(4)

 私は、この神社の一人娘として産まれました。この市川家では母も私も二代続けて婿養子をとりました。ただ、この神社の仕事ができる能力は、原則として直系の人間に継承されているようで、父を早くに亡くしたこともあって、母とともに、私も若い頃からこの神社の神主として、この仕事をしてきました。


 快が産まれたのは、私が結婚して2年後のことでした。女系が続いたこの家にとって男の子は久々だったので、母もとても喜んでくれました。ただ、快は幼い頃はよく熱を出したりして病院に行くことが多い子でした。早生まれだったこともあり、同級生の女の子にも泣かされたりして心配したこともあります。


 それでも、小学生になってからは休むことも少なく、元気に生活していました。その頃、この地域にはまだ小さいながらも分校がありました。この神社は人里離れているので、私か夫が途中の集落までは送って行くのですが、そこからは歩いて30分以上かかる山道を毎日元気に歩いて登下校していました。小学3年生くらいになると学校にも慣れてきたこともあって、元気を通り越して落ち着きがない感じで、しょっちゅう先生にも怒られていたようでした。


 ところで、毎年11月上旬にこの神社の秋祭りがあります。祭りと言っても、神主と氏子総代が集まり、今年1年間の無事を神様に報告するだけですが、その最後に神楽の奉納があるのです。この場所では、もうかなり寒くなる時期ですが、神社の神楽殿で午前中一杯くらいをかけて行われます。ほとんどは大人の演目ですが、その中に子供が演じる演目が2つだけありました。


 快が5年生になった時、その神楽を初めて舞うことになったのです。既に地域の過疎化は進み、神楽を舞う大人も年々少なくなり、この辺り一帯の集落からも幅広く人を集めて何とか演じていましたが、子供の人数は特に少なかったので、集めるのが難しくなっていました。そこで、本来は中学生以上が舞うところ、その年は快まで舞うことになったのでした。


 高学年になり、益々騒がしくなってきた快の様子から、初めはどうなることかと思いましたが、夫がうまく教えてくれたようで、快も次第に神楽の動きに慣れていったようでした。夫は、神楽については完全に全ての演目を習得しているほど、昔から好きでもありそのセンスもあった人でした。さすがは、その彼の血筋ということかもしれません。


 子供の演目でもあり、そこまで難しいということはありませんが、小学生ながらに快は間違えることなく、その演目で喜びも悲しみも表現し、立派に奉納することができました。親バカかもしれませんが、鑑賞していた地元の方々も「まだ5年生なのにすごい」と称賛してくれていたのを覚えています。夫も、「来年からは、快に他の演目も教えていけるな」と満足そうにしていました。何より、奉納が終わった後に快自身が、「神楽って面白いね」と楽しそうに笑っていたのを見て、とにかく嬉しかった記憶があります。

 

 その日の夜のことでした。


 夫は神楽殿の方で地域の人達と遅くまで打ち上げをしていて、私は快と先に寝室で寝入っていたのでした。快も疲れたのか、すぐに寝入っていたはずでした。


 どれくらい時間が経った頃でしょうか。ふと誰かが叫んでいる声が聞こえてきました。


「火事……だあ……」


 最初は夢だと思いましたが、普段から目覚めの良い私ははっと起き上がり、部屋の窓から外を見ました。そこから炎が見えた訳ではありませんでしたが、何かが焦げたような臭いがして、どこかから光がユラユラと揺れているのが見えました。


 私は隣で寝ている快を急いで起こそうとしました。しかし、布団はあるのですがそこになぜか快の姿がありません。私は急いで部屋の襖を開けて廊下に出ました。


「快! どこ!」


 私は叫びながら廊下を走っていきます。すると、神楽殿の方に行く廊下を曲がった瞬間に炎が目の前から突然襲ってきました。私は思わず尻もちをつきましたが、廊下の先は既に炎に包まれています。後ずさりして廊下の窓から外を見ると、神楽殿も本殿も大きな炎を上げて燃えていて、そこから火が山林にも引火し、この家の建物にも火が回ってきているのでした。


 私はもう一度、神楽殿の方に向かう廊下に走って行きましたが、炎の勢いが強くそこから先には進めません。炎が建物を燃やす音がするだけで、誰の姿も見えませんでした。私はパニックになり、もう一度先ほど見た廊下の窓から外を見ました。すると、燃え落ちた廊下の向こう側に、倒れている人間の姿が見えました。


「快! 快っ!」


 それは間違いなく快でした。見覚えのあるパジャマ姿のままうつ伏せに倒れていたのです。しかし、その周りには既に炎が回っていて、そこに向かう道が全くありませんでした。私は一度玄関から外に走って出ると、何とかして快が倒れていた建物の近くに行こうとしましたが、周りの木々も燃えていてどうしても近づけません。その時、後ろから地元の消防団の人達がようやく集まってきました。私は、「あの建物の中に快が!」と必死に伝え、そこに駆け寄ろうとしましたが、既に周りは火の海になっていて、とても近づけるような状況ではありません。


「奥さん! これ以上は危険です!」


 何人かの大人が、火の中に飛び込もうとする私の腕を必死に掴んで引き戻しました。すると、快が倒れていた場所の建物全体に火が回り、私の目の前でバチバチという大きな音を立てながら、その建物がゆっくりと崩れていきました。


「快っ!」


 ドスン——


 大きな音で建物が完全に崩れ去るのを見たところで、私は意識がなくなりました。どうやら消防団の人たちに運ばれたようで、気が付いた時にはそこからかなり離れた公民館に寝かされていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る