


「他にも魔法使えるのか?」

「うん。他にも火属性とか色々使える」


 ヒスイの言葉に、エアリアは思わず声を荒げる。


「うそ!?ありえない!」


 大きな声に、エイドとヒスイは大きく体を震わせて驚く。

 エアリアはタオルを横に放り投げると、正座をするヒスイに寄ってよく観察する。目があったヒスイは少し気まずそうな顔をして、視線をあちこちに逸らしている。

 何をそんなに慌てているのかわからないエイドは、エアリアに聞く。


「何をそんなに驚いてるんだ?」


 エアリアは真剣な顔つきで答える。


「魔法っていうのは、三つに分けられるの。一つは先天的に身についている魔法。二つ目は何らかの外的要因によって後天的に身につく魔法。そして、ヒスイちゃんのように詠唱や魔法陣をつかった魔法」


 エアリアは更に続ける。


「でもね、詠唱や魔法陣って言うのは、ただ言ったり書いたりすればいいってものじゃないの。魔法の属性や効果を詳しく知っていないと発動しなかったり、正しく発動しなかったり不安定になるの。だから、一つの属性だけでも身につけるのが大変なのに、その詠唱魔法を複数使えるなんて、とんでもない才能だよ!」


 魔法の知識がないエイドにとって、そこまで凄いものなのかと、微妙な反応をしていた。そんなエイドを、ヒスイは自慢気にチラチラと見ている。私も旅の役に立つんだと言いたいのだろう。

 エイドはしばらく悩んだ末、村に残っても、ヒスイには友達がいないし、退屈で死んでしまうかもしれないと、渋々ヒスイを連れて行こうと決めた。

 

「わかった、連れていく。ただし、俺から勝手に離れたり、一人で勝手な行動するのは禁止。あと、危ないこともだめ。それから――」

「そんなの言われなくてもわかってるよ。そうだ、隣のおばちゃんに報告してくる」


 そういうと、ヒスイは急に立ち上がり部屋を飛び出した。 と、思ったらすごい勢いで戻ってきた。


「エイド兄ちゃん、外が大変なことに!」


 ヒスイの慌てた表情を見たエイドとエアリアは、ただ事ではないと思い、近くにあった剣取ると急いで部屋を飛び出す。その時、ゴブリンたちが襲ってきたときのことを思い出す。


「まさか、また魔獣が!?」

「とにかく急ごう!」


 二人は急いで外に飛び出すと、そこには――


「おお!村の英雄さんのお出ましだ!」


 村中の人達が、エイドの家の前に押し寄せていた。

 緊張の糸がぷつん、と切れた二人は頭が混乱して状況を飲み込めずにいた。


「何でみんなが?魔獣は?」


 エイドの質問に、村の人は笑って答えた。


「魔獣?何いってんだよ」

「エイドが村を出るって聞いたからよ。門出の祝いにってみんな集まったんだよ」


 情報が広まる速度の速さに、エイドは驚いていた。


「エアリアちゃん!これ持って行って!この村の野菜は美味しいのよ!」

「これも持ってけよ!ここの野菜で作ったお菓子だ。日持ちはするから安心してくれ」

「それならこれも!」

「だったらこれも!」


 エアリアは顔が見えなくなるくらいの食べ物を腕いっぱいに抱えると、申し訳なさそうに言う。


「こんなにもえらえないですよ」

「いいんだ。この村人全員の気持ちなんだ。村を救ってくれてありがとうな」


 村の皆は笑って言った。皆の言葉と優しさに、エアリアは胸がいっぱいになり、自然と涙が溢れだす。


「あれ?おかしいな……」


 涙を止めようと頑張るエアリアに、エイドは横目で見て微笑んだ。


「冒険者としての第一歩だな」

「うん……!」


 エアリアは涙を流しながら、嬉しそうに笑った。




 その後、三人は村人から貰った荷物を台車に乗せ、村の入り口に立っていた。それを見送るために、村人全員がわざわざついてきてしまって、まるでお祭りのような賑わいを見せていた。その様子を、エアリは微笑ましく見ていた。


「エイドは愛されているんだね」

「こんだけいると、逆に迷惑だろ」

「エイド兄ちゃん、照れ隠し」

「うるさいな」


 エイド達が話していると、村人を分けるように後ろから村長が歩いてきた。


「今日出ていくなんて、全く気が早いのお」

「それは村長が良く知ってるだろ?」

「そうじゃったわい。ふぉっふぉっふぉ!」


 村長は笑った後、背中に背負っていた長い筒状のものに手をのばす。


「エイド、お主に渡したいものがあるんじゃ」

「それは?」

「ここから北にある『ロドゴスト国』から来た商人が持っておった剣でな。あの聖剣を創ったとされるドワーフの一族が創った剣らしい」

「この村の宝並みに凄いもんじゃねえか!いいのかよ」

「ああ。御守りの代わりじゃ、もってけ」


 エイドは、村長から剣を受け取ると、その軽さに驚いた。女性でも簡単に扱えそうな軽さの剣を持ったのは初めてだ。流石は武器の製作技術に長けたドワーフだ。

 もらった剣を腰のベルトに付けると村長の顔を見ていった。


「ありがとうな、村長!みんなも、行って来る!」


 エイドは手を振って門をくぐる。後ろからは、風邪をひくなだの、女の一人でも引っ掛けてこいだの暖かい言葉がエイドの背中を押した。直後、村での思い出が一気に蘇るエイドは、目頭が熱くなるのを感じていた。それに気づいたエアリアはからかうように言った。


「別に泣いてもいいんだよ?」

「うるせえ。人の思い出に干渉してくるんじゃねえ」


 エイドは笑いながら言った。




 村が小さく見えるところまできた三人。すると、エアリアは台車に積んでいた荷物を背負うと、少し悲しそうな顔をして言う。


「さてと、これでエイドともお別れだね」


 エイドたちに悟られないように、ぎこちない笑顔を作って続ける。


「まあ、冒険してたらそのうち出会うかもしれないけどね。その時は挨拶してよ?その頃には凄腕の冒険者になって、ご飯いっぱい奢ってあげる」


 腕まくりをして自慢げに話すエアリアを、エイドとヒスイは首を傾げてお互いの顔を見合っていた。


「それじゃあね!またどこかで!」


 エイドが向かっていた方向とは別の方向へ歩き出すエアリアをエイドが止める。


「さっきから何言ってるんだお前?」

「何って、別れの挨拶を――」

「エアリアも一緒に来るんじゃないの?」


 ヒスイはエアリアの顔を見て聞いた。


「え?」


 思いもよらない言葉に、エアリアは面食らった顔をしていた。そんなエアリアに、エイドは言う。


「お前も一緒に行くんだよ。冒険者なしで冒険できるかよ。それに、この先エアリア一人でやっていけると思えないしな」

「うん。エアリアが嫌だって言っても、私とエイド兄ちゃんはついていくつもり」


 戸惑ってもじもじしているエアリアにエイドは続けた。


「てなわけだ。ほら、さっさと台車に荷物載せろ」

「エアリア。時は金なり。早く」


 エイドは親指で後ろの荷台を指す。しかし、エアリアは俯いたまま動かなかった。何かあったのかと、顔を覗き込んでよく見てみると、顔にはこらえきれない嬉しさがあふれ出し笑っていた。

 エアリアは、背負っていた鞄を台車に投げると、自分も一緒に台車に飛び乗った。進行方向を指さして台車を引くエイドとヒスイに言った。


「行くよ二人とも!まだ見ぬ世界へ!冒険の始まりだ!」


 まるで、海賊の船長のように指示を出すエアリアに、エイドは笑って荷台を引き始める。




 偶然か必然か。引き寄せられるように出会った、村人のエイドと冒険者のエアリア。この二人の出会いが、後に世界を大きく変えることになる。それは、まだ先の話だ。

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