第4話 勇者の紋章

 目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。ぼーっとする頭で記憶をたどる。そして、徐々に記憶が戻ってくる。


「あれ?俺なんで自分の部屋に?さっきまでゴブリンと戦って――」


 記憶が戻ったエイドは、勢いよく起き上がろうとしたが、全身が雷で打たれたような激痛によって阻止された。

 起き上がることを断念し、首だけを動かして体を見ると、体中が包帯で巻かれていた。それを見て、今の状況を完全に理解した。


「そっか、終わったんだ」


 エイドはほっとして再びベッドに沈むように脱力する。その時、床の方で吐息のような音後聞こえることに気がつく。

 痛みに耐えながら、最小限の動きで床を見てみる。そこには、頭に包帯を巻いたエアリアが鼻ちょうちんを作りながら眠っていた。


「良かった……エアリアも無事だったか」


 エアリアも酷い傷を負っていて心配したが、どうやら無事のようだ。

 その時、鼻ちょうちんが割れ、目が覚めたエアリアと目が合った。無言で見つめてくるエアリアに難と声を掛けて良いのかわからにエイドは、


「え〜っと……おはよ?」


 とりあえず挨拶をした。直後、エアリアの目から一気に涙があふれ出す。そして、見えるがままに飛びかかってきた。


「エイドぉぉおおぉおお!」

「え?ちょっと待っ――」


 エイドの有無を言わさず、エアリアは抱きついたまま大泣きしている。


「目が覚めてよかった~!」

「んんん!ん~んん!」


 胸で顔が埋まって呼吸が出来ず、体を動かすこともできないので、必死に声を出して抵抗する。しかし、エアリアは全く気づいていない。

 エイドは痛む腕を強引に動かし、エアリアを引き剥がして呼吸を整える。


「てめえ!殺す気か!」

「だっでぇ、だっでぇ!」


 エアリアは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で泣きじゃくっている。その声を聞いたのか、駆け足とともに勢い良くドアを開けたのはエプロン姿のヒスイだった。

 エイドはヒスイの顔を見て、店長に預けたままだったことを忘れていた。


(でも、無事ってことは村の皆も大丈夫だろう)


 ヒスイは涙をこらえているのか、むすっとした顔のまま、目には少し涙が浮かんでいるように見えた。


「心配かけすぎ」

「ご、ごめん……」


 震えた声で言うと、ヒスイは再び部屋を出て行ってしまった。恐らく、料理を取りに台所へ戻ったのだろう。


(それにしても、エアリアもそうだけど、ヒスイまであんなに心配するなんて、俺はよっぽど重傷だったのか)


 エイドは自分の体を触ってみる。しかし、痛みはあるものの、傷跡がある感覚もないし後遺症のようなものもない。それに、なんの問題もなく体が動かせる。

 怖くなったエイドは、恐る恐るエアリアに聞いてみる。


「エアリア、俺ってそんなにやばかったの?」

「やばいなんてものじゃないよ!治療があと数分遅かったら死んでたんだよ!?」


 泣いていたと思ったら今度は怒った様子のエアリアに、エイドは困惑する。

 その後、ヒスイが朝食を持ってきて、それを食べながら、あの後の出来事を詳しく聞いた。




 エイドが倒れてすぐ、ある人物が訪れた。四十代の白衣を纏ったおじさんで、大きな箱を背負っていた。おじさんは名前は名乗らなかったが、通りすがりのただの医者だと言った。

 医者は何も言わずにエイドに近づくと、そっと手を当てて優しく担いだ。

 それを見ていたエアリアが、泣きながら医者に言う。


「彼をたすて!お願いします!お願いします!」

「安心しろ。彼はまだ息がある。気があるなら絶対に死なせない。見たところ、君も重症のようだ。しかし、このとおり手が塞がっている。すまないが、歩けるのなら自分で歩いて来てくれないか?」


 エアリアは医者に言われた通り、自分の足で歩く。

 医者は、エイドの家へたどり着くと、ベッドの上へ寝かせる。そして、背負っていた箱を下して開ける。そこには、色々な種類の刃物や注射器、ポーションなどがいくつも入ってた。

 箱に入っていた布を口元に巻き、続けて髪の毛をすべて隠すように真っ白のバンダナを頭に巻く。薄手の手袋をはめると、注射器に何か液体を入れて打つ。


「全く、あばら骨が肺に突き刺さってる状態で戦ったというのに、なんでこいつは生きているんだ?」

「あ、あの……エイドは助かりますか?」


 エアリアは、フラフラしながらエイドの安否を心配する。


「あと五分遅かったら死んでたかもな。だけど、もう大丈夫。俺が死なせない。だから安心してそこに横になれ」


 その言葉を聞いた瞬間、エアリアは笑って、床に崩れ落ちるように倒れ込む。そしてそのまま眠りに着いていた。

 それから数時間が経った。その頃には、村人が大勢エイドの安否を心配して訪れていた。日が昇り始めたころ、医者と名乗るものが荷物をまとめてエイドの部屋から出てきた。

 心配して外で待っていた村人達が医者に襲いかかるように聞く。


「エイドと冒険者の姉ちゃんは無事なのか!?」


 人数と勢いに驚いた医者は一瞬目を丸くするが、真顔に戻って言った。


「大丈夫ですよ。あと、これをあの二人に毎日飲ませてください。必ずですよ」


 そう言って渡したのは、箱いっぱいに入ったポーションだった。それを渡すと、医者は休むことなく足早に家を出て行ってしまった。

 そして、三日後。先に目を覚ましたのはエアリアだった。それから更に一ヶ月が経ち、エイドが目を覚まして今に至る。




 一連の出来事を聞いたエイドは自分が生死の境にいた事に驚愕していた。


「ほんと、心配したんだからね!」


 今だに目に薄っすらと涙を浮かべながら言うエアリアを見て納得がいった。これだけ大変な状況だったなら、心配するのも無理はない。

 ヒスイが思い出したかのように、エイドを見ながらいった。


「エアリアはね、目が覚めてからずっとエイド兄ちゃんの看病してたんだよ。感謝した方がいい」


 自分の体も完治していないにも関わらず、付きっきりで看病していたのか。


(こいつは本当にお人よしだな)


 エイドは笑って言う。


「ありがとう、エアリア」

「べ、別に。一緒に戦わせちゃったのに死なれちゃ困るし?寝覚めが悪いって言うか、なんというか……」


 頬を赤くしながら照れるエアリアに、エイドは「素直じゃないねぇ」と聞こえないような声で呟いた。




 それから二週間が経った。

 ようやく体の痛みも引き、動けるようになったエイドは久しぶりに外に出た。体には、怪我をしていたのが嘘のように傷跡は一切残っていなかった。

 エイドは、久しぶりの外の空気を一気に肺に取り込む。新鮮な空気が体中をめぐるような爽快感を感じながら、天にも届きそうな勢いで背伸びをする。そして、


「うぉぉぉおお!ふっかぁああつ!」


 村中に響くほどの大きな声で叫ぶエイド。

 そこに、エアリアとヒスイが返ってきた。


「あら?ようやく治ったの?」


 食料が色々入った紙袋を抱えてたエアリアは、この村にもすっかり馴染んでいた。隣には付き添いで行ったヒスイもいる。傍からみると、まるで姉妹のようだった。

 エイドは元気いっぱいに答える。


「おうよ!これで腕の包帯も外せるな!」


 助けてくれた医者が言うには指先から肘にかけての包帯は完治するまで外すなと言われたそうで、エイドはずっとつけていたのだ。


「これが本当に厄介でさ、飯食う時に食器とか持つのも大変で――」


 笑いながら愚痴を話し、包帯を外す。右手の包帯が完全に解けた瞬間、エイドの顔から感情が消え去った。エイドだけではない。その場にいたエアリアとヒスイも同じ顔をしていた。


「「「え?」」」


 三人の口から咄嗟に漏れた言葉は、魂が抜けたのではないかと思うほど気の抜けたものだった。

 何故なら、エイドの手の甲には、エアリアと同じ勇者の紋章が現れていたからだ。

 エイドは瞬きを何度も繰り返すが、紋章は消えることは無い。手で擦ってみても、服で擦ってみても、皮膚が赤くなるだけで紋章が薄くなることすらない。


「「「ええええええ!?」」」


 三人の叫び声が村中にこだまする。


「ちょっとどういう事!なんでエイドの手に私の紋章が!?」

「こっちが知りてえよ!なんで勇者の血を引いてもない俺に紋章があるんだ!」

「お、おお、おおおお、落ち着いて。まずは深呼吸」

「いや、一番落ち着かなきゃ行けないのはお前だぞ、ヒスイ」


 状況を飲み込めない三人は混乱していた。そして、いち早く冷静さを取り戻したエイドがあることを思いつく。


「そうだ!村長なら何か知っているかも」


 この村で最も歳をとっている村長なら、何か知っているかもしれないと思ったエイド。

 慌てて一人走り出したエイドの後をエアリアとヒスイは急いで追いかけた。




 村の中心にあり、周りより少し大きく、大きな牙のような装飾やら宝石や乾燥した植物やらの装飾品が飾られている建物。その中に、白髪を束ね、腹まで届く長い白い髭を生やした老人が座っている。この老人がスタルト村の村長だ。

 村長の前に、エイド、エアリア、ヒスイが、真剣な表情で座っている。そして、何故か少し離れたところに店長が座っていた。


「なんで店長がいるんだ?」

「ああ、ちょっとな」

「まあ、良いではないか。して、エイドよ。話というのはなんじゃ?」


 村長はいつになく落ち着いた様子でエイドが尋ねてきた理由を聞く。

 エイドは緊張しているのか、唾を飲み込む。


「実は、これについて話があるんだ」


 エイドは右手の甲にある紋章を村長に見せた。村長は普段あまり開いていない目を見開いて驚いた顔をしたが、冷静を保ったままだった。

 村長はエアリアの方を見て言った。


「そこのお嬢さんも、同じものを持っておると言っていたな?」

「はい。これは、勇者の一族が代々受け継いできた紋章です。私のお父さんもこれを持っていました。」

「なるほど。勇者の一族が持つはずの勇者の紋章が、何故かエイドに現れたということか」


 状況を理解した村長は髭を触りながら何かを考えている。


「なあ、村長。俺の親父と母さんは勇者の血なんか引いてないよな?二人の家系のこととか聞いてないか?」

「安心せい、一ミリたりとも入ってはおらん。それは断言できる。だからこそ、不思議なんじゃよ」


 村長はしばらく考えた後、一つの答えを出した。


「可能性としては、お主がその聖剣を手にした時、何らかの形で勇者としての素質が芽生えた。その結果、勇者として選ばれた」

「ちょっと待ってくれ!俺が勇者として選ばれた?何で?」

「それは神のみぞ知る事じゃ。わしにはわからん」

「そんな……」


 改めて現実を突きつけられたエイドは困惑を隠せないでいる。その様子を見たエアリアが言う。


「そんなに重くとらえる必要ないと思うけどな」


 エイドは思いもよらぬ言葉に驚く。


「だって、私と出会わなければ出ることがなかったってことでしょ。勇者の一族でも何でもないエイドがそれを背負う必要はないと思う。今まで通りの生活を送ればいい」


 エアリアの顔は少し寂し気な表情だった。

 恐らく、エイドを気遣って言ってくれたのだろうが、エアリアにとっては、自分以外にも同じ境遇の人がいた。それだけで、少し心に余裕ができた。しかし、ただの村人であるエイドに、勇者としての責任を背負わせることはできない。エアリアなりの優しさだった。

 それに気づいたエイドは、エアリアに聞いた。


「エアリアはその紋章出た時どうしたんだよ」

「私も、最初はびっくりしたよ。これからは、冒険者だけじゃなく、勇者としても振舞って行かなきゃならないんだって。でも、今思えば、この紋章も勇者の血筋もあんまり関係なかったなって思う。誰の血を引こうが私は私、エアリアだもん。私がやりたいことをやるだけ」


 笑って誇らしげに言うエアリア。その顔は、真直ぐ、何の曇りもない顔だった。

 そんな顔を見たエイドは、悩んでいる自分が馬鹿らしくなり、思わず笑みがこぼれる。


「そうだな。よし、今決めた」


 覚悟を決めたエイドは、立ち上がる。視線が自分に集まるのを確認すると、みんなに宣言するように言った。


「俺、冒険に出ようと思う!」


 一番最初に驚いたのは村長と店長だった。それとは反対に、ヒスイはわかっていたと言わんばかりの顔でクスクスと口を押えて笑っていた。

 店長は、手をあたふたさせてエイドに言う。

 

「本気で言ってるのか?」

「ああ。マジだぜ」


 真剣な表情に、店長は何も言い返せなかった。すると、村長は大きな声を出して笑った。


「ふぉっふぉっふぉっ!あれだけこの村を出たがらなかったエイドが旅に出るか!」

「笑ってる場合ですか村長!エイドはこの村でも魔獣と戦える唯一の存在ですよ?」

「まあ、良いではないか。いざとなればお前が守ればよかろう。それに、若い芽がようやく花を咲かせようとしておるのじゃ。花咲かす前に、ここで枯れるのは勿体なかろう」


 村長は、真っ直ぐエイドの目を見て続けた。


「良いか、エイド。旅に出るということは、未知の世界へ踏み出すということだ。大きな壁にぶつかることもある。救えぬ命も出てくるだろう。それに屈することなく立ち向かうと誓えるか?」


 エイドは鼻で笑って言った。


「誓うも何も、壁があるならぶち壊すし、救ってみせる。そもそも、冒険ってそんなもんだろ?これだから村長は頭が固くていけねえや」


 村長は困ったようにため息をはく。


「全く、お前は彼奴の悪いところばかり似たな」

「そりゃ、光栄だね」


 村長は頷き、エイドに言う。


「よろしい。この村を出る事を許可しよう」


 慌ていた店長も、村長の言葉を聞くとしょうがないという顔で承諾した。

 エイドは村長に改まって言う。


「ありがとうな、村長。本当にお世話になりました」


 エイドは長い間深く頭を下げるとヒスイとエアリアに、外に出るよう促してその場を後にする。

 村長の部屋はしばらく静寂に包まれ、少し寂しさが漂っていた。

 静寂を破るように、店長は言った。


「とうとうこの時が来ましたね」

「ああ。お主がわしの所に来たのも、そんな予感がしたからじゃないのか?」

「お見通しでしたか」

「当然じゃ。お主がまだガキの頃から見とるからのお。お主のことは何でもわかるわい」


 村長は笑いながら言うと、その場に立ち上がる。


「どちらへ?」

「なに、これから村を守るであろうお主に見せておきたいものがあってのお。まあ、守る役を担った時のしきたりとでも思ってくれ」

「エイドはそれを?」

「あやつには見せておらん」


 何故自分には見せるのだろうと、疑問を持つ店長。

 村長は手招きしながら奥の部屋へと入っていった。怪しさを感じながらも、しきたりなら仕方がないと、深くは考えず村長が言うしきたりを受けることにした。


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