過保護お姉さんの戦い ~vs.瑠璃篇 final~
次の土曜日、午前九時半。
天気晴朗にして、風
幸か不幸か、絶好のサイクリング日和だった。先日強制的に締結された、二人乗りで公園までサイクリングというヒロ姉との約束の履行を阻む要素はなにもない。
「ねえヒロ姉。ボクがお巡りさんに捕まったら面会にきてくれる?」
「もちろん。おいしい差し入れ持って毎日行くわよ?」
とっても素敵な笑顔で即答されましたよ。
そもそもお巡りさんに捕まりそうな行為自体は回避させてくれないんですねと泣きそうになりながら、ヒロ姉と一緒に部屋を出る。
ドアに鍵をかけていると、誰かが外階段を上がってくる足音が響いてきた。階段を登りきって姿を現したのは、白と茶の毛玉を大事そうに抱いた矢作妹だ。
「あ……」
「……よう」
予想していなかった鉢合わせに、矢作妹もボクも思わず口ごもる。
「あら。こんにちは、瑠璃ちゃん」
そんな中、ヒロ姉だけが普通の反応をしていた。きっと内心わだかまりを残しているだろうに、それをおくびにも出さずに矢作妹の腕に抱かれた子猫を覗きこむ。
あの日の夜、ボクたち三人はこの子猫を連れてアパートの大家さんの家を訪ねた。その目的はズバリ、ヒロ姉の力による大家さんの
目を潤ませたヒロ姉が子猫を胸に抱き、生きる
子猫がせめて自力で生きていけるようになるまでアパートに置かせてほしい、とヒロ姉が訴えたのに対して、一杯加減らしい赤ら顔の大家さんは実に気前よくこう言い切ったのだ。「まあ最近はペットブームらしいし、いい機会だ。うちのアパートも、猫か十キロ以下の小型犬なら飼育OKということにしましょうかねえ」と。
本当、ヒロ姉半端ないって……。
まあ、大家さんの背後で奥さんのものらしき怒鳴り声が聞こえたとか、翌日スーパーの前でオデコにでっかい絆創膏を貼った大家さんを見かけたとか、そういうことは一日も早く忘れるに限る。
とまれかくまれ、こうして子猫は晴れて矢作家の一員になる資格を得たワケだ。
「この子、もう名前決まった?」
ヒロ姉が子猫のアゴの下をこちょこちょ撫でながら尋ねた。
「はい。えっと……『ハル』。『ハル』くんにしました」
その回答に、ヒロ姉がボクの、ボクは矢作妹の顔をまじまじと凝視する。
「あ……。えっと違うよ!? お兄さんの名前とか関係ないよ? 春に会ったから『ハル』くんだよ?」
矢作妹がわたわたと慌てたように手を振りながら、言い訳じみた言葉を口走る。
いや、信じる。ボクは信じる。
だけど信じない人がボクの後ろにいるんだよなあ。その証拠に、背中あたりの体感気温が二度ほど下がったし。
襲い来る冷気に身震いしていると、矢作妹が突然なにやら恥ずかしげに俯いた。
「あ……あとそれから、お姉さんもハル
その感謝の言葉に、ヒロ姉がボクの、ボクは矢作妹の顔をふたたびまじまじと凝視する。
「あ……。えっと違うよ!? 『お兄さん』だと、うちのお兄ちゃんと間違えそうで紛らわしいからだよ?」
「ていうか、お前に『ハル
思い切り顔をしかめたら、突然不機嫌そうに目を細めた矢作妹にギロリと睨まれた。
「ほー。誰もいない夜の川原で思い切り抱きしめた相手にそういうこと言うんだ……」
いや、間違ってない。表現上は間違ってない。
だけどそれを違う意味に取る人がボクの後ろにいるんだよなあ。その証拠に、背中あたりの体感気温がもう二度ほど下がったし。
「おい、お前やめろマジで。ていうかお願いだからやめて下さい……」
「あと、私の名前『お前』じゃなくて瑠璃だってば」
消え入りそうな声で懇願するボクを無視して、矢作妹がジト目で主張する。
「なに。それはボクにそう呼べってこと?」
「…………………………別に、そうしたいならそれでもいい……けど……」
目線を
なにその予想外の反応。すごく困るんだけど。
いやそれより、背中あたりの体感気温がもう五度ほど下がったんだけど。
「ハルくん?」
背後から弾むような調子のヒロ姉の声がする。
なぜか矢作妹の腕の中で、子猫がにゃ? と鳴いた。
いや、たぶん呼ばれたのはお前じゃないぞ……。
「サイクリングはまた今度にしましょうか。色々
部屋のドアが解錠される音に続いて、上着を後ろからぐっとつかまれる。
「あ、はい。また……」
戸惑ったような顔で、矢作妹がおずおずと答えた。
はいまた、じゃねえよ。恩を仇で返しやがってえぇぇぇぇ!!!
過保護お姉さんのセレクション ウヰスキーポンポン @whiskeyponpon
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