第6話 膝枕から始まるダンジョン生活


 目が覚めると、こちらを心配そうに伺う先輩と目が合った。

 というか、目の前に黒くて大きな瞳が迫っていた。


「良かった~、目を覚ましてくれた」


 はい。良くないですよ、先輩近いです。

 心底安心した。そんな表情で笑う先輩。

 しかし、俺としては整った容姿と至近距離なことも相俟って、心臓が爆発しそうなくらいバクバクしている。

 おいおい、こりゃ、一体全体何が起こっているんだ?

 目を瞬かせた俺はそこまで考えて、自分の後頭部が異常なほどの幸せで包まれていることに気づいた。

 ああ、そうか、これは____


(伝説の膝枕)


 と言う奴か。あの物語の世界とリア充の間だけで確認される、希少中の希少な現象。 


「あ、これはね。昔友達が『男へのご褒美は膝枕一択。それ以外は認められない』って言っていたのを咄嗟に思い出して……どうかな? 固くないかな? その、私、陸上部だから、あまり寝心地とかは良くないと思うんだけど……」


 おい。

 俺を膝に乗せながら、人差し指同士をちょんちょんとさせて恥ずかしがる先輩が可愛すぎる件について。

 えぇ。

 どうした俺の運。

 急に恵まれすぎて、逆に後が怖いんだが……こんなご褒美、一生に一度あるかないかの豪運だろうに。 

 まぁ、いい。

 決して良くないが今は置いておこう。

 とりあえず今言えることは、先輩の友人が女であろうと、男であろうと、超絶グッジョブ。エクセレントグッジョブと言わせてくれ。

 この状況シュチュエーションはまさに、男のろまんだったのだから。

 ああ。もはや今、昇天しても文句はない。

 もちろん半分冗談だが。

 

「グヌヌヌッ」


 ここがダンジョンの中でなければ、まだ気絶した振りでもして膝枕の延長をもぎ取るのだが、残念ながらそれが許される状況ではない。

 ベリッと幸せが剥がれる幻聴が心の中から聞こえた気がしたが、俺は構わず体を起こした。

 ああ痛い。 

 心がめっちゃ痛いです。

 

「すいません先輩。お膝をお借りいたしました」

 

 血反吐が出そうなくらい歪んだ表情を隠すために、多少大げさに一礼する。

 原因が何であれ、この幸せを提供してくれた人に感謝の意を示すのは当然の事だ。

 おそらく先輩からすれば俺の行動は突飛すぎる行動に映ったのだろうが、そもそも現役女子高校生の膝枕の代価としては、土下座など安すぎる、安すぎる。

 ああ。先輩ホント女神。マジ、ありがたや~。 

 

「いや、いやいやいや。急に頭を下げられて、拝まれても困るから。君が気絶したのは、私のせいだったんだし、これくらい別に減る物じゃないから、気にしないでくれると良いんだけど……と言うかまず頭をあげて?本当は私の方こそ頭を下げなければいけないんだから。その____ごめんなさい」


 俺の肩を触りながら半強制的に頭を挙げさせた先輩は、そのまま正座に移行すると綺麗に頭を下げた。

 うむ。なるほど。

 とても美しい。

 所作が様になっていると言うか、心が綺麗な人がすると謝罪にこうまでの差が出るとは、まっこと不思議だ。

 俺の湿気成分が凄いヌメッとした謝罪より幾億倍の誠意が伝わって来る。

 ふむふむ。

 だが、こちらとて、謝罪合戦で容易に負けてやるわけにはいかない。

 父から直伝された、土下座の最高峰、土・下・寝。からの奇襲的用法であるジャンピング土下座すべりまで、謝罪合戦のレパートリーはこちらに分があると見た。

 ふふふッ、今こそ見せよう俺の本気ッ。

 これが土下座の最高峰だッ。


「いやいやいや。こちらこそ。なんかわかんないけど、ごめんなさい。とにかくごめんなさい。膝枕マジで助かりました。あざっす」


 いざ、土・下・寝、へと移行。

 土下寝のコツは自分と地面が並行である、そう思い込むこと。ただこの一点のみである。

 妹からはよく、「兄貴、それ水揚げされたマグロみたいでキモイ」と蔑んだ眼で言われるが、父からは熱い抱擁を頂くので問題はなし。

 俺はそれはもう見事な土下寝を披露して、謝罪と感謝をこれ以上なく先輩へと叩き込んだ。


「フフッ、なにそれ。初めて見たよ」


 うーむ。先輩可愛い。

 悲壮感漂う先輩が、微笑んだだけでも俺の土下寝にはプライスレスの価値が生まれる。

 代わりに個人のプライドは粉々に砕け散っているが、無問題。

 元々そんな物は持ち合わせていないのだから。 

  

「よいしょっと」

 

 寝起きの会話はこれで十分だろう。

 土下寝から起き上がった俺は、土埃をパッパッパッと振り払って、先輩と同じ正座へと移行した。


「それで先輩。先輩は、今の状況をどれほど把握できていますか?」


 そして向かい合った彼女に現状の確認を行った。

 え?いきなり過ぎるって?

 まぁ、ご指摘は持ってもですが、生憎時間が惜しい。土下寝とか言う無駄な時間を過ごした身としては、言えることではないかもしれないが、時間が惜しいのである(大事なことなので二回言った)。

 今は、とにかく、先輩がどこまで現状を把握していて、自分との認識の齟齬がどれほどあるのか。

 それを早急に洗い出して置きたい。


「えっと、ある程度は分かっているのかな?えっと、あれでしょ?ドラ〇エ見たいな状況?って言うのとファンタジー的な事故?に巻き込まれたのは、分かってる感じかな?」

 

 おお。

 予想以上に出だしが良い。

 概要は掴んでいるけど詳細は分からん。ちんぷんかんぷんってところか。

 うん。俺と一緒だな。

 さて、じゃあ、そうだな。

 まずは自己紹介辺りから初めて見るのが鉄板か?

 

「そうですか分かりました……。まず、互いの自己紹介からしましょう。俺は北学一年の奏一志です。好きな物はサブカルチャー全般。嫌いなものは、スイカ。身長百七十五センチ。体重六十キロ。ここに来る前は食堂でチキン南蛮を受け取り損ねました」


 とりあえず思いついた情報をぶっこむ。

 最善の会話内容なんてものを考えている暇はない。

 情報を知られたら殺されるとか、そう言った系のデスゲームじゃあないんだから、あけすけに話し合ったほうが万倍マシなはずだ。

 最後に言った言葉で、俺の中の般若がニョキっと顔を出したが無問題。しっかり般若をこねくり回して、心の中で押し込めてやった。   


「あ、なるほど自己紹介か。確かに私も君も初対面同士だったね」


 先輩はそう言って軽く微笑むと続けざまに告げた。


「私は北学二年生。陸上部所属の東雲涼花しののめりょうかです。好きな物は、穏やかな音楽。嫌いなものは、ピーマン。身長は百七十センチ。体重はゴニョゴニョで、ここに来る前は同じく食堂にいたよ」


 ゴニョゴニョの部分をもう少し詳しく聞きたいが、それは止めといたほうが良さそうだ。

 東雲先輩の目が聞くなよ?としっかり据わってらっしゃる。

 触らぬ神に祟りなし。

 

「では、東雲先輩とお呼びしても?」


「もちろん。えっと私は奏君と呼んでいいかな?」


 まさか、最初から下の名前で呼ばれるとは露程にも思っていなかったが、良い事である。美人の先輩に下の名前で呼んでもらえるとか、ご褒美以外の何物でもない。

 俺は首を傾げる先輩に、どうぞどうぞ、っという仕草で了承を伝えることで、互いの呼び名が早々に決まった。 


「よし。じゃあ、お互いの事も簡単には知れたことですし、まずはこの状況になってからの事を聞いても良いですか?」


 本当は先輩の過去を根掘り葉掘り、手取り足取り聞きたかったが、そんなのはただの個人的な欲望に過ぎない。

 そこら辺のドブにでも捨てておくべき考えだ。

 今はとにかく迅速に、そして簡潔に、ダンジョンを出る方法について話し合うべきなのである。

 一志ッ、我慢よッ。


「そう、だね。じゃあ、私から話そうか……あれはカレー肉うどんを食べようとした瞬間だったかな____」


 そう言って語り出す東雲先輩。

 非常に残念なことに東雲先輩の状況説明は、結構長くなる内容だったので俺が三行でまとめさせて頂きました。

 以下、先輩の状況。


・カレー肉うどんを持って暗くて大きな空洞___ダンジョンに転移

・いきなり目の前にゴブリン現れて、さらにそいつ等に襲い掛かられたことによってカレー肉うどんは無残な姿に。

・それからは来る敵来る敵を、無我夢中で排除する闘争へ発展。その時に、ステータスシステムやらを知って、今は脇に置いている刀を手に入れた。


 以上である。

 東雲先輩の葛藤だったり、悔しさだったり、後悔だったりは、また別の機会にでも紹介しよう。

 今はそれよりも、何の理解もできていない東雲先輩に現状の説明と個人的な推察を聞いてもらうことが優先だ。


「では東雲先輩。俺も全部は分かっていないんですが、大体の概要くらいは掴めています。なのでそれを説明させてください___」


「うん。分かった」


 頷いた先輩に向かって、俺の分っている事を告げる。


___謎の声の事。

___その声が言っていた、上位存在。

___試練プログラム。

___ステータスシステムの詳細等々。


 現在分かっていることを簡単にかみ砕いて伝えた。

 予想や不確定なことは言わなかった。

 そこで曖昧なことで混乱されても何一つ良いことはないからだ。

 そして最後に。


「俺達の目標は、この訳の分らないダンジョンから三日以内に出ることです」


 と、真っすぐ東雲先輩の目を見て伝えた。

 なぜ、三日以内かって?

 知ってるか?人間が水を抜いて生きられるのは、三日間だけらしい。さらに食事を抜いて生きられるのは七日間だ。

 ここで思い出してほしいのは、俺達は何の準備もせずにこの事態に巻き込まれていると言う現状だ。


 正直、武器や防具は無くても人間は生きていられる。でも、水や食料がなければ人間は生きられないのだ。

 完全に必須物資。

 それが、今の俺達の手元にはない。

 要するに、ダンジョンを生きて出るためには、水を抜いても生きられる三日間以内に、迅速に地上へと出ないといけないという事だ。

 まぁ、最悪___。

 体を動かすことを考えるなら、三日より短い可能性だって十分にあり得る話だ。

 俺は今がそれだけ、厳しい状況なんだと先輩に告げた。


「うん。私も薄々気づいてたけど。言われてみると実感できるね」


 俺の説明が終わると、先輩はそう言って眉間に皺を寄せた。

 様々な感情が入り乱れているはずだ。

 多くの事を考えて、思い浮かべて、絶望しているのかもしれない。

 だが、この様子を見る限り。先輩は正しく現在の危険性について理解してくれたはずである。


「じゃあ、お互いにステータスでも見せてあって見る?」


「え、そんな事出来るんですか?」


「え、出来ないの?」

 

 自分の感情に一区切りつけたのだろう。

 切り替えた東雲先輩は首を傾げながら、そんな提案をしてきた。

 他人のステータスが見れる?しかも先輩の?

 正直に言えば、先輩のステータスは見てみたい。

 超見たい。

 でも、現実問題としてどうやって見せ合うのだろう。

 そうやって俺が一人、思考の海へと沈んでいると、いつの間にやら近くに寄って来た東雲先輩が、上目遣いで空中を指さしていた。


「はい、出たよ?」


「うぇ???」

 

 思わずギョッとした視線を東雲先輩に向ける。

 宙を叩く東雲先輩の指の先には、半透明ながらもしっかり先輩のステータスが映されていた。


________

東雲涼花(しののめりょうか)

 17歳

 ジョブ なし

 称号 巻き込まれし者 

 レベル 4

 魔力 90

 SP 120


 固有スキル 超速反応 

 (熟練度 8)


 通常スキル なし

________


 見える。

 見えちゃってます。

 そしてなんか色々違っている気がするんですけど。

 魔力……90???

 SPって何???

 後、超速反応さん……なんかつおそう。

 うーんっと。あれ。これ。

 もしかして、冗談で言ってた俺の『雑魚説』……立証されたのでは?


「はい、次は奏君の番ね」


「え、あ、はい……」


 ニコニコ笑顔でそう言ってくる先輩に、俺はなんというか気まずい気持ちを抱えざるを得ない。

 だって、ステータスの初期値的に滅茶苦茶差があるよ!?

 あれだけ、機械だ、絶望だ、だの厨二臭い感じでダンジョン進んでたのに、もう自分より強い人が現れるだなんて……もう、嫌だ。


________

奏一志(かなでひとし)

 16歳

 ジョブ 斥候

 称号 巻き込まれし者 

 レベル 3

 魔力 40


 固有スキル 念導力 

 (熟練度 10)


 通常スキル 敵感知 罠感知 半消音

________



 何と言うか。  


「マジかぁ」


 そんな感想しか浮かばない、俺であるのだった。

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ダンジョン誕生に巻き込まれまして 雪山 トオル @yukiyama24

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